突然の勧誘
当然の勧誘と思える言葉に、俺はしばらく思考を停止した。
「……ん? 探索者?」
「うん! 今私達のパーティーでメンバーを一人募集しててさ」
長い紫の髪のポニーテールを揺らしながら、彼女は返事を待っている。
「あ、ああそれは知ってるよ。えーっと、とりあえず、久しぶり」
「え、ああ、久しぶり…?」
「うん。プレップ法じみた単刀直入で単純明快な提案をするところは変わらないね」
「うん! それで、私達のクランに入ってほしいんだけど!」
「お断りします」
「うん! 承諾してくれて私もうれし――え?」
「だから。お断りします」
聞き返す彼女にもう一度拒絶の意思を伝える。
「え? な、なんで!? 絶対大学生活に飽きたと思って声かけに来たのに!」
「ワンチャン去年だったら承諾したかもね。でもね、俺はもう大学3年生。就活が始まるんだよ。探索者をやるほど暇じゃないの」
「そ、そんな…皆には『日本で一番強い人連れてくる』って言ったのに…!」
「確実性もないのにそんな大言壮語を言うなよ…」
「な、なんでよ。卒業のときも言ったけど、君は絶対探索者になるべきだよ。せっかく高校で3年間頑張ってきたのにさ」
「その3年間も2年のブランクでもう無いようなものだよ。ほとんどダンジョン探索も行ってない。今戻っても足手まといになるだけだ」
「……じゃあ、質問」
夕華の雰囲気がピリッと変わる。
「――っ!」
その瞬間、俺は頭を砕こうと迫る槍に反応し、咄嗟に回避行動をとった。
「…急に何すんだ」
「今の突きは、私が卒業してから磨きに磨き抜いた最速の突き。高校時代とは比べ物にならない位速度は上がってる」
「そうだね。肌で体感して分かるよ」
無駄なく魔力によって強化された身体能力によって放たれた突きだった。
「君は…凛凪は確かにダンジョン探索に行ってないから探索のスキルは落ちてるかもしれない。でも戦闘面は別だよね? 私と同じ。いや、それ以上に強くなってる」
「……」
「お願い。私達のクランに入って」
そんなに真っ直ぐな目で見つめるなよ。断りにくいだろ。
「いや、もう日本一になったし十分だよ。じゃあ俺はこれで――」
しかし俺は心を鬼にして断る。
高校の頃は日本一という夢物語みたいな目標があったから続けられた。それを達成した今、探索者にそれほど魅力を感じてはいない。
安定して収入云々、命の安全云々以前に、もうダンジョン探索に対して冷めてしまったというのが探索を止めた正直な理由だ。
俺は家に帰るために芝生から立ち上がる。
「ううん。私達が目指すのは日本初の世界王者だよ」
「は…!?」
「うわ、綺麗に腰抜かしたね」
ダンジョン探索世界王者。それはダンジョン後進国日本においてまさに夢物語と言われる目標だ。
ダンジョン先進国と呼ばれる欧米に比べ、日本は古くからダンジョンを神聖視する風潮があり、タンジョン探索が解禁されたのもここ数十年の話。
しかしながら未だに未登録の自称探索者によるダンジョン探索や、殉職率の高い探索者を非難する人も多く、法の整備や市民感情などの面で日本はまだまだ遅れを取っている。
そんな日本のプロクランが、世界王者を?
「……本気で言ってるのか? ネズミがライオンを噛み殺すようなものだぞ」
「うん。たしかに今のままじゃ絶対に届かない。だから君の力が必要なんだ。日本一の探索者の力が」
俺の中で冷え切っていた蝋燭に、火が灯るのを感じる。
常識的に考えたら絶対無理。
初期装備でRPGのラスボスに挑むようなもの。
――いいね。そういう無理難題、大好きだ。
ハードモードが好きだ、四面楚歌が好きだ、荒波に揉まれるような逆境が大好きだ。
「……夕華」
「な、なに? やっぱりだめ?」
不安そうに瞳を揺らす彼女に俺は口角が上がるのを自覚しながらこう言った。
「いつ、どこに行けばそのクランに入れる?」
「…! やっぱり君はそういうと思ったよ!」
夕華がポチポチとスマホを操作して画面を見せる。
「これ、一応入団試験みたいなのがあるんだけど、その時に私からの推薦で紹介する」
「わかった。後で送っておいて」
俺は立ち上がって帰る用意をする。
「え、もういくの?」
「ああ、準備しようと思う」
「ちょ、ちょっと待ってよ。せっかく再会したんだし、積もる話とかもあるでしょ?」
「積もる話なんて無いぜ……というのは冗談で、積もる話は俺がそこに入団した後でしよう」
「絶対入団してよ」
「探索面はともかく、夕華の言った通り戦闘面で遅れを取るつもりはないよ。それ以上に、絶対に合格してやるって思ってるから」
俺の言葉に夕華は安心したように笑った
「よかった。推薦した私の面子もかかってるから絶対に合格してね。じゃあ、積もる話はまた今度で」
「ああ、合格後に会おう」
そう言って俺は今度こそ立ち上がって歩き始める。
「そういえば」
ふと気づいたことがあって夕華の方を向く。
「君、その耳飾り付けてくれてたんだね。似合ってるよ」
それは俺が学生時代になけなしのバイト代で買った彼女への卒業祝い。稲妻と同じ黄色い宝石ということで、トパーズがあしらわれている。死ぬほど働いてやっと買った人生で一番高い買い物だ。
「ああ……うん。デザインも素敵だしね」
耳をいじりながら夕華が俯いてそう答えた。
「じゃあね」
「あ、うん。じゃあね」
なんかもじもじしている夕華を背に、俺は家に帰った。
大学の卒業単位は全て取り終えてる。明日からは全部の授業を休んで難易度の低い近場のダンジョンでできるだけ勘を取り戻そう。
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