3.未知なる存在
目が合うゼインだけではない。
誰もがフロスティーンを見ていた。
城の中で大切に育てられてきた王女なら、泣き出してもおかしくはない状況である。
結婚するために遠路はるばるやって来た何も知らぬ異国の地で、王女かどうかを疑われ、首を撥ねよと言われているのだ。
重臣たちもまた、それを期待して騒いでいるところはあった。
本物かそうでないかは別として、取り乱した女から本音を聞き出したかったから。
それがどうだ。この落ち着きぶりに、この発言。
いよいよ本物かどうかも怪しくなってきたが、彼らはまた少しの怯えをこの一瞬でそれぞれの内に育ててしまった。
それが形となってあらわれているのが、この静寂。
皆が考えていたことはだいたい同じだ。
もしもこれが本物の王女だったとすれば?
サヘラン王国は常ながら斯様な教育を王族に施してきたのか?
いかなるときも取り乱さない、王族としての在り方。
戦続きの外国へと嫁ぐに相応しい王女。
これから縁付こうとしている隣国はそれほどに……。
──否。
誰もが同じところで思考を止めた。
王女らしくないその薄い肉付きの容姿が、彼女が王族であると認めることを拒絶したから。
戦争に疲れ飢えていた元敵国の民だって、もう少し身体には肉があるというもの。
輿入れだからと真新しい白いドレスを用意されたのだろうか。
装飾もそれなりで安物というわけではなさそうであったけれど。
体型に見合わぬそれは皮肉にも余計に貧弱な身体を強調した結果となっている。
これが王族だとすれば、サヘラン王国は余程貧していることになるが。
その手の話は流れて来たことがない。
ではこの女は一体──?
永遠にも思われる沈黙を破ったのは、ゼインだった。
「好きなようにか。この場でその首を撥ねることもあり得るがいいのだな?」
王女が王族としての矜持から語っているのなら。
好きなようにと言いながら、そのようなことをすれば祖国はどうするか、という脅しの言葉が続くもの。
皆がそのように先を想定していたのに。
「どうぞ、お好きなように」
変わらぬ態度でそう言ったフロスティーンに、重臣たちがまた騒ぎ出す。
「ほらな、やはりだ!陛下、この者は替え玉に違いありませんぞ!」
「我が国をぽっと出の新興国とでも思い、斯様な舐めた真似をしたのでしょう!即刻処刑を!宣戦布告を!」
「やはりこの女の首を撥ね、首だけを送り返しましょう」
「そうさな。無礼な国からの贈り物を確かに受け取った証として、身体は城外にしばらく晒してやろうではないか。兵士らの士気も上がろうな」
これだけ言っても何故怯えない?
何故泣かない?
何故命乞いをしてこない?
フロスティーンの態度は彼らに知らず未知という恐怖を与えているが、やはり声を張り上げている者たちはそれに気付いていなかった。
ゼインはじっと王女を見詰めて、人知れず息を吐く。
それからゼインは右手を上げた。
重臣たちにもそれを合図に沈黙をするだけの冷静さはまだ残してあったようだ。
結局先に視線を逸らしたのは、ゼインとなる。
ゼインの目が、王女の後方で頭を下げ続ける騎士と侍女を捉えた。
最初からゼインは、見極めるならこれだと考えていたのだ。
「そこの。お前が処刑となれば、連れて来たそこの者らも処刑となるが。それでいいか?」
ゼインにまで息を呑む音は聞こえていたが、フロスティーンが後ろを振り返ることはなかった。
「どうぞ、お好きなように」
それはフロスティーンの言葉から間を空けることなく続く。
「黙っていれば何を勝手なことを!ここまで連れて来てやったというのに!その恩も忘れ!このっ!厄災女が!」
「そうよ!わたくしたちは無事に返すと言う約束でしょう!勝手なことを言わないでちょうだい!」
こういう声を待ち望んでいたと、重臣たちは頷き合う。
「まずはそこの者らから丁重にもてなそう。皆もそれでいいな?」
騎士と侍女はにやけた顔をして、案内の者に従い謁見の間を出て行った。
フロスティーンはこの間も彼らに一瞥もくれず、ただただゼインを見据えている。
再び二人の視線が交錯した。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます