社長を連れて
「着替えたぞ来栖くん。入ってくれ」
社長に呼ばれて部屋に入ると、新しい服に着替えた紫倉社長がコーヒーを淹れていた。
「社長、カフェイン摂りまくったんですから今日はもう控えたほうがいいです」
「む、そうか……飲むか?」
俺がそう言うと、社長は視線を迷わせた後にコーヒーの入ったカップを差し出してきた。
「もったいないので頂きます」
一口含むと、家で飲むインスタントのコーヒーと比べ物にならない香りが鼻を抜けていった。
「…これ、いくらの豆使ってるんですか…?」
「ん?たしか一袋数万くらいだったかな」
「……大切に飲も…」
ちびちびと飲んでいると、それがおかしかったのか社長がプッと吹き出した。
「…ふふ、あはは、そんなに美味しいかい?」
「めちゃウマです。俺も買おうかな」
「…ここに来たら、いつでも淹れてあげるさ」
「ホントですか?週1で凸りますよ」
「ああ、そのときは予定を空けておこう。私も飲みたいからな」
コーヒーを飲み終え、コップを机に置く。
「ごちそうさまでした。じゃあ行きましょうか」
「あ、どこに行くかだけ聞かせてもらってもいいかい?一応連絡をしておかないと」
「ああ、警視庁です」
「……は?」
俺の返答に、紫倉社長は素っ頓狂な声を上げた。
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「な、なあ、本当に大丈夫なのか?」
いつもの堂々とした振る舞いは鳴りを潜め、ビクビクと怯えながら俺の後ろをついてくるのはプロクランの社長兼第1パーティー『黄昏の明星』のオペレーター、紫倉綾音である。
そして俺達が歩いているのは警視庁本部庁舎。所在地から「桜田門」と呼ばれることもある日本治安維持の心臓だ。
「紫倉社長はいつもみたいに堂々としててください。子供みたいですよ」
「い、いやしかしだね?私の周りで警察に手錠かけられる経営者が何人かいたんだよ。経営者からしたら死刑を宣告する裁判長なんだよ彼らは」
「死刑を宣告するのは経営者でも殺人犯でも裁判長では?」
「と、とにかく!経営者は警察署に行くとアレルギー反応を起こすんだ…!」
ガタガタと震えて俺の背中に隠れながら歩く社長。
アレルギー反応は誇張表現だろうが、まあ怖い存在なのは間違いないな。
「着きました。ここです」
俺はある一室で足を止める。そしてそのまま扉を開けた。
「敬礼!」
「「「お疲れ様です!!」」」
「はい、敬礼やめ。あのさ、そういうのやめてって昔言いましたよね?」
部屋に入った途端、中に居た8人が立ち上がり敬礼を行った。
「本日は協力していただき感謝する、指導官殿」
そして最後に一番手前にいた警察の制服を着た男性が握手を求めてきた。
「指導官殿はやめてください。俺はもうただの探索者です」
「ははっ、そうでしたな」
「く、来栖くん?この人たちは?」
和やかな空気が流れる中、一人だけ状況を飲み込めていない社長が声を絞り出した。
「あー、えっと、何から説明すればいいですかね」
「では、私の自己紹介からさせていただきます」
そう言って俺の目の前に居た男性は警察手帳を取り出し、社長に見せながら自分の名前を明かす。
「警視庁刑事局、組織犯罪対策部ダンジョン犯罪対策課課長、
「あ、あ、えっと、プロクラン『プロステリータス』社長の紫倉綾音です」
社長も慌てて名刺を差し出す。
「ご丁寧にどうも。指導官殿……いえ、来栖殿から私達のことを伺ってはいないのですね?」
「は、はい。私としては何がなんだか…」
「…だそうですよ?来栖君」
「そんな非難するような目で俺を見ないでくださいよ小泉さん……えっとですね社長」
俺は大まかに事情を説明する。
「1年ほど前に、国と探索者協会が共同で制圧部隊と警察の犯罪対策課が有事の際の対応力を高めるために対人戦の合宿をした事は知ってますか?」
「ああ、本職の探索者を指導官にして――…まさか」
物分りの良い社長はそこで状況を察した。
「…なるほど、君がこの場にいる人達の指導官をやっていたのか…」
「正確には小泉さんは俺の雇用主みたいな扱いですが。そうですね」
俺の教え子たちは今全員どこかのダンジョンで制圧部隊の部隊長をやっているらしい。
「…あ、君は確か昨日のダンジョンの制圧部隊にいた――」
「はい!来栖指導官にしごかれました!」
「ははは、そうか」
社長は始めよりもリラックスした様子で会話を楽しんでいた。
「そうか、事情はわかった。それで…まあなんとなく察しはついている。まさか警察が動くとは」
「ええ、どうやら、今回の件は単純じゃないみたいなので。来栖君と紫倉さんもお座りになってください」
小泉さんが襟を直し、俺達に資料を配り始めた。
「昨日、プロクラン『プロステリータス』の第1パーティー、黄昏の明星が新勢力と思われるPKパーティーに襲撃された件について、情報を共有していこうと思う。まず新勢力のPKクランというのは――」
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