第二五話 メロンソーダと好き嫌い


「久慈先生の退場などなどを祝しまして!」


 缶を勢いよく開ける。


「かんぱーい!」


 そう叫んでから、メロンソーダを喉に流し込む。


「っん、おいしーっい!美雪も飲む?」


『それ私が飲めないことわかって言ってるなら嫌味ですよ』


「そういえば、そうだったね!可哀想に!」


『可哀想って……はあ』


「いやあ、本当にこれで色々解決したよね。あ、でも」


 ふと、あることに気づく。


「先輩死んだから、私の仕事が増えるんでは?!」


『でしょうね』


「えー、先輩も体育祭終わった後に亡くなれば良かったのになあ」


『最近思うんですが、あなたほど邪悪の名が似合う人ってそうそういませんよね』


「ひどい!」


 私だって1ミリ程度は傷つくんだぞ!



「き、綺羅ちゃん!」


「いるじゃねーか」


「あ、二仮ちゃんと犬太」


 体育服姿の二人から声をかけられる。


「何してたんだよ」


「いや、自販機でメロンソーダ買って、飲んでた」


「よ、よかった。さっき起きてた騒ぎに巻き込まれたのかと」


「大丈夫だよ!」


 巻き込まれはしたけど、無事だ!


「じゃあ、校庭に戻ろうぜ。まあ、リレーのリハーサルは終わってるだろうけど」


「えええ!今やってたの?」


 唯一の出場競技なのに……。


 思わずため息が出る。てか、今日私がすることってまだあるだろうか。


「係の仕事があるか……」


「そういえば、お前って保護者の誘導係だよな」


「うん」


「体育祭に来る保護者の名簿とかって持ってるか」


「あるけど、私の担当分だからうちのクラスの分だけだね。見る?」


 ここの体育祭では観覧するために親でも事前の申請が必要らしい。厳しいよなあ。


 先輩から渡された紙を差し出すと、犬太はさっと目を通し、眉を寄せる。


「親父、来るのか」


「ぼ、僕も見せてもらっていいですか?」


「もちろん」


 二仮は犬太の横から紙をのぞき込む。私も反対からのぞき込んでみた。


「こ、こ、来ないでって言ったのに!」


 二仮は両親の名前を見つけて叫ぶ。


「そ、それに、なんでお爺ちゃんもお婆ちゃんまで来るの?!」


「おお、いいじゃねーか。体育祭に祖父母まで来てくれる家庭なんぞ少数派だぞ」


「い、いやだよ」


 二仮は大きめに肩を下ろす。


「でも、いいね!親が応援しに来てくれるのも」


「綺羅の両親は……来ないのか。残念だな」


「ううん。気にしてない」


 私の選択の結果だし。


「それにしても、結構人来るんだね」


 名簿をなんとなく眺める。


 ふと、一つの名前が目に付いた。


尋常じんじょう


「ん?ああ、こいつ女性議員の?」


「ああ、こ、この人、名前が変な人ですよね」


「名前か。く、く……読めねーな」


苦莉亞くりあって読むんだって。すごいキラキラネームでしょ」


「よく知ってんな」


「き、綺羅も随分なキラキラネームだと思うけど。き、綺羅綺羅だけに」


「……」


「……」


「……ごめん。すべった」


「そういうこともあるよ」


 二仮を励ましつつ、校庭に向かう。


 あ、でも。


「ごめん。私、今日はこのまま帰るわ」


「え?」


「じゃあね!」


 名簿を持って、素早く走り去る。


 目の前で人が死んだ後、普通にリハーサル参加するのはさすがにやばいよな。気づいてよかった。


「それにしても」


 私は名簿にある一つの名前を見つめる。




 少し、面倒なことになるかもな。




ーーー



「体育着とジャージ、あと首にまく冷たいやつと……お菓子も入れておこうか!」


『お菓子いりますかね……?』


「絶対必要」


 寝る時間まであとちょっとの午後九時、鞄に明日の荷物を詰め込む。


「とうとうここまで来たんだし、明日は万全の体勢で挑まなきゃ」


 色々、長かったなあ。


「えっと、他には」


 机の上に広げた物を見つめる。


「美雪が持ってた不可視結界の護符は使い切ったし、他の護符も無くなって、武器は三徳包丁だけ、か」


『あなたって三徳包丁好きですよね』


「好きってわけじゃないけど。ほら、包丁なら身につけてても料理が趣味なので、って言い逃れできそうじゃない?」


『いや、厳しいですって』


「そうかなあ」


 いつも通り、そんなたわいもないことを話して、準備をする。


「よし!まあ、こんなもんでしょう」


『結局1時間もかかりましたね』


「乙女の準備は時間がかかるものだよ」


 そう言った後、美雪を正面から見つめた。


『な、何ですか?急に』


「いや、明日美冬を殺せたら、美雪ともお別れだなと思って……お別れだよね?」


『……まあ、そうですね。美冬を殺してもらったらもう未練はないですし、多分成仏するんじゃないですか?』


「それで、私も幽霊が見える霊能者とやらに美雪が私のことを密告することを恐れなくてすむ訳ね」


『そう、なりますね』


「ありがとね!」


『何へのお礼ですか?』


「ほら、私あんまり人と本音で話せないし、短い間だけど、一緒にいれてなかなか楽しかったから。お礼したくて」


 心からそう思う。


『楽しかった、ですか』


「美雪は楽しくなかった?」


『そこそこです』


「そっか。ああ、あと――」


 私は美雪の顔をのぞき込むように見る。




「――結局、霊能者って本当にいるの?」






『……さあ?でまかせか、真実か。どっちだと思います?』



 「不敵」と形容するしかない少女の笑み。



 私はそれが結構好きだ。


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