事情聴取

「おかえりなさい。ご無事で何よりです」


俺たちが配信を終えてダンジョンの入口に戻ると、わざわざ部隊長が椅子に腰掛けて帰還を待っていた。


「すみませんお待たせしてしまって」


朝霞さんがそう言って頭を下げる。


「いえいえ、それほど待ちませんでしたから。では、来栖さんはこちらで預からせてもらいます」


「はい。お願いします」


「じゃあね凛凪。失礼のないようにね」


「俺は子供か?流石に礼儀はわきまえてるよ。参考人から容疑者になりたくないし」


「お疲れ様でした先輩。また今度」


「猫水嬢もお疲れ、帰ってゆっくり休みな〜」


「ばいばい来栖くん」


俺だけパーティーから別れて部隊長とともに受付の奥にある一室に向かった。


ドアを閉めると、部隊長の態度が急変した。


「お疲れ様です来栖指導官!」


そう言って俺に向かってキレのある敬礼を行った。


「指導官はやめてくれませんか? もうその立場ではないんですし」


「はっ!」


「だめだこりゃ…」


俺の要望に再度敬礼で答える部隊長に俺はため息を吐いた。


この人と出会ったのは2年ほど前。俺が短期バイトとして夏休みに1ヶ月間、新人のPK対策部隊員に戦闘技術を教えたのがきっかけだ。


PK対策部隊と一口に言っても、部隊長のようにPKパーティーと相対し確保する対処部隊と、PKパーティーの位置を把握したり対処部隊に指示を出す指示部隊に分けられる。


で、数年前から対処部隊の実力を底上げするために、探索者から戦闘技術を学ぼうという試みが始まった。


その1期生の指導官に選ばれたのが俺、ということ。


短期バイトの仕事が取れたのも少し事情があるからなのだが、それはまた別の話になる。


「皆は元気ですか?」


「はい! 指導官のご指導を次世代にも受け継ぎつつ、それぞれが職務を全うしております」


1期生の皆は何人か生意気な口を利くやつがいたが、数日後にはで解決し、スポンジのようにノウハウを吸収していった。


「再会を喜び合うのはこのあたりにしておいて、事情聴取を始めてもらってもいいですか?」


「はっ! ではまず、指導官は狙われた理由に心当たりがあるようでしたが、どういったものなのでしょうか?」


「今回がそれだとは限らない、ということを心に留めておいてください。というのも、俺の心当たりは数年前に遡りますから」


「了解であります」


そう言って彼は記録を行うためにパソコンを起動した。


「突拍子もない話ですが、今回のPKパーティーの依頼主は恐らく富野財閥の上層部が直々に依頼したものだと思ってます」


「富野財閥……それはもしかしなくても、探索者業界日本最大手の…?」


「ええ、あの富野ダンジョン専門店TOMINOの富野財閥です」


「…それは、なんでまた?」


「一番はそこの長男との因縁ですかね。実は高校の時の同級生でして。彼も探索者志望だったんです。『ウチの商品を世界に轟かせる』といつも言っていました」


実際、彼の実力は相当なものだった。幼少期から英才教育によって武道を一通り学び、なんとダンジョンを別荘の敷地内にして攻略させていたという超エリートである。


「で、まあ学生でパーティーを組むじゃないですか。そのときに俺と夕華がパーティーを組んでたんですけど、すでに夕華はソロで活躍してて結構有名だったんです。そのネームバリューを利用したいと思ったのか知らないですけど、彼が夕華とパーティーを組もうと提案してきたんですね」


「ほうほう」


「夕華が『あ、もう凛凪と組んじゃってるから無理。パーティーもバディのほうが動きやすいからこれ以上増やすつもりないし、君凛凪より弱いし』って言って断ったんですね」


「青春というか、往々にしてよく聞く話ですね。それで?」


「相手が激昂して勝負を挑んできたのでこてんぱんにしたら逆恨みされました。そんなものです」


「…指導官…流石に喧嘩を勝った相手が悪いんじゃないですか?」


「売られた喧嘩は買う主義なので。まあそこから親にチクったのか知らないですけど、妨害が始まりましたね。全国大会の予選本選ともに、まあまあ苦労しました」


ホテルの予約が勝手に取り消されたり、前回大会優勝者のパーティーと初戦で当たったり。


まあ即失格とかにならなかったのは、大会理事がマトモだったからだろう。幸運なことに、あの中に富野の陣営はいなかったのだから。


「一番顕著だったのが大会後にどこのプロクランからもオファーが来なかったことですね。夕華は引く手あまただったのに」


「ああ、それはたしかに妙ですね。指導官のような…大会全部門優勝という頭のおかしい記録を残したバディの片割れを、声すら掛けないというのはおかしい話です」


「まあ元々プロとしてやっていく意思はないと公言してたので、それでかとも思いました。ただ、海外のプロクランからも数個、オファーが来てたんですよ。それで怪しいなと」


「ふむ、たしかにそれは…」


「まあ、証拠があるわけじゃないですが。完全に俺の妄想と言ってもいいので、ご参考までに」


「ありがとうございます。次に――」


こうして一通りの質問に答え、解放されたときには時刻が午後9時を回っていた。


「……紫倉社長、まだいるのかな」


聴取が終わったら本部に来て話を聞かせてほしいと言われたが、こんなに遅くなるとは……日を改めたほうが良いだろうか。


いや、一応顔を出しておくべきだろう。


そう考え直し、俺は本部に続く道に歩を進めはじめた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る