経営者の1日
警察に出向いた翌日の月曜日。あの後遅くまで捜査の打ち合わせがあったため欠伸を噛み殺しながら私は仕事をしていた。
「……綾音ちゃん?少しお時間いいかしら?」
凄みのある笑みを浮かべながら部屋に入ってきたのは、私の側近としてこのクランで働きながら探索パーティーとしても一緒に活動している朝霞悠音。
「…ゆ、悠音か。お茶でも一杯どうだ?」
頬の引き攣りをなんとか押さえながら笑みを浮かべる。
「結構よ。ところで、先日の件で話があるのだけど?」
う、そうだよなぁ…絞られるよなぁ…
悠音には恩がある。学生時代から経営と探索者活動の両立を支えてくれたのは悠音だ。経営者の講演があり大学を休んだときはいつも悠音がノートを取ってくれていた。
しかし、彼女の唯一の欠点――過保護が厄介だった。
基本的に悠音は私が怪我をしたりすることを避けようとする。
家庭科の調理実習では包丁やピーラーを使う工程は私の分まで全て悠音がやってくれたし、運動神経が壊滅的に悪かったため怪我をすることが多かった体育は勝手に欠席扱いになっていた。
正直後者は迷惑だったのだが…なんとか話し合って参加し単位を取ることができた。
「…綾音ちゃん、警察に行ったそうね。PKクラン摘発のために」
「うん」
「何も言わずに勝手に行って……心配したのよ?」
「ごめん」
「いい?本職の人の邪魔をしちゃダメよ?上の人の言うことをちゃんと聞くように」
あ、あれ?てっきり勝手に動いたことを怒られるのかと…
「ゆ、悠音?警察庁に行ったことは怒らないのか?」
私はそう恐る恐る聞いてみる。
「綾音ちゃんがPKクランに対してどんな感情を持っているかは知っているもの。ハッキングで居場所を割り出して乗り込みにいかなかっただけ偉いわ」
「悠音の中の私のイメージはどうなってるんだ…?」
流石にスキルも持ってないし運動神経も悪いのにそんなことはしないぞ…
「まあ、えっと、なんだ。私のやりたいことを理解してくれてとても助かる」
「いつもだったら許さないわよ?でも今回は来栖君が同行してくれるっていうから…」
「え?」
「あら、違うの?さっき下で会ったときに綾音ちゃんが警察に行ったことを伝えられて『捜査協力で移動する際は俺が護衛として一緒に行動するので心配しないでください』って言われたわよ?彼に迷惑かけないようにね」
「う、うん」
彼が護衛についてくれるのは初めて聞いたが、乗っておいたほうがいいと判断して直ぐに頷いた。
「あと、作業内容は共有するように。それだけよ、じゃあね」
「ああ」
悠音が部屋を出てしばらくすると、携帯に着信が入った。未登録着信のため多少警戒しながら電話に出る。
「はい、紫倉です」
『あ、社長?この電話番号で合ってたんだ。来栖凛凪です。さっき朝霞さんが向かったと思うんですけど』
「ああ、怒られると思ってドキドキした」
『ははは、でしょうね』
「でも怒られなかった。捜査に出向くときは君が護衛として就くからと聞いたんだが」
『余計でしたか?始めは社長一人で頑張ってもらおうと思ったんですけど、偶々会ったので』
「いや、ありがとう。おかげで助かった。君、大学の方は大丈夫なのか?」
『一応単位は取ってるので休んでも問題ないです。お供しますよ』
「そっか、本当にありがとう」
『あ、ちょっと質問なんですけど開発棟って入るのに許可とかいりますか?猫水嬢の魔力抑制装置と、あと東雲さんに作ってほしい武器があって話したいんです』
「ああ、それなら受付に行けば案内してくれるぞ」
『ありがとうございます。じゃあ予定が決まったら共有してください。予定開けるので』
「ああ、じゃあな」
かかってきた電話番号に「来栖君」と登録して携帯をしまう。
「ふう…」
先日は彼の伝手で警察の捜査に関わることができて、今度は彼の一言のお陰で悠音から叱られずに済んで。彼にはお世話になってばかりだ。給料には色を付けておこう。
「一応真樹に連絡を取っておくか」
この時間なら開発棟に籠もりきりのはずだ。30コールで出ればいい方か。
数十秒ほど携帯を鳴らしていると、やっと相手から返答があった。
『ごめん社長!熱中してて全然気づかなかった!』
「いや、構わないよ」
『何か用?』
「来栖君と猫水君が今度そっちに向かうらしい。話は聞いてるかな?」
『うん!アタシの方から誘ったしね』
「時間があれば私も見に行こうと思うんだが、どこでやるかとか決めてるかい?」
『うーん、その日の空いてる実験室かな。連絡するよ!』
「わかった」
『じゃあねー』
そう言って通話を終えた。
「ふう……」
今日はもう外に行く用事はなかったはずだ…。取り急ぎ終わらせる必要のある仕事もない。
私はパソコンから小泉課長に共有されたPKパーティーによる被害の一覧表を表示する。
新勢力としているが過去に活動していた形跡があるかも知れないということで、全ての被害報告から似たようなものを割り出す事になったのだ。
「……絶対捕まえてやる」
胸に宿った熱をそのままに、私は手を揮った。
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