第二六話 シャッターチャンスは唐突に
「これから、第二一回目の体育祭を始めます!」
半ば叫びにも似た実行委員長の声とともに、私は雲一つない空へ拳を掲げる。
「ついに、ついにっ、体育祭開幕だ!」
ーーー
「美冬は――今日もすごい元気そうだね!」
美冬が入場するための列に並ぶ姿をカメラのファインダーからのぞき込む。
「できれば落ち込んでくれてもいいんだけどなあ」
『久慈先生とか鬼塚さんが脱落したくらいじゃ美冬は動揺しませんよ。でも少し不安そうに見えますが』
「へー、ってシャッタチャンス!」
笑顔の写真が撮れた。なかなか自信作だ。
「ただ、遺影には向いてないかなあ」
そもそも遺影撮影に体育祭は向いてないか。
『遺影って……なんというか、余裕ですね』
美雪は呆れたようにつぶやく。
「女の子は常に余裕を持ってる感じの方がいいんだってよ?」
「お前、何一人でぶつぶつ言ってるんだ?」
後ろから聞き慣れた声が放たれる。
「あ、犬太か。どうかした?」
「お前、写真係だっけ?」
「保護者の誘導ってそんなに仕事ないから、手伝おうと思って」
「余裕だなぁ、俺も誘導係をやりたかったよ」
犬太は深いため息をつく。
「犬太はリレーの審判だっけ?でも、簡単な仕事じゃん」
「ここは不正するやつが多すぎるんだよ……」
「不正?」
「去年は幻影を設置しまくって、気をそらすやつとか」
「なんか弱い」
「逆風を相手レーンに吹かせたら、自分も巻き込まれたやつとか」
「うーん、自業自得」
「他には、太陽光を鏡で集めて靴紐を燃やした人も居たらしいな」
「異能学園を謳ってるんだから、異能使おうよ」
「今時は異能を使う方がコスパ悪いからな」
「浪漫がほしい……」
そうため息をつくと同時に次の競技のアナウンスが流れる。
〈次は二人三脚です。玉入れをする人は入場門に――〉
「てか、犬太、二人三脚は?」
「……やば、忘れてた」
『もう入場し始めてますよ?!』
入場門はここからだと遠すぎる。
相方が来てなかったとは、美冬も不安そうにするわけだ。
「犬太、入場門へ今からでも走っ」
そう言い切る前に、犬太は目の前にあった観覧席とレーンを隔てるロープを飛び越える。
そして美冬のもとまで、走る。
『相変わらず人外じみた速さですね……』
「ごめん、遅れた」
「来ないかと思いましたよ」
美冬は確かにさっきより安心しているみたいだった。
「すっぽかしはしないよ。優勝するんだろ?」
「……ええ」
『なかなか、上手いことを言いますよね。私だったらあんな青臭い言葉いえません』
「青臭いってひどいなあ。素直に褒めてあげれば?」
『そもそも忘れなかったらいい話ですから』
「それは確かに」
さて、私は応援がんばるぞー!
「横いいかな?」
後ろから、保護者らしき男性に声をかけられる。
「あ、他行きますのでどうぞ」
「いや、君と話したくてね」
「へ?」
予想外のことを言われて、私はその男の顔を見る。
ああ、なるほど。
『そっくり、ですね』
「犬太くんのお父さんですか?」
「はい、息子が世話になってるようで」
「いえいえ」
もう二人三脚リレー始まりそうなんだが、早くしてくれないかなあ。
「単刀直入に言ってもいいでしょうか。君、邪魔です。犬太と離れてくれませんか?」
「はあ」
「犬太には神宮美冬の殺害という使命があります。君と……中黒二仮だったかな?と馴れ合いなどをしている暇は息子にないんだ」
「はい、気持ちはすごくわかります」
私も犬太が美冬を殺してから一緒に青春したかった。
「それなら、安心だね……両親と同じ目には遭いたくないだろうし」
「ですねえ。そろそろ、二人三脚が始まるので、もういいですか?」
「……ああ」
男はすっと離れていく。
「……これ、使えるかもね」
こちらを驚いたように、少し不安げに見つめていた犬太と目が合う。
私は笑顔で手を上げ、心配ないということを示す。
その後すぐに二人三脚がスタートした。
〈す、スタートしました!え、えっと、2組がリードしています〉
『まさかの実況は二仮ですか』
「意外だね」
〈あ、でも神宮さんとけ、犬神君のペアがどんどん加速していきます!〉
「そして意外にも美冬、ちゃんとついて行ってる」
前見たときは二人ともかなりばらばらだったのに、短期間によくここまで仕上げたな。
『まあ、美冬はストイックですから、やると決めたら強いですよ』
〈あ、あとちょっと!神宮さん!けん……犬神君!がんばれー!〉
『実況って特定の団体応援してもいいんでしたっけ』
「いいじゃん」
本当にあとちょっとで1位を抜かせ……へ?
「なんで、雨降ってるの?!」
美冬と犬太の真上だけなぜか雨が降っている。
『あ、あそこ!』
美雪が見ると、保護者席の後ろで白装束を着て、天に何かを掲げている人がいる。
『雨乞いって……せこい』
「あれ、明らかに違反でしょう!」
二人は、明らかにスピードが落ちている。美冬は何故かポケットに手を入れて……雨がやんだ。
正確に言うと傘を展開したように雨粒が二人を避ける。
『……護符まで使うとは、美冬、本気ですね』
〈ああ、抜かした!神宮、犬神ペア1位!やった!〉
二仮はこの事態に気づいてないのか、興奮したように噛みもせず、実況する。
〈そして、そのまま、フィニッシュ!やりましたあ!〉
美冬と犬太はゴールテープを切るとともに座り込む。
「よし、行こうか!」
『え、そっちですか?』
私はダッシュで放送席の方に向かう。
「あ、二仮ちゃん!」
「綺羅ちゃん……ぼ、僕怒られちゃった。特定の人を応援しちゃだめなんだって……」
「ドンマイ!そんな落ち込まないで、いい実況だったよ!全然かんでなかったし!」
「……そういえば、そ、そうだね。僕、かんでなかった」
二仮はそうつぶやきながら、口角をじりじりと上げる。
「あと、一つ聞いていい?」
「ん、な、何?」
「犬太のお父さんが声をかけてこなかった?」
「ああ、うん」
「どうだった?」
「ど、どう?まさに犬太のお父さんって人だったよ」
「まさに?」
「うん。すごいノリがよくて、アニメの悪の幹部みたいな感じで話してくれたよ!」
「そっか、うん、さすが二仮だよ! そのことについては犬太には話さないでおいてくれる?」
「う、うん? そうだ、僕午前の仕事は終わったし、一緒に犬太のところまで行か、ない?」
「そうだね。タオル持ってくといいかも、ぬれてるだろうし」
「?うん」
私は頭に疑問符が浮かんでいるであろう二仮の手を引っ張る。
「じゃあ、行こ!1位おめでとうって言いに行かなきゃ!」
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