第二九話 死はあっさりと



「うー、まさか私のクラスが優勝できないとは」


「だ、大丈夫?」


「いや、ちょっとショック」


 二仮と一緒に下駄箱へと向かいながら、話す。


「あ、でも、その、ら、来年があるよ」


 二仮は私は慰めようとあたふたしながら言葉を紡ぎだす。


「……うん、そうだね。来年がんばろう」


 それがなんだかおかしくて、思わず『来年』という言葉を口に出す。


「うん!」


 二仮はにへらっと笑って頷いた。


「ね。あ、ごめん、私教室に忘れ物したっぽい」


「じゃあ、と、取りに行く?」


「うん、二仮は先に帰ってていいよ」


「わかった」


 私は二仮に手を振ってから、Uターンする。


「んー、来年もいいかもなあ」


 なんとなく独り言をつぶやく。


『来年を考える前に考えなきゃいけないことがあるのでは?』


 近くの偵察から帰ってきた美雪が壁からひょっこり顔を出す。


「まあ、そうだね。で、今はどんな感じなの?」


『美冬は教室にいます……犬太君も一緒です』


「うん。だろうね」


『わかってたんですか?』


「犬太は自分の思ったこととかお礼をすぐ伝えようとするタイプだからね」


 呼び出すんじゃないかと思ってた。


「近くに誰かいる?」


『……いえ東校舎内には誰もいません』


「そう、じゃあ始めようか」


 いよいよ大詰めである。



 教室へと近づくと話し声が聞こえてくる。


 相変わらず、犬太といい、美冬といい、通る声だ。


「とにかく俺が伝えたいのは――体育祭ではありがとうってそれだけだよ」


「それだけですか?」


「一応聞くが、お前の護衛とかは今いないんだろうな」


「ええ、あの子達はちょっとした疑惑が出たので護衛を外しました。それにあなたはここで私を襲わないでしょう?」


「もちろんだ。俺は……もうこうやって対立するのをやめたいと思っている」


「それは私たちが決めることではないです」


「ああ、わかってるよ。でも、俺はこのまま親の言いなりになるのはいやだ。いつか、親からは逃げるつもりだ」


「逃げる……それが可能なんですね。あなたは」


「お前だって」


「私は無理です。絶対に私はこの家から逃れられない」


 半ば嘲笑するように話す。こんな美冬を見るのは初めてかも知れない。


「……少し羨ましいです」


 私は窓からそっと覗き、教室にいる二人の位置を確認してすぐ扉の側に隠れた。


 ただ、美雪だけは、窓から真っ直ぐ美冬のことを見つめていた。


「でも、お前このままじゃ危険だぞ。俺の父親は本気でお前を殺したいと思ってるし、美雪がどうなったかだって知ってるだろ?」


「美雪は……本当に死んだんでしょうか」


「その可能性が高いってことはわかってるんじゃねーのか」


「私は思って……いや信じてたんです。美雪は、死んだんじゃなくて逃げたんだって。美雪は今度こそ家から逃れてどこかで平和に暮らしてるんだって」


「それは……」


「ええ、わかってます。これは私が自分の罪悪感を薄めるために考え出した幻想です。まあ、そんなことは最早どうでもいい」


「……」


「私側からは対立をやめることはできない。あなたがそれを解消したいというならご勝手に。それがアンサーです」


「……お前って、昼休み空いてるか?」


「はい?」


「いや、一緒にアニメ見たいと、思って」


「……はい?」


 意味がわからない。そう聞こえてきそうな声色だ。


「だって、最近ずっとお前つらそうじゃん。だから、あー、俺にできることは少ねーけど、そうしたら元気でるかなと思って」


「よく、わかりません」


「だよな。ごめん。でも、できれば考えといてくれ」


 私はそれを聞きながら、ゆっくりと開いている扉の真横に立つ。


『……打ち合わせ通り、美冬を――やって殺して下さい』


「確かに、それもいいかもしれません」


 美冬の背後へ駆ける。


 犬太と目が合った。よし。


「わかりました。考えて」



 返事をしようとしていた美冬の胸から三徳包丁の切っ先がとび出た。



「――美雪から、だって」


 後ろからそう囁くと、ポケットを探っていた美冬の手が止まる。


 それを確認してからゆっくりと包丁を抜き、案の定美冬は床へ崩れ落ちる。


 生暖かい血が辺りに飛び散った。


「っ美雪は、死んだの?」


 美冬は胸に穴ができたのにも関わらず、冷静に聞いてきた。


「うん。それで、これが彼女の最後の望みってわけ」


「そう……」


 美冬は胸を押さえながら、苦しそうに息をする。


 あっけないものだ。


『美冬』


 美雪は倒れている美冬の横へと立って、彼女を見下ろす。


「……美雪?」


 苦しんでいる少女の目が一人の幽霊を捕らえた。


「ごめん、なさい。ずっと、後悔してる」


 絞るように話すその声はなぜかよく響いた。


「でも、ずるいじゃな、い。美雪だけ……この家から逃れて、わ、私はっ」


『だから、私が伯母さんへ養子に出されるとき言ったんですか?「いやだ」って』


「一人はいやだ……いや、だったの」


『私と伯母さんがそれを何より望んでいたと知っていながら?あなたの言葉で人が簡単に死ぬことを知っていながら?』


「……う、ん。でも後悔した。だから話し、たくて。あの日あなたと話そうと、思って」


『ああ、私が死んだ日?だから、あんなにも早く来てたんですか?』


「あなたに謝り、たくて」


『そう。あの日綺羅と会う前に美冬と話してたらこういう結末も変わったかもしれませんね。でも、私は私の行動を後悔しません』


 美雪はしゃがみ込んで、美冬の顔をのぞき込む。


「美雪、ゆるし、て」


『お姉ちゃん。私は許さないよ。決して』


 美雪は何よりだって優しい声音でそう言い切った。


『でも、もういいよ。休んで。疲れたでしょう? 私も少し疲れた』


「……うん」



 美冬はゆっくりと、目を閉じた。






 残されたのは美冬をまだじっと見つめる幽霊とそれを見る私そして――



「なあ、これどういうことだ」



――犬太。



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