第一七話 鬼ってどういう生物だったっけ?
実は私、両親が忙しく、ほとんど絵本など読んでもらったことがない。
ついでに言うと、本もあまり読まない。ミステリ本は必要にかられたため、青春本は参考にするため、まあまあ呼んだが、逆に言えばそれくらいだ。
まあ、つまりは何を言いたいかと言うと――。
「鬼って人間がなるもんなんだね!初めて知ったよ!」
こんなことになるなら噂の桃太郎くらいはちゃんと読んでおくんだった、と走りながら思う。
『私も知りませんでしたよ!』
一般常識ではなかったようでうれしい。
私は後ろを振り返らずに、なんとか教室までたどり着く。
ここに来れば誰かいるはず!
……って。
「誰もいないんかい!」
放課後とはいえ、数人は残ってると思っていたのに。
そうか、今日は体育祭の自主練の日だからみんなそっちに行っているのか。感心。感心。
でも、ちょっと困るなあ。
私は自分のバッグから三徳包丁を取り出して、振り返る。
「鬼」を視界に収め、笑う。
「美雪、周りには?」
『誰もいませんね。正に絶体絶命ですかね』
美雪はひどいことに、少し嬉しそうにそう言った。
まあ、でも。
「逆に言えばこっちも何でもしてもいいってことだよね!」
私はこちらに走ってきた鬼をぎりぎりで避ける。
鬼も素早く方向転換しようとするが、それはこっちのほうが少し早い。
顔にめがけて、包丁を振る。
が。
「包丁に噛みつかないでよ……」
包丁を上下の歯ではさみ、止めるのを見て、思わず声が出る。
私はすぐさま、包丁から手を離し、すぐに彼女から離れる。
「恐怖を持たないタイプって苦手なんだよなあ」
そもそも、私の普段の相手は自分が殺されそうという事実だけで腰を抜かすような人ばかりなのだから、当たり前だ。
と、そんなことを言っている間にも鬼は意味不明な叫び声をあげながらこちらへ来る。
「ぐあああうyあbxcrjふjbhy」
戦略を考えている最中は乱入してきてはならないという鉄板をご存じないのだろうか。
「よいしょっと」
サイドステップの要領で、横へ避ける。
いくら早くても真っ直ぐなら意味はない。ぎりぎりまで引き付けて、避ければいいだけだ。
私は避けると、サッと翻って、鬼の後ろにある机を鬼の方へ倒す。鬼が少しよろけた内に走る。
もう一回距離を取り、包丁が捨てられた場所まで行って、手に取る。
うわあ、唾液でべたべただ。
でも、包丁を手に取らなかったということは本当にこいつは今知能が低くなってるのだな。それなら……
『危ない!』
?!
あ、危なかった。
彼女の拳が私の頭がつい先ほどまであった場所を通り過ぎて壁に穴をあけているのを見て心底そう思う。
私は素早く、ベランダへと走る。いくつかある窓は全てカーテンがかかっており、開いているのかわからない。
「窓、開いてる?」
『はい!』
追いつかないでくれ、追いつかないでくれ!
そう、思いながら窓に向かってジャンプする。
よし!
私はベランダへ出るのと同時に出た窓のすぐ横の窓から教室内へと戻ろうとする。
入れ違いで、鬼がベランダに出ようとした。
これでやっと、とても近くにいながらもカーテンのおかげで死角、という位置にまで追い込むことができた。
私はカーテンごと彼女の首を貫いた……と思った。
「ぎゃ、ぎゃあああ」
叫び声は聞こえるものの実際に見てみると、包丁は肩の方を貫いていた。
「ずれたか」
歯噛みする。
でも、この調子なら対抗できるかも……
『綺羅!離れてください!』
「っ」
美雪の声を聞いて、反射的に窓際から離れようとする。
そのとき、肌に熱さを感じた。
私はとっさに振り返る。
そこには片腕をさっき私がいた場所に向けて手の平を広げている鬼と、燃え上がるカーテンがあった。
「……鬼って、炎も出せるとか聞いてないんだが」
『私も知りませんでしたから!』
異能には詳しいからまかせてくれとか言ってなかっただろうか。
でも、これは無理だ。うん。私の手には負えない。
他の人に頑張ってもらおう。
私は一たびそう決めると、机に飛び乗った。
鬼はまた手を私に向ける。
「いつ発射されるとかわかる?」
『まあ、あと5秒後ですかね』
それを早く言え、と声なき声を出す。
私は目当てのものがある場所まで机と机を飛び移る。
あと3秒。10m
あと2秒。7m
あと1秒。4m
よし、着い
『逃げて!』
炎が彼女の手から吐き出される。
でも、さすがにここからじゃ逃げられないな。
「ただ!切り札は持っとくもんよ!」
私はポケットにある紙切れを握る。
炎が私を包もうとすると同時に私の周りに半透明の結界が展開された。
『私の結界護符。持ってきてたんですね』
イエス!いざというときのために取っておいて正解だった。
そして……
カンカンカンカン
火災報知器が作動し、スプリンクラーが起動する。
濡れながら私は微笑む。
「よし、ここからは私はお役御免だね」
もっと強い人たちが来てくれるのだから。
……面倒事は押し付けるに限る。
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