第三話 地獄へは何名様で?


「ぐああああ」


 ベッドにダイブし、枕に向かって思い切り叫ぶ。


「ああ、もう完全に失敗した!」


 昔から何か面倒なことがあると、とりあえず殺す方に意識が向いちゃうんだよなあ。まあ、それ自体はいいのだ。ただ……


「解体する前にちゃんと供養しておくべきだった!」


 そうしたら、さすがに成仏してくれただろう。でも、今や遺体の肉片たちはトイレの奥底……あ、でも骨はあるし、今度寺に行って供養してくるか。


『いや、供養しても、成仏しないから!てか、反省するところそこですか?!』


 叫びは無視して、仰向けになり胸ポケットへ手を伸ばす。


 そして、赤い手帳を開き、高校でやりたいことリストを見つめる。


「いや、失敗は挽回すればいい!きっと明日はいい日になる!よし、頑張っていこう!」


『いや、立ち直り早いですね!』


 ちょっとうるさいなあ。


「というか、なんで私の家までついてくるわけ?」


『他に行くところないですし。あら?霊媒師のところでも行った方が良かったですか?』


「いや、うん……ちなみに霊媒師ってどこにいるの?」


『それを教えたら、殺しちゃうでしょう。教えませんよ』


 ちぇっ、ばれたか。


 でも私が殺せる程度の強さなんだな。戦闘面ではそんなに強くはなさそう、と。


「ってそうだ。聞きたいんだけど、死んだ人ってみんな幽霊になるの?」


『ほとんどの場合、そんなことはないそうです。ただ、まあ一応これでも私、神宮家の血を引くものですし?すごい未練はありましたし?イレギュラーの条件としては十分でしょう』


「そうなんだ。それにしても私、美雪以外で霊なんて見たことないけど」


『そりゃあ、私の場合はあなたが直接殺したから、見えてるだけで他の霊は普通見えないのでそんなものでは?』


「そっか」


 私が殺した美雪以外の人は幽霊にならなかったんだ。なんだか、意外だなあ。


『で、まあそんなことはどうでもよくて。あなた、どうやって美冬を殺害するおつもりで?』


 どうする、ねえ。


「ちなみに、ちょっとだけ、大体60年ほど待ってくれれば、死なせ『だめ!天寿まっとうしてるじゃないですか?!せめて1年以内に殺して下さい』


 ちぇっ、これもだめか。


「はあ、じゃあ殺すしかないかあ」


『あなたシリアルキラーの癖して、殺人したくないんですか?』


「当たり前!そんなハイリスクの殺人やりたがる人がどこにいるか!殺人というのはローリスクなときにだけサクッとやるものなの。まして私の今の目的は幸せJK生活なんだから。シリアルキラーへの偏見がひどすぎ」


 ただ、美雪のはハイリスク過ぎたなあ、見積もりを完全に誤った。


『いや、これ偏見ですか?』


 でも、幸せJK生活のためにもあと3年、少なくとも高校の間は捕まったり殺されたりすることはNGだ。


「私の幸せJK生活に支障がないよう警察や久慈先生に知られることなく、1年以内に神宮美冬を殺害するってことになるとー」


 まあ一つのプランしかないと薄々わかってはいた。


『というか、幸せJK生活って何なんですか?』


「誰かに罪をなすりつけるしかない」


『あの無視しないでいただいても?』


「しかし、まあそれはそれでめんどいので……うん。神宮美冬、彼女を誰か代わりに殺してもらおう!」


 美雪は驚いたように、目をぱちくりと瞬きする。


『代わりに、って暗殺者でも雇うんですか?』


「いや、あの犬とかみたいに神宮美冬を狙ってる連中に殺してもらう」


『ああ、そんな計画ですか。無理ですよ』


 美雪はため息をつきながら肩をすくめる。


『あいつらはもう姉に警戒され尽くしてますから。今朝は凄まじく運が良かったんですよ。久慈先生は外出中だし、姉はなぜか取り巻きなしで早朝に登校してるし。だっていうのに、あの犬、雨が降ったくらいで諦めたんですよ?!』


「なら、その状況を人為的にそろえればいいだけでしょう?そこは私が全力でアシストするってわけよ!」


『本当に上手く行きますかね?』


 インチキ占い師を見るようにこちらを見てくる美雪にとっておきの笑顔を見せる。



「任せておいて!言ったでしょう?私、コミュ力には自信あるの!」








ーーー












 午前二時。


 真っ暗な和室の中で寝相よく寝息を立てている少女、私はその上にまたがる。


 右手で拳を作り、振りかぶる、大きく、大きく。










 無音。


 当たり前だ。私の拳は彼女の顔を、その下の枕をも貫通して、尚、その存在感を示せずにいたのだから。


『知ってました。知ってましたよ』


 こうなることはわかっていた。


 でも、その美しい寝顔に傷一つつけられないとわかっていても、私は彼女を殴ろうとせずにはいられなかった。


『死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ね。死ねっ、神宮美冬!』


 こいつ――私とは似ても似つかない姉を、ずっと、ずっと殴りたかった。ずっと、ずっと殺したかった。


『は、っはぁ……ぁ』


 なんで、なんで幽霊の癖に息切れなどを起こしてしまうのだろう。



 ああ、本当に無意味だ。



 何枚もの障子を通り抜けて、外へと出る。


 月だけが輝く夜空の中、浮き上がり、飛ぶ。


 昔、空を飛んだらどれほど気持ちが良いのかと考えたこともあったが、この状態では全く気持ちよくないな。風も感じず、冷たさもないんだから当たり前か。


 駅前のマンションの七階あたり、浮遊しながら、目的の場所も探す。


 ……いた。


 こちらも、四有綺羅もまたぐっすりと眠り込んでいる。


 私はベランダにそっと降り立つ。

 部屋の中は沢山のものが散らかりっぱなしだ。一人暮らし故の気楽さというやつだろうか。


 何にしてもあまり居たい空間ではない。私はベランダでぼーっと夜景を眺める。


 ここからも見えるんだな。

 和風の巨大なお屋敷。私が昨日まで暮らしていた所。さっきまで居た所。


 私の部屋はもう調べられたんだろうな。あのノートは見つかっただろうか。神宮美冬殺害計画と題したあのノートはあまり人に見られたいものではない。

 まあ、殺害計画詳細の方は見られてもいいのだ。問題なのはその後、半ば妄想の垂れ流しのようになっているところだ。


 美冬を殺害したら、遠くに逃げてそこで暮らす。


 今考えるとくだらない妄想だ。


 どこかで働かせてもらって、若いのにすごいなあとか言われて、経験を積んで、同僚と一緒にご飯食べて愚痴を吐いて、後輩ができて、ちょっと偉そうに語ってみたりして、週末は友達と一緒にどこかへ言ったりして、いつの間にか恋人も出来たりして、それで、それで……


『…ぁああ……ああ、ああ』


 うめき声が漏れる。


 もう私には未来がない。


 だって、死んだのだ。


 私の15年の人生は昨日で終わったのだ。



 だから、私は四有綺羅を許さない。許せない。絶対に。



 死者がこの世にとどまれるのは僅かな時間。



 一日か、一月か、一年か。知らない。でも、



 神宮美冬、四有綺羅。



 私の人生をむちゃくちゃにしたこの二人だけは――







『――私と一緒に地獄へ落ちてもらいますよ』






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