4.ちぐはぐな王女


 ゼインや重臣たちを残し謁見の間を先に退出したフロスティーンは、城の客室らしき部屋へと案内された。


 その部屋で尋問でも始まるかと待ち構えていたフロスティーンであったが。

 侍女らの言葉に粛々と従って、まずは食事を取ることになる。


 スープとパンだけのそれは、とても一国の王女に出される料理ではなかったが。

 スプーンで掬ったスープを口に含んだフロスティーンはすぐに目を閉じた。



 ──口の中が温かいわ。喉も。その先も。私の胃は医学書で読んだ通りの場所にあったのね。



 凄いわ、凄いわと、心の中では感動に打ち震えているフロスティーン。


 だが彼女の世話役として付いた侍女は、まだフロスティーンが何を考えているのかを把握することは出来なかった。

 何せこんなに感動しているのに、フロスティーンは無表情だったから。


 もしや食事がお粗末だと怒っているのか。

 あるいは異国の地の料理が口に合わないという意思表示か。


 侍女は探るようにしてフロスティーンを観察していたのだが……。



 ──いつまでも温かいのはどうしてかしら?器に秘密があるの?



 スープを味わうフロスティーンが考えていたことはそれだった。

 初見の侍女に分かるわけがない。


 そのように知らず侍女を戸惑わせているフロスティーンは、パンを手に取ると、しばし固まった。



 ──この白いパンも凄いわ。柔らかくて軽いの。見て、簡単に千切れたわよ。中もふわふわしている!



 すっかり興奮していたフロスティーンであったが、やはり心と表情はちぐはぐで。

 無を示した顔のまま、フロスティーンはパンの欠片を口へと運び、また新たな感動を覚えるのだった。



 ──え?消えてしまったわ。ふわふわのパンは溶けるのね?凄いわ。このパンは何で出来ているのかしら?



 こうしてフロスティーンはあっという間にスープとパンを食べ切ったのである。


 このときには、フロスティーンが嫌々食べているわけではないことを、侍女も理解した。

 だから気兼ねなく、侍女は食後の紅茶を差し出すことにする。 



 ──不思議ね。すべてがぽかぽかする。食べ終えても温かいわ。え?今度はお茶をいただけるの?



 やはり変わらぬ顔をして、紅茶のカップを手に取ったフロスティーンは。



 ──お茶も温かいわ。こんなに薄い器なのにどうして……?



 一段と温まる身体にすっかり気を緩めていたが。

 まったくそうは見えない表情は、王女として賞賛に値するか。


 いつまでも無表情で過ごすフロスティーンをなお探るようにして、侍女は声を掛けてきた。


「お口に合いましたでしょうか?」


「えぇ、とても美味しかったわ。こんなにも素晴らしいものをありがとう」


 侍女が面を食らうほど、フロスティーンの回答は早かった。


 だが言葉と表情が一致していないせいで、フロスティーンの言葉が侍女には不気味に感じられる。

 多少動揺しながらも、侍女はなんとか落ち着いて言った。


「何か必要なものがございましたら、何なりとお申し付けくださいませ。湯浴みのご用意もございますので、いつでも仰ってくださいませね」


「ゆあみ?」


「えぇ、お湯のご用意がございます」


「お湯の用意?まだ温かいものが出るの?」


 この顔で、この言葉。

 どんな意味が……?

 と穿った見方をしそうになった侍女であったが。


「用意が出来次第お声掛けいたします」


 そう言い残して、一度部屋を出ることにした。

 判断を仰ぐためでもあったが、食後すぐに湯浴みは良くないというフロスティーンへの気遣いもあってのこと。


 そうとは知らず素直に頷き侍女を見送ったフロスティーンは、部屋に一人になるとさらに気を抜いた。


「まだ温かいわ。この薄い器にはどんな秘密があるのかしら?凄い国に嫁いで来たのね。知らないことばかりだもの」


 お代わりにと置いていかれたポットから、先ほど見た侍女の真似をしてカップに茶を注いでみるフロスティーン。


「凄いわ。見て、白い靄よ。これは魔法なの?この大きな器も温か……温かさも過ぎると触れてはいられないのね?だから取っ手があるの」


 誰もないこの部屋で、どれだけの感動を覚えていても、ポットの側面に触れてその熱さに驚いたとしても、フロスティーンは無表情のままだった。




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