さあ顔を上げて
私の両親は私が5歳の頃にとあるダンジョンで亡くなった。
魔物にやられたわけじゃない。PKパーティーによって殺された。
昨日まで一緒に食卓を囲んで、談笑して。
『明日はね、綾音のためにきれいなネックレスを作りに行こうと思っているんだ』
『きれいなネックレス!? ほしい!』
『ママたちが明日行くダンジョンはね、きれいな水晶がたくさんあるところで、そこの魔物から採れる水晶はネックレスとか指輪に使われるの』
『ほしーい!』
数日後に誕生日を控えた私に、両親はそう言って私を喜ばせた。
その両親が帰ってくることはなかった
翌日から私は親戚に引き取られて暮らすことになった。
親戚も私を邪険に扱うこと無く、両親の死を悼み、私を育ててくれた。
両親のいない食事、両親のいない会話、両親のいない就寝。
いかに親戚家族が私に尽くしてくれても、心に空いた穴を癒やすことはできなかった。
学校に行き始めても、そこで親しい友人――朝霞悠音と出会っても、2つ下の後輩――東雲真樹に懐かれても、その穴は塞がらない。
寧ろ膿のように憎しみが滲み出してくるのが分かった。
そんな中で、悠音と真樹がバディを組み、私にオペレーターをしてほしいと提案してきた。
中高一貫校の女子校で私と悠音が中3、真樹が中1のときのことだった。
正直私は乗り気ではなかった。あの事件以降、私にはダンジョン恐怖症とでも言うべきダンジョンへの忌避感と恐怖が心のなかに根付いていたからだ。
もし、この二人がPKクランに襲われたりなどしたら……考えるだけで身の毛がよだつ。
私はその事を二人に伝えたが二人の意志は固く、結局私がオペレーターとしてできるだけ安全を確保してから探索するという条件でパーティーを組むことになった。
探索するダンジョンの揉め事の仔細、全PKクランの被害報告、袋小路のような詰みの構造がの確認。
二人がPKパーティーに遭遇することがないよう最大限の情報収集を行い、初めての探索を無事終わらせることができた。
『情報収集してくれてありがとう綾音ちゃん。これからもお願いね』
『先輩のお陰でめっちゃスムーズに素材集められたよ!ありがとう!』
そこから私達はダンジョン配信者として活動を始めた。
私の綿密な計画の下、人的被害だけは被らないように立ち回り私達は名を挙げていった。
それと並行して私は経営学を学び、新たなプロクランを立ち上げる準備を進めて行く。
もう誰一人として、PKパーティーの被害に遭わないような。そんなクランを作るために。
学生×配信者×経営者と3足の
こうして私は大学2年生のときにプロクラン『プロステリータス』を立ち上げた。
クランメンバーに独自の情報網から入手した最新の治安情報や真樹制作のハイテク武器を提供したりと、PK対策に重きを置いた体制で今までPKクランからの被害はゼロに押さえられていた。
しかしつい先程の配信、私は目の前でPKパーティーが姿を現した。
十数年前と違い画面越しで彼らの姿を捉えたが、まだ幼少期のトラウマは乗り越えられていなかったらしい。動悸に耐えながらダンジョンに常駐している対策部隊に通報をし、私はただ見ているだけしかできなかった。
あれこれ対策を講じていたものの、事が起きてしまえば画面越しにいる私にできることは通報だけ。スキルがなく、戦闘にも向いていない私は、あまりにも無力だった。
その時は来栖くんがパーティーの一人を捕獲、他のメンバーがもう一人の探索者を警戒していたおかげでこちらの被害はゼロのまま乗り切ることができた。
配信を終わらせると私はすぐに探索しているダンジョンの半径1km内全ての監視カメラの映像をハッキングで入手し、徹底的に洗い出そうとした。思った以上に根を詰めていたらしく、夕方に配信が終わったはずなのに、いつの間にか午後9時まで映像を検証していたらしい。何か事情を知っているということで聴取を受けていた来栖くんが、情報を共有するために声をかけられてやっと時が過ぎていることに気がついた。
彼からは無理をしないようにしつこいくらい言われたためきつく当たってしまったのはすまないと思っている。
ただ、ここで諦めるわけにはいかない。多少語気を強めて来栖くんを退室させ、また映像の検証に移った。
朝日が昇り始めた頃、机に置き為ていたエナドリが無くなったので冷蔵庫から取り出そうと立ち上がる。
「あれ…」
腰を上げた瞬間、立ちくらみが私を襲い、平衡感覚を失った私は床に倒れ込む。
「……」
もともとカフェインで疲労と眠気を誤魔化してきた体だ。硬い床といえど、一度体を横にしてしまったら最後、気を失うように私は眠りについてしまった。
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夢を見た。
『…おとうさん?おかあさん?』
父と母が水晶が散りばめられた洞窟で探索をしているのを、私が後ろから見ている夢。
二人は楽しそうに手に入れた水晶を見て笑みを浮かべていた。
『きれい…』
キラキラと光る水晶は、あの日私のために使う予定だったものだろうか。
『ふふっ…』
肩を寄せ合い始めた二人を見て、そういえば二人はバカップルだったなと思い出し吹き出してしまう。
そして瞬きをした次の瞬間、両親は血にまみれて倒れていた。
『え…』
両親の傍には、黒く塗りつぶされた影が佇んでいる。
『い、いや…やめて…』
