初配信開始

『よし、配信つけるぞ。準備はいいか?』


週末の土曜日、難易度Ⅳのダンジョンの第1層で、記念すべき初配信が始まった。


「あー、緊張する、胃が痛い〜」


「だ、大丈夫ですか先輩、胃薬とか飲んでおいたほうが…」


「もう飲んだよ……5錠くらい」


「吐いてくださいっ! 飲みすぎは毒ですよ!?」


「もう無理、結構前に飲んだから」


猫水嬢が背中をさする。もう出てこないって。


「二人共、カメラに映ってるからもう少し離れてー」


東雲さんがそう言って画角を調節する。


「……よし、これでいいかな。しゃちょー、配信画面は大丈夫?」


『ああ、始めようか』


まず配信で始まるのは紫倉社長のオープニングトーク。


『あ、あー、聞こえているね。よし、「黄昏の明星」観測者オペレーターの紫倉綾音だ。毎週土曜の「黄昏通信」を始めていくぞ』


配信用ドローンが、ホログラムで現在流れているコメント欄を映し出した。


[待ってた!]

[新メンバーのお披露目だそうで]

[水面ちゃああああああ!!!]


『皆も知っての通り、今日は新メンバーのお披露目がてら、真樹が欲しがっている魔物の素材を集めていく。――そういえば、よく私はネットの掲示板に顔を出しているんだが、新メンバーの来栖くんに関する憶測が飛んでいるようだね。』


そう言うと、短く紫倉社長がため息をつく。


『やれ、彼のスキルについてだったり、やれ、名前が女っぽいから実は女性なのではないか、使う武器は何なのか、夕華と付き合っているのか』


「え、そんな事言われてたの…!?」


「天地がひっくり返ってもありえない」


「ねえ、流石にひどくない?」


『今本人が現地で否定していたが、そう言った関係では無いようだ。そして、彼の実力だが……数日前の顔合わせのときには、十分すぎる力を見せてくれたよ。彼のスキルについても、この配信で使うと思うし、楽しみにしててくれ』


[情報班準備できてまっせ]

[ほう? 楽しみだ]

[水面ちゃああああああ]


『ということでオープニングトークはこのあたりにしておこう。では画面切り替えまーす』


プロステリータス第1パーティー『黄昏の明星』の配信は3視点で送られる。


2つの配信用ドローンからの映像と、紫倉社長が主に使うオペレーター用ドローンの3つの視点を、紫倉社長が切り替えている。


今、その内の1つが中継中を示す青いランプを点灯させ、ダンジョン内の様子を映し出した。


「ほいほい、皆さん御機嫌いかが? エンジニア担当の東雲真樹だよ〜」


「こんにちは、朝霞悠音です」


「皆、元気〜? 閃道夕華だよ!」


[おっきた]

[水面ちゃああああああ]

[新人の顔を見せてくれ! はよはよ!]


「コメント欄も新人二人への興味で埋め尽くされてるね。じゃあ早速だけど二人共来てもらおうか!」


東雲さんに手招きされて俺と猫水嬢が画面に映る。


「み、皆さんお元気ですか? 猫水水面です」


「初めまして皆さんこんにちは。来栖凛凪です」


[水面ちゃああああああ!!!!!!!!]

[うわああああああああああああイケメンだああああああああああ]

[いやああああああああああ]


「紫倉社長、コメ欄荒れ気味ですけど大丈夫ですか?」


『いや、アンチコメの類はないよ。安心してくれ』


「あ、あの、なんで皆さんこんなふうになってるんでしょうか?」


「さあ? ネットには疎いからわからない」


[顔面偏差値が高すぎるんだよ…!]

[イケメンはいる…! 悔しいが…!]

[イケメンと美女だ…!]


「イケメンですって。良かったですね先輩!」


「こういうのってだいたいお世辞なんでしょ? まあ嬉しいけど」


[距離感近くね?]

[距離が絶妙だよな]

[水面ちゃがグイグイ行くの初めて見た]


「というわけで凛凪と水面ちゃんが新メンバーとして加入しました〜拍手!」


[888888888]

[88888888]

[888888888888]

[水面ちゃああああああ]


「いえ〜い!」


「二人共ちゃんと自己紹介できたわね」


「まあ、夕華ほどテンパる方が無理だと思うんで」


「そうですね…夕華さんはあがり症なんですか?」


「そ、そんなことないよ!あれはさぁ、長年の夢がかなった瞬間だったからそれもあったんだよ」


「緊張で右手と右足同時に前に出して歩く人初めて見た」


「そのネタでイジるのはやめて! 禁止!」


夕華が俺の口を手で押さえる。


「ほら、さっさと攻略いこう!」


[裏山]

[夕華ちゃんに口押さえてもらえるって前世でどんな徳積んできたんだ]

[水面ちゃああああああ]


夕華が無理やり進行し始めたが、元々の予定から外れてはいないので歩きながら会話が進む。


「猫水嬢は配信のときの立ち回りで意識してることとか無いの?」


「え? そうですね…ドローンとかも設定で戦闘が見やすい画角に調整してくれますし、特に気にすることないと思います」


「そっか」


「来栖くんは今日は刀を持ってきてるのね」


隣から朝霞さんがそう言って俺の腰に吊った刀を見た。


「ええ、ネットの掲示板だと俺が刀使うって情報が出回ってたので」


[ワイらに合わせてくれたんか!?]

[りんちゃんの〜、かっこいいとこ見てみたい〜!!]

[今日はって頃は普段は違う武器使ってるの?]


「いや、特に決まった武器を使うわけじゃないよ。槍も弓もヌンチャクも斧もナイフも拳も、一通りは扱えるかな。魔法は探知魔法とかしかスキル取ってないけど」


[狂気の沙汰]

[器用貧乏なんじゃねーの?]

[広く浅くしか使えなさそう]


「『スキルメーカー』取ったらオリジナルのスキル作れるからそれで手数はカバーしてるかな。獲得に死ぬほど時間かかるけど」


[有識者、解説]

[『スキルメーカー』最上位共通スキルの一種で獲得に必要なスキルポイントは300。スキルポイントは魔物を倒してるとレベルが上がってって1レベ上がると3〜5ポイントランダムで貰えるぞ]

[まじか。めっちゃ頑張ったってこと?]


「あ、言っとくけどファームとかキルパクはしてないからね? 夕華といっしょに何時間もダンジョン潜ったり稼いだお金でポイントボックス買ってコツコツ貯めたから!」


一応国の法律が届かないダンジョンといえど、その代わり日本探索者協会が定めるルールがある。


ダンジョンの中でも、確定でモンスターが定期的に湧くエリアがある。そこに貼り付いて他の探索者から魔物を独占するファーム行為や、魔物の討伐判定がラストアタックとどめの一撃に依存する仕組みを利用した他の探索者に相手を弱らせてから自分が横槍を入れてとどめを刺すキルパク行為などが最たる例としてあげられる。


他にも、正当な理由なく相手を故意に攻撃するFFフレンドリーファイアや大量の魔物を引きつけて他の探索者になすりつけるMPK《モンスタープレイヤーキル》などがあるので、違反しないように気をつけよう。


[血反吐吐くような努力しててえらい]

[夕華ちゃんもえらい]

[夕華ちゃんはえろい]


「東雲さんが欲しがってるのってクリスタルゴーレムの結晶で良いんですか?」


「うん! 最近切らし気味でさ、依頼出してるんだけど、なかなか集まらなくて」


クリスタルゴーレムの結晶は頑丈な上に電気伝導性が高いので機械武器テックウェポンを作る上で欠かせない素材となっている。


まあ討伐難易度の低いクリスタルリザードとかの結晶でも作れるのだが、質が低くなってしまうのでこだわっているのだろう。


「あ、ちなみに皆もう気づいてるかも知れないけど、今いるのは攻略難易度Ⅳの『結晶の迷宮』だよ!」


先導する夕華が俺たちが今潜っているダンジョン名を伝える。


[壁の結晶とかは使えないの?]

[映えスポットとしても人気だよね]

[水面ちゃああああああ]


「これもダンジョンの不思議なんだけど、ダンジョンの外壁とかは壊れたらすぐに修復されちゃうし、壁の破片も消えてなくなっちゃうの。だからわざわざ魔物から採る必要があるんだよね」


「その魔物も一定時間立つと霧散しちゃうから、新人の探索者の皆さんは気をつけてくださいね?」


夕華の説明を引き継いで朝霞さんがそう締めくくった。


にしても完璧なスマイルだ。慈愛と期待と優美さをうまい具合にブレンドしている。


『諸君、前方から魔物の反応だ。気を引き締めていこう』


その時、紫倉社長から通信が入った。


[初戦闘来ちゃ!]

[期待してる]

[頑張れー]



後衛で猫水嬢といっしょにいた俺は、すぐに夕華のいる前衛まで移動する。


「早速クリスタルゴーレムかな?」


「だといいね……いや、配信的にはすぐに終わっちゃうと駄目なのか?」


そこのところはよくわからないな。


『配信映えの方は気にしないでいい。私がドローン操作でなんとかする』


社長もこう言っているし、プロに任せて俺はいつも通りやろう。


「じゃ、足引っ張らないでよ」


「引っ張るかよ。お前の推薦受けてるんだから情けない所見せられないだろ視聴者に」

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