背後を囲む、影
「チッ、やるならしっかりやれよ…」
とある高級マンションのベランダにて、男はスマホの画面を見ながら憎々しげに爪を噛んだ。
イライラしながら付けていたイヤホンを外し、画面をスワイプして猥雑な笑みを浮かべる。
「突然入った邪魔をどうやって取り除こうか、面倒だったけど天は僕に味方してくれたようだ」
画面には数人の女性探索者の画像が並んでいる。
「閃堂夕華、彼女がいれば僕のパーティーは攻撃面でさらに盤石なものになる…東雲真樹が手に入れば、類まれな技術で僕たち全員の戦闘力が底上げされる。ちょっと想定外だったが、上級魔法を扱えるようになった猫水水面がいれば魔法戦で負けることはないだろう…そして、朝霞悠音、紫倉綾音を手駒にできればプロステリータスの財源や権力を握ることが出来る…!」
そしてその権力を使い、他のプロクランの女性探索者もすべて手籠めにする。これが彼の思い描くプロクラン楽園化計画だ。
「――ニヤニヤとしているところ恐縮ですが」
「っ!?」
突然、自身の計画を反芻し悦に入っている男に背後から声がかけられた。
「誰だ!」
振り向きざまに拳に魔力を込め、正拳突きを放つ。しかし拳は影を捉えることなく空を切った。影はそこに存在しない陽炎のように立ち上っている。
「ああ、落ち着いてください。私はあなたと敵対したいわけではありません。むしろその逆、手を組みたいのです」
「誰かもわからない奴にこの僕が協力すると思っているのか?」
「おっと、すみません。私は…そうですね、名前を明かすことはできませんが…来栖凛凪を殺害する依頼を受けている者です」
「何?」
「もちろん断っていただいても構いませんが、話だけでも聞いていただけませんか?」
引き続き警戒しながらも、注目していた名前が出てきたことで、男は影の話を聞くことにした。
「ありがとうございます。ではまず、私達が彼の命を狙うことになった経緯を話しましょうか」
「ネットではある大企業の息子の差し金だと言われていたな」
「ネットもなかなか侮れませんね。まさにその通り。まあ正確には、大企業の社長と息子、両名からの依頼ですが」
「学生時代に同級生だったの言うのは本当なのか?」
「ええ。閃堂夕華のバディを巡る件でね。本人は来栖凛凪に閃堂夕華を奪われたと主張していますが、実際は閃堂夕華自身が来栖凛凪を選んだそうです」
「フンッ、いずれあの女も僕を選ぶようになる」
「大層な自信をお持ちのようだ」
影は薄ら笑いを浮かべた。
「始めは新人の中でも力のある方を送り込めばよいかと考えていたのですが、見事に返り討ちに遭いましてね。先ほど裏サイトで募った人たちで多対一を仕掛けてみたのですがそれもうまく行かず…」
「そのあたりは見ていたから知っている。それで僕に何を手伝ってほしいんだ?」
「2週間後、我々は配信が行われるダンジョン最下層にて総攻撃を仕掛けます。パーティーを分断し、閃堂夕華などの手が入らない完全な一対多を作り出す。その際、あなたが主体になって彼の相手をしてほしいのです」
「言っておくが、僕はそこまで
「ええ、あなたにしてもらいたいのは時間稼ぎ。もう一つの分断したメンバーたちを大規模な転移魔法でダンジョンの入口まで彼女たちを戻します。そうして完全に孤立した所で彼を叩く」
「なるほど。それで、報酬は?」
「依頼主様からの報酬の2割…いえ、作戦の根幹を担ってくれるのですから3割は払わないと割に合いませんね。これでどうでしょう」
「……僕の言う条件を追加してくれたら、その提案を飲む」
「ほう?」
「入口に戻された彼女たちは死物狂いで戻ってくるだろう。その際に4人を拘束してほしい」
「…それは難しい相談ですよ。あの実力者たちを拘束するためには転移の工程を人数分繰り返す必要があるでしょう」
「いや、一瞬でいい。一瞬でも僕が彼女たちに触れることができればそれでいい」
男の説明を聞いて影が笑みを深めた。
「なるほど、なるほどなるほど…!そうか、そうやって数々の女性探索者を籠絡してきたわけだ。まさか2つもスキルを持っているなんて!」
「そうだ。この力で僕は世界のあらゆる女を手に入れる」
「クックック…!いや、ご協力まともにありがとうございます。詳しい計画はまた後日、部下が直接伝えに来ますので」
その場を去ろうとした影がふと思い出したように動作を止める。
「そうだ、お近づきの印にこちらをお納めください」
そう言って渡してきたのは1冊の本。
「スキルブック?」
「ええ、なかなか有用なものが入っています。特に、
忍び笑いを残して、影は散っていった。あたかも最初からいなかったかのように、男だけがベランダに残される。
「……フッ」
画面を操作して新しい画像を表示する。
来栖凛凪の画像を指で弾くと、男は部屋の中に戻っていった。
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