体から力が抜け、その場にへたり込む。
『おとうさん…おかあさん…』
二人のことを呼び、頭を抱えながら震えることしかできない。
『何してるの?綾音ちゃん』
『…え?』
急に声をかけられ、ぱっと顔を上げる。
そこに両親の遺体はなく、5人のパーティーメンバーが立っていた。
『大丈夫?紫倉社長。体調悪い?』
『えー、さすがのアタシも体調不良を治す機械は持ってないかな…』
『あ、じゃあ私が治癒魔法かけましょうか?低級のやつなら取ってますけど…』
『社長?体調割なら無理しないでくださいね』
あれ……私は…
ああそうだ、皆とダンジョンの探索に来ていたんだった。
『すまない皆。少し立ちくらみが』
『デスクワークのし過ぎですか?』
『来栖くん。舐めた口を利くと君の報酬が減ってしまうかも知れないが、それでもいいのかい?』
『わかりやすい職権乱用!?冗談ですけど、無理しないでくださいよ』
『ああ、自分のことは自分が一番わかってるから大丈夫だ』
6人でタンジョンの奥に進む。
その時、私の探知魔法に数人の反応があった。
『皆!気をつけろ!居るぞ…』
私の声で全員が臨戦態勢に入る。
『――さっすがさすが。こっちも結構ハイドスキル積んでるんだけど、プロクランの第1パーティーはレベルが違うね』
どこからか声が。そしていつの間にか前方に黒の頭巾の人影が立っていた。
『えーっと……リーダーの紫倉綾音…あの娘か』
『っ?!』
さっきにまみれた視線が私に向けられ、思わず体がすくむ。
両親が殺されたことを思い出す。
『不運な子だ。両親がPKに殺され、自分も殺されるなんて』
『……社長、下がっていてください。俺がやります』
刀に手をかけ、来栖くんが前に出る。その目には
『どこの誰か知らないが、ウチの社長は殺させない』
『……そうか、大した自信だな。元日本一』
『…来栖くん』
恐怖で私の声が震える。
『…大丈夫です、社長』
そう言って彼は私の頭に手を伸ばす。
少々乱暴に撫でられる感触は、在りし日に父に同じことをされたことを思い出した。
「ふふ……」
いつの間にか周囲の情景は消え去り、頭から感じるぬくもりだけが真っ白い景色の中で残っていた。
――そして、意識が浮上する。
「……んん?」
あれ、なんで目の前に来栖くんが?というか、私は何を…?
「来栖、くん?」
「あ、起きましたか社長。そしたら手を離してもらってもいいですか?」
「手?…あ、あぁ、すまない」
いつの間に彼の腕を両手で抱き寄せていた。掴んだ先が少し赤くなっているのを見ると、結構な力で長い時間そうしていたらしい。慌てて手を離す。
「昨日何があったか、思い出せますか?」
彼に言われて少しずつ昨日の記憶を掘り返す。
「たしか…エナドリを取ろうとして立ち上がったら倒れて…」
「ずっと座ってたからですね。起きれますか?」
「う、うん」
彼に背中を支えてもらい体を起こす。
「今、何時だ?」
「午後1時です。結構な時間寝てましたね」
確か午前5時くらいまで座ってたはず……
「君はいつからここに?」
「午前8時くらいです。昨日のことで少し話がしたくて」
だとすると5時間も彼はこのまま…?
「す、すまない! うぐっ…くらくらする…」
急に大声を出してしまい、くらっと頭が揺れる。
「無理しないでください」
慌てて来栖くんがバランスを崩した私を支える。
「い、いや、もう大丈夫だ…」
それより、昨日の非礼を詫びなければ。
「昨日は不躾な態度を取ってしまって、すまない」
「…気にしないでください。あれは俺にも原因があります」
私が謝れば、彼はそう言って私をかばってくれる。
「あの後、あなたの生い立ちについて調べました。人一倍PKパーティーに執着する理由も、理解できます」
そう言って彼は頭を下げた。
「俺が貴女だったら、きっと同じように寝る間を惜しんで調べ尽くします。人の気も知らないであのようなことを言ってしまって、こちらこそ本当にすみませんでした」
「…来栖くん、頭を上げてくれ」
勝手に激昂して、こちらが拒絶したのに部下に頭を下げられては上司の示しがつかない。
「…次からは、もう少し気をつけるよ」
「はい、そうしてくれるとありがたいです」
「……ちなみに、この事を悠音には…?」
「言ってませんよ。報告しようかと考えましたが、こってり絞られそうだったので」
「ありがとうっ…!」
怒った悠音は誰にも手が着けられないほど恐いからな。
「そういえば、昨日のことで話がしたいって…あの謝罪をしにわざわざ?」
「いえ…社長。今から外行けますか?」
「外?ああ、少し着替えの時間を貰えれば…」
何だというのだろう。
「何か用事があるのかい?」
「さっき俺は『俺が貴女だったら、きっと同じように寝る間を惜しんで調べ尽くします』って言いました。だから、少しこの犯人探しのお手伝いをさせてください」
そう言って彼は微笑んだ。
「さあ、顔を上げて。捜査開始と行きましょう。準備ができたら呼んでください」
彼はそう言い残し部屋を出ていった。
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長時間座ったあとに急に立ち上がると最悪命に関わるので定期的に席を立ってストレッチをしましょう。オジサンとの約束だぞ!
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