30.崩れた虚像


 すでに前へと出ていた重臣が、また一人口を開く。


「ミュラー侯爵が時折城に送ってきた小麦ですが。すべて売れ残りの古い物ばかりでしたね。野菜も高く売れなかった形の悪いもの、成長が悪かったものなどがほとんどで、売れ残りのせいか鮮度も悪く、腐ったものも多くありました」


「何を!戦中に贅沢を言うものではなかろう!食べられるだけ有難いと思わぬか!」


「大半が食べられぬものを喜べと申されましてもな。しかもそれを城へと大量に届けたあとには、前線の兵士に届ける人員を残すでもなく。運んで来た者たちは危険な戦地には行きたくