2.何もない王女
謁見の間に響く声が怒号に変わっても、フロスティーンの心は凪いでいた。
「我が国に入る前の王女を襲い、書状を奪ってここに来たのであろう。さしずめ王妃になって贅沢な暮らしがしたいというところか?」
「どこかの国の刺客ということも考えられる」
「それならば、輿入れに相応しい様子でやって来よう。偽る者はまず擬態するものぞ?」
「サヘランの奴らが、本物の王女を送るのが惜しくなり、あえてそうと分かる偽者を送って来たのかもしれん」
「なんと!即刻送り返しましょうぞ!」
「いいや、首を撥ね、その首だけを送り返そう!」
「そうだとも。このようなことをして、我が国を見下しているに違いない。かの国に相応の報いを!」
「サヘランも今や隣国。併合してしまえばいい!」
ずっと話題の中心にあったというのに。
フロスティーンは微動だにせず、真直ぐに顔を上げて、最奥の中央に立ち続ける王と思わしき男を見詰めていた。
王と思わしき、というのは、フロスティーンはここに来てからまだ誰からも名乗られていなかったからだ。
そのうえあの男だけは、フロスティーンが現われてから一度も声を発していない。
「陛下、ご決断を!」
沈黙していた男がついに口を開いた。
「そこの。言い分があれば聞いてやるが?」
祖国の礼儀に従い、フロスティーンは頭を下げて名乗った後だ。
つまり彼は名を呼ぶことすら厭うほどに自分のことを嫌悪している、フロスティーンはそのように理解した。
だが理解した直後にも表情に乱れはなく。
フロスティーンは淡々と明瞭に言葉を返す。
「あいにく書状以外には、我が身が王女と証明出来るものがございません。お気に召さなければ、どうぞお好きなように。ご処分くださいませ」
本日謁見の間に、二度目の静寂がやって来た。
一度目はフロスティーンがこの謁見の前に入ったときだ。
しんと静まる室内で、フロスティーンはなお、王と見られる男を見据え続ける。
二人の視線は交錯したまま、静かに時だけが流れていた。
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