41.崇拝に続くもの


 話題が戻り改めてゼインがフロスティーンを見れば、思った通りに目を瞬いているところだった。



 ──驚くのも当然か。俺にもさっぱりと理解出来ん話だからな。フロスティーンの今までの何がこやつの背中を押したと言う?



 フロスティーンはただ微笑んでいただけである。

 それも何を言われても何が起きても一糸乱れぬ笑顔という、一方的に人に恐怖を与える笑い方で……。


「娘が失言をした時点で、この場でお手討ちとなることも覚悟しておりました。ですのに王女様は……陛下に助けを願うこともなく、ご自身でお言葉を返されましたでしょう。それもお怒りになるのでもなく、悲しまれるのでもなく、取り乱されることもなく、事実は事実としてお認めになられておりました。わたくしは異国の地に嫁いでこられ、斯様に他国の者に囲まれまして心細い状況にありましょう王女さまの、そのご立派なお姿、お振舞いに、まずは感動いたしました。そして王女様に発言を認められ、判断を任されました陛下にも、僭越ながら、今までとは異なる世を導いてくださる御方ではないかと、身勝手な期待を胸に抱いてしまったのです」



 ──俺もだと?



 この夫人の言葉にはゼインもフロスティーンの真似をして瞬きをしたくなってくる。

 すっと横を見れば、ゼインがそう出来ぬ代わりというように、フロスティーンがゼインを見詰めて瞬きを繰り返しているのだった。



 ──俺を見てもどうにもならんぞ、フロスティーン。俺も驚いているところだからな。



「そしてわたくしが大変に心を動かされましたのは、祝いの席にありながら娘と夫が無礼なる発言を重ねましたのに、王女様は我が領地の小麦を褒めて、お礼まで伝えてくださいましたことにございます」


 ここで見られた夫人の微笑みは、心からの幸福に満ちていた。

 それは何の計略もなく、本当に嬉しかったのだと受け取れる顔である。


「王女様というお立場にあって、まもなく王妃様となられる御方からお褒めの言葉を頂戴することが、どれだけに誉れ高いことであることか。これを分かる娘に育てられなかったことには残念に想いながらも、わたくしは母である前に個人としての大いなる喜びを感じてしまったのです。そしてわたくしは、最後くらいはアウストゥール王国の貴族として、ご立派な王女様に恥じぬように振る舞いたいと願うことが出来ました。不思議なものでそのように考えますと、これが母親として娘への最後の務めのようにも思えたのです」


 軽く息を吸い込んだ夫人は、一段と柔らかい笑みを見せ話を続けた。


「自身にとって都合の悪いことであろうとも偽らずに事実は事実として認め、罰を恐れず誤りは誤りであると正し、相手の振舞いに心を揺らさず、善きものは善きものとして、悪しきものは悪しきものとして、言葉を掛ける。わたくしも王女様のように立派に振舞い、たとえそれが最後となろうとも、娘に僅かばかりでも伝わるものがあれば、それでよろしいではないかと。こうした想いが内から湧いてきたのです」


 確かにそれは、この夜会でフロスティーンが見せた振舞いである。

 だがフロスティーンが、このような結果を僅かでも意図していたかは怪しいもので。


 その証拠に、瞬きが止まらなくなっていた。


「するとわたくしの中に迷いとしてもうひとつ残されておりました、他家の皆様を巻き込むことに対する罪悪感も、薄らいでいきました」


 各々が息を大きく吸い込んだ気配が会場に流れたのは一瞬だけ。

 それはおそらく怒りや非難を叫ぶために求めた吸気であったが、もう誰も続く声を発しようとはしなかった。


 人が一人消えたことを知ってなお、ゼインの許可なく発言出来る勇気ある者はいなかったのだ。


「陛下と王女様がお導きになるこれからの世に、わたくしどものような古い考えに固執して害をなす貴族は不要でございましょう。わたくしはこれを悟り、夫の不正を告発するに至りました」



 ──そう来たか。しかしこうなると、分からなくなるな。



 ──あのときフロスティーンは何のために会話を願った?



 ますます妙な王女の真意が不明となるゼインである。

 しかしそれについて考える間が、今はなかった。


「陛下。後生でございます。あと少しの言葉を聞いてくださいますでしょうか?」


 夫人はそう言って深々と頭を下げた。


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