第三四話 幸せJK生活
「……私が来なかったらどうするつもりだったの?これ確実に捕まるよね」
ふと、疑問に思って聞く。
「ん?ああ、そのとき死のうかなって」
「え?なんで」
「面倒だし、なんか疲れちゃって。両親を殺したせいかなあ。情はないんだけど、なんだかんだ殺さないできたし」
「じゃあ、なんで綺羅は人を殺すの?」
「さあ?」
「殺人こそ面倒でしょう?」
「それは、そうだけど。なんて言えばいいのかな……時計が止まったらさ、もうその時計を捨てたくならない?」
綺羅は不思議なことに私の質問に対して懸命に答えようとしてくれた。
「安かったら、わからなくもない」
「それと同じ。全て殺して、リセットする。何か問題があったとしても、そうしたら大抵はなくなる。そうすると、すごいすっきりするの。私って面倒くさがりだから。修理したり、電池を変えたりせずに手っ取り早く
「極端だね」
でも、ある意味わかりやすい。だからこそ、疑問が生まれた。
「でも、そんな面倒くさがりなら、なんで死なないの?何かやりたいことがあるの?」
「いや、ないよ。なんで、か。なんでだろう。考えたこともなかった」
本当に綺羅もわからないみたいだった。でも、私にはなんとなくわかった気がした。
「ああ、期待してるから、じゃない?」
「期待?」
「うん、きっと綺羅は未来に、人に、期待してるんだよ」
私が高校生活に期待を寄せたように。
「未来に……確かにそうかも。でも私、人に期待してるかな」
「私からはそう見えるよ。だって、そうじゃなきゃ私とこんなに話しないでしょ。それに、両親を殺して疲れたのは、両親に期待していて、失望したからじゃないの?」
「失望、か」
「それに――綺羅が全く人に期待しなくなったら、世界を滅ぼしそう」
「ええ?私じゃ滅ぼせないよ」
「うん、そうだよね。でもなんとなくそう思ったんだ」
クスっと笑った。
「……でも、確かにそうかも。狭間さんは、珍しいね。死ぬ間際の人って大抵取り乱すんだよ」
「ああ、私は……現実感がない、からとか?」
「なんで?」
「だって、綺羅ってなんていうんだろう。人じゃないみたい」
純粋で無垢な怪物の子供。例えるならそんな感じだろうか。
彼女自身に全くの悪気がなさそうだから、責めたり恨む気持ちにもならない。
むしろ、この会話を通じて、私は奇妙な親愛感を彼女に感じている。
「でも、少し心残りはあるな」
高校生活、やりたいことがたくさんあった。何より……
「幸せに、なりたかった。青春、やりたかった」
話していると、その思いが募っていく。人と話す。これがこんなに楽しいことだと思わなかった。
いや、綺羅とだからなのだろうか。きっと綺羅と一緒に青春をやるのは楽しいんだろうな。
まあ、彼女がシリアルキラーなのが玉に瑕だが。
「……そんなに青春っていいものなの」
「うん、もちろん!……きっと」
「じゃあ、私も青春できたらいいな」
そう言う綺羅に対して私は咄嗟にある言葉を口に出す。
「受け身じゃだめだよ。行動しなきゃ。行動しないと、後悔してからじゃ遅いんだよ」
綺羅はそれを聞いて、少し固まる。それからすぐに笑いだした。
「行動か。うん、そうだよね。なんで思いつかなかったんだろう」
「う、うん」
「うーん、でも実際私はどう行動すればいいんだろうね」
私ははたと思いついて、胸ポケットにしまっていた手帳を取り出す。
「これをやってみたら?」
綺羅はそれを受け取って、めくる。
「高校でやりたいこと、か。これをやれば、私は満たされるのかな」
「うん。これは言うなれば、そうだなあ。幸せ……JK生活!そう、幸せJK生活だよ!」
我ながら安直なネーミングだ。
「幸せJK生活?」
「そう!きっと幸せJK生活は綺羅の期待に応えてくれる。だから、試しにやってみるのも悪くないでしょ?」
そう言った後に見た綺羅の顔を私は一生忘れることはないだろう。
一生といっても、あとほんの僅かだが。
「これが――」
まるで恋する乙女のように、目をキラキラさせて、手帳を見る綺羅の顔、あれだけはきっと冥界に行ったって覚えてる。
「ふふっ、まずこの計画で大事なのが、第一条の友達を作る!ってところでね」
「うん」
「青春は友達が大事なの。だからそれを――」
そこまで言ったところで二の句が継げなくなった。
あ、来た。凍えるような死の気配が近づいてきたのを察知して、私は最後に一言言おうと口を開く。
「き、ら。きっとそれを叶えてね。私は一つもできなかった、から」
冷たい。
ああ、終わりか。
考えてみればおかしな話だ。自分を殺した人に自分の夢を託すなんて。
でも、なんで私はこんなに今満足しているんだろう。
綺羅は私の様子の変化にも気づかず熱心に手帳を見つめている。
瞼が、落ちる。
ああ、そうだ。
高校でやりたいこと、第一条。
あれだけは叶えられたな。
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