弱った社長

本部に到着した俺が受付で用件を知らせると、すぐに社長室に通された。


「失礼します。紫倉社長、来栖です。聴取が長引いてしまいました」


「……」


俺が部屋に入り到着を伝えても、社長はパソコンを操作したまま反応しない。


「社長?」


「っ!?ああ…来栖君か…時間は……っと、もうこんな時間か。もしかして待たせてしまったかい?」


俺のさっきの声が届いていないくらい集中していたのか。


「いや、俺もさっき聴取が終わったばかりなんです。約束通り情報を共有しに来ました」


「ああ、そうだったね。じゃあ聞かせてもらおうか」


椅子に座って俺は事の顛末を語る。


「そうか…天下の富野がそんな事を…」


「あくまで推測ですよ」


「分かっている…だが、君が言うのだから恐らく当たっているんだろう」


社長が椅子に深く座り込む。


「……さっきまで、どうにかしてPKクランの足取りを掴めないかと…街中の監視カメラをハッキングしてたんだが、徒労に終わったよ…」


「え? 何やってるんですか。ちゃんと許可もらいましたか?」


「…いや、無断で」


「無断で!?犯罪ですよ!?」


「いや、ちゃんと足がつかないように隠蔽はした」


「バリバリ犯罪じゃねーか!?」


敬語をかなぐり捨てて俺はそう叫ぶ。何やってるんだ本当に。


「はぁ……たしかにPKパーティーを捕まえるのは大事なことですけど、それで社長が犯罪者になってしまったら目も当てられませんよ…ミイラ取りがミイラになってどうするんですか…」


「しかし…こうでもしないと気が収まらなくてな」


紫倉社長が席から立ち上がると、少しふらついて机に手を着いた。


よく見ると少し顔色も悪い。


「社長。根の詰めすぎは良くないです」


俺がそう言うが、社長は備え付けの冷蔵庫からエナジードリンクを取り出し始める。


「社長!」


思わず距離を詰めてエナドリ缶を持った彼女の手首を掴む。


「…離してくれ」


「ダメです。これ以上無理したら倒れますよ」


「こうしている間にも奴らは誰かの命を狙ってるかも知れないんだぞ!!」


大声で社長が怒鳴った。


「私はオペレーターだ。探索の現場に同行することはない。安全な場所から、ただメンバーに魔物の位置や情報を伝えているだけ」


「そんなことは」


「現に今回の件も、対策部隊に連絡するだけで後は指を咥えて見ていることしかできなかった」


社長の手がブルブルと震える。


「こんなときくらい、皆の役に立たないと……何の為に私がいるんだ…!」


事件の時、何もできなかったことから来るやるせなさを、怒りとして自分に向けていた。


「離してくれ。私は絶対にPKパーティーを捕まえる」


そのアメジストの瞳に不屈の覚悟をみなぎらせる。


なぜここまで躍起になるのだろうか。


確かにオペレーターという役割は時として無力だ。


非常事態に直面しているのに、自分は何もできない。


現状を打開しなければいけないのに、ただ仲間を信じて無事を祈らなければならない。


場合によってはパーティーが全滅する瞬間を一番間近で目の当たりにする存在。


その不安と罪悪感は半端なものじゃないだろう。


「もし自分があの場にいたら」「もっと自分に出来ることがあれば」


そう言った焦燥と責任感が、彼女を駆り立てるのかも知れない。


「社長、もう一度言います。休んでください。本末転倒で――」


「離せ!」


バシッ!と手首を掴んでいた手が弾かれる。


「…紫倉社長」


「……今日は疲れただろう。…もう帰ってくれていい」


俯いたまま、社長はそう言って自分のデスクに戻っていった。


「……失礼します。社長も、無理しないでくださいね。俺もパーティーの皆も、あなたのことを役立たずだなんて思ってませんから」


そう言って俺も部屋から出ようとするが、冷蔵庫の上に置かれた写真立てに目が行った。


そこには、向日葵のような笑顔を浮かべる麦わら帽子を被った少女と、その両親と思われる一組の男女が写っていた。


「……」


瞳の色や髪の色から、この少女は社長その人なんだろう。


社長のご両親……どこかで見たような気が…?


