はぐれ星 その3《Side:猫水水面》

「兄ちゃん。前の方にレッサーオークが3体。どうする?」


大鷹さんがまた足音もなく戻ってきて報告してきた。


「レッサーオークって…初心者用ダンジョンのフロアボスがここでは通常湧きなんですね…」


「当たりの部屋はこの先の一本道だよね? 突破しよう。猫水嬢は先制攻撃で魔法撃った後援護お願い」


「は、はいっ!」


先輩の指示に従い、いつでも魔法を発動できるように準備しておく。


「行くよオッサン」


「まだまだガキに遅れは取らねぇぜ!」


先輩と大鷹さんが駆け出すのを合図に、私も魔法を発動させた。


大炎球連射マルチフレイムショット!」


2つの魔法陣を展開し、そこから各10個ずつサイズの大きな火球が発射される。


八重忍殺術やえにんさつじゅつ葵花弁あおいはなびら


火球の影にピッタリと張り付き、着弾した瞬間に大鷹さんの短刀が正確にレッサーオーガの首を裂く。


「刀出してっと。抜刀神楽ばっとうかぐら一式いっしき天円一穿てんえんいっせん!」


一拍遅れて先輩が刀を突き出す。その瞬間一匹のレッサーオーガの腹部の大穴が穿たれた。


比較的高い再生能力を持つレッサーオーガも、この穴を塞げるほど強くはない。


「すご…」


「水面ちゃん!あと1匹!」


「っ、はい!」


感嘆の声を漏らしたのもつかの間。まだ敵はあと1匹残っている。


「すう、はあ…火炎の斬撃フレイムエッジ!」


中級魔法でも高火力の火属性魔法を発動する。3mほどの高さの炎の斬撃が最後の一匹に叩きつけられ、縦に両断した。


「はぁ…はぁ…や、やった…!」


自分の攻撃で初心者用ダンジョンとは言えフロアボスを務める魔物を倒したのは初めてだ。達成感と興奮が胸を満たす。


「ナイス猫水嬢。なんだ、十分できるじゃん」


「ああ、やっぱり水面ちゃんはやればできる子だぜ!」


視線の先では先輩が感心したように微笑み、大鷹さんは満面の笑みでガッツポーズを取る。


「あ、ありがとうございます…あんな敵を倒したの、初めてなので…とっても嬉しいですっ!」


「よし、連携は十分みたいだね。オッサンも歳の割に動けんじゃん?」


「ガキには遅れは取らねぇって言ったろ? まだまだ現役だぜ」


「お二人共、とっても強いんですね…! 先輩なんか、この前まで初心者ダンジョンにいたとは思えませんよ」


「リハビリで入ってた感じだからね。戦闘面は鈍ってないよ」


「にしてもあの剣さばき…どっかで見たことあんだよな」


「さて、早く進もう。このダンジョンが何層構造なのか知らないけど、まだ遅れは取り返せるはず」


「ん、おう」


「はい!」


先輩の号令で直進を再開する。目当ての部屋には、確かに下層へ続く階段があった。


「よし、第2層、攻略開始だ」


階段を下っていくと、すぐに広い部屋に出る。


「ここは出待ちしてるやつがいねぇな」


「ここで待ち伏せしてもあんまり意味ないしね。猫水嬢」


「はい! 広範囲地形探索ワイドレンジマッピング!」


半径100mの地形情報が頭に浮かび上がる。


「近くに当たりの部屋はなさそうです。どうしますか?」


「…オッサン。こういう時どうする?」


「んー待ってろ。形跡探知トラッキング


大鷹さんが魔法を発動させて周辺を見回す。


そして、一つの道を指差した。


「あそこの道。一番足跡が多く足跡がある。多分あっちの方向だ」


「…盗賊シーフ系の魔法って便利だな」


「人の形跡しかわからんがな。魔物の痕跡とかは獣使いビーストテイマーとかじゃないとわかんねぇし」


「とりあえず行こうか」


3人で第2層を進んでいく。途中何度か魔物との戦闘に遭ったが、危なげなく切り抜けて第3層に続く階段を見つける。


「この層は順調でしたね」


「ああ、他のペアもスイスイ進んで行ったんだろうな」


「多分ね、猫水嬢のパーティーと、ハーレム野郎の……王子のパーティーが協力して攻略してるっぽいんだよな」


「成る程、あのハーレム野郎も一枚噛んでんのか」


「絶許」


「同意」


「突然二字熟語で会話しないでください…!」


「悪い水面ちゃん。思わずな」


「おふざけはこのくらいにして、よし、第三層、行くぞ――」


『ピンポンパンポーン』


先輩が号令をかけようとした瞬間、上から軽やかなアナウンスを告げるチャイムが鳴った。


『ただいま、最初の1次試験通過ペアが現れました。現在20番目まで埋まってます。1位は白銀しろがね王子・金田一きんだいち姫子ひめこペア。2位が司馬しば翼・雨野あめのさちペア。3位が馬場正義まさよし・相馬勇次ゆうじペアです。繰り返します――』


「…兄ちゃんの予想、当たってるみたいだな。しかもここから先着100ペアか」


「多分間に合わないね」


「ど、どうします!?」


焦る私を尻目に、経験豊富な二人が思案を巡らせる。


「猫水嬢。最大出力でのマッピング、できる?」


「はあ? 急に何言ってんだ? めっちゃ魔力使うぞそれ」


「いや、猫水嬢の魔力量ならできるよ」


「なんで分かるんだよ」


「彼女の魔力量は日本でもトップクラスの大容量だ。肌で分かるくらいに漏れ出る魔力が濃い。あとは魔法の構築がすごく丁寧で綺麗なのに上級魔法が扱えないって言ってたから多分魔力が多すぎて出力の調整が出来ていないんだと思ってる」


「そ、そうなのか水面ちゃん」


「は、はい。中級くらいの魔法なら調節出来るんですけど、上級になると魔力を絞れなくて…」


魔法の発動に込める魔力は、多すぎても少なすぎてもいけない。上級になるとその範囲が狭くなり、私は習得ができないのだ。


「で、でもマッピングなら行けます! むしろそれでも全然消費しませんし!」


「まじかよ……水面ちゃんにそんな力があったなんて…」


大鷹さんが目を丸くしている。


「マップは大雑把でいい。ダンジョンコアの場所がわかるくらいの出力でお願い。多分この1個下が最下層だから」


「分かりました…!」


両手を地面に突いて魔法を発動する。


過剰範囲地形探索オーバーサイズマッピング!!」


半径300m、上層下層の情報まで頭に入ってくる。下層にある、一際大きな魔力の塊の位置も。


「ここから前方200m先! そこの真下がダンジョンコアです!」


「よし、行くよ!」


3人で駆け出す。


『ピンポンパンポーン』


「今度は何だ!?」


『今現在65組のペアがゴールしています。残りは35組です』


「急ぐよ」


そして魔法が示したコアの真上に当たる位置に到着する。


「よし、じゃあ猫水嬢。もう一仕事いい?」


「はい!」


「この魔法、地面に向けて最大出力で放って」


そう言って先輩が懐から取り出した紙片に魔法式を書き出す。


「え、これって…!」


「早く早く!」


「む、無理ですよこれ!」


「出来る! そうなるように調節した! 出来るよ!」


先輩の銀色の瞳が私を照らす。


「し、失敗しても知りませんよ!?」


「失敗なんてしないさ。オッサン! 跳んで!」


「分かった!」


先輩が私を抱え、天井ギリギリまでジャンプする。


「い、行きます!」


私は言われたとおりに地面に向かってその魔法を放つ。


「特級魔法・爆焔葬槍グングニル!!!」


規格外の爆発力を内包した火炎の槍が地面を穿つ。


その威力は上位魔法を連発しても壊れないはずのダンジョンの床を陥没させ、下層へ大穴を空けた。


「ダンジョンコアに触れればクリアだ! オッサン! しくじんなよ!」


「あったりまえだ! 水面ちゃんが作った突破口! 絶対物にしてやる!」


重力に引かれ、落下を開始する。


私を抱えた先輩は、冷静に、ダンジョンコアの姿を認めると、手を伸ばす。


巨大な青色の球体が、このダンジョンを管理しているダンジョンコアだ。


「よし、触れた!」


『着順89番、来栖凛凪・猫水水面ペアは1次試験を突破しました。おめでとうございます』


無機質なアナウンスが頭の中に響く。


と同時にドサッと地面に落ちた。


「ぐえっ」


「わわ、大丈夫ですか!?」


私を衝撃から庇った先輩がうめき声をあげた。


「いてて、なんとか、合格できたな……オッサンは?」


「大鷹さんは…」


先輩の言葉にあたりを見回すと、大の字に寝転がって両腕を突き上げている大鷹さんの姿があった。


「合格したみたいですよ」


「そっか…よかった」


そう言って先輩もムクリと体を起こす。


「ありがとう猫水嬢。正直君がいないと無理だったよ」


「は、はい! どういたしまして…?」


こうしてわたしたちはギリギリで1次試験に合格することが出来た。


でも……


「ダンジョンの上層から降ってくるのはびっくりしたけど、アンタも合格したのね」


「あっ…翼ちゃん」


「ペアも作れず落ちちゃうと思ったのに。隣のおにーさんにおんぶにだっこ?」


「い、いや、そういうわけじゃ」


私の話を聞かずに翼ちゃんが先輩に言い寄っていく。


「おにーさん強いんだね〜、よかったらウチのパーティーに来ない? 丁度使えない駄猫が抜けるからさ〜」


猫撫で声でそう言うと、先輩も笑みを浮かべる。


「全国ベスト8の強豪パーティーにスカウトされるのはありがたいね」


「そうでしょ? だからさ――」




「でもね、俺はお前みたいなクソガキとパーティーを組むのは死んでも嫌なんだ。動物園の猿とでもパーティーを組むといい」


満面の笑みを湛え、先輩はとんでもないことを言い放ったのだった。

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