一先ずその疑問を胸の裡に追いやり、部屋から出た。


「はあ…」


壁に背を預け、スマホから『紫倉綾音 両親』と検索する。


検索結果の一番上には、「ベテランバディ、凶刃にたおれる」という有名新聞の記事が。


そうだ、確か夫婦でバディを組んでいた。幼馴染同士で、中学の頃からバディを組み、史上初の全国大会にてバディ優勝という快挙を成し遂げた実力者。


記事によると、その二人はダンジョンにてPKパーティーの襲撃に遭い、命を落としてしまったらしい。


その頃、紫倉社長は5歳。親戚に引き取られて暮らすことになったそうだ。


その後、常人ならざる速さで経済学、経営学を学び、18歳で今の夕華を除いた『黄昏の明星』メンバーとともにプロクラン『プロステリータス』を発足して今に至る。


なぜあそこまでPKパーティーに執着するのか合点がいった。


この部屋で仕事をしているのは、クランの安全を守るために働き、その身に余る重圧を背負いながら働く若き才女。だけではない。


俺よりも30cm以上小さなその細身の体に、両親を喪った悲しみを抱えた少女だ。


「そりゃ執着するよな…」


彼女の境遇と心情に同情する。無理をするのも当然だ。、PKパーティーによって誰かを喪うかも知れなかったのだから。


立ち上がった俺は家へ帰るためにその場を去った。



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翌日。昼過ぎにもう一度社長の下を訪ねた。


流石に一度謝ったほうがいいだろう。


そう思って扉をノックする。


しかし返事はない。もしかして怒っているのだろうか。


もう一度扉をノック。返事はない。


「紫倉社長? 開けますよ?」


扉を開けると、目の前のデスクに社長は座っていなかった。


仮眠をしているのだろうかとあたりを見回すと、床で人影が倒れているのが見えた。


「っ!紫倉社長!」


慌てて駆け寄り、手首から脈を計る。呼吸も正常だ。


デスクの傍にあるゴミ箱は、何個ものエナドリ感で埋め尽くされている。


根を詰めすぎて倒れてしまったのだろう。


「社長? 起きれますか?」


「……」


軽く声をかけてみるが、深い眠りについているのか目を覚まさない。


どうしようか。床に放置しても冷えて風を引いてしまうし…


「そういえばこの部屋で寝泊まりすることもあるって言ってたか」


もしかしたら仮眠室みたいなものがあるかも知れない。


そう思ってこの部屋から続く一つの扉を開けてみると、案の定簡易ベッドが置かれた仮眠室が姿を現した。


「社長、運びますね」


膝と肩に後ろから手を通し、紫倉社長を抱えあげる。ちゃんとした健康管理ができているのかというほど軽い体だった。


ベッドに体を降ろして、傍にあった掛け布団を掛ける。


「…ん、んぅ…」


社長が軽く身じろぎをする。起こしてしまっただろうか。


「…おとうさん……おかあさん…」


……両親の事を思い出しているのだろうか。彼女の頬を涙が伝った。


「…くるすくん……すまない」


え? 何か勝手に死んだことになってる?


ちょいちょいちょい、俺まだ生きてるから。縁起悪いこと言わんといて!


「…紫倉社長、俺は生きてますよ」


零れた涙を拭い、安心させるために頭を撫でてみた。昔母がよくやってくれたな。不思議と心が落ち着く。


その効果があったのか紫倉社長の表情も穏やかになっていた。


「……すう…すう…」


穏やかな寝息を立てながら、モゾモゾと手を伸ばす。


「え?」


そして、ガシッと頭に伸ばした俺の手を掴んだ。


「……ふふ…」


安心するのか、微笑みさえしながら彼女は眠る。


「……え?」


手を解くことができない、俺を置いていきながら。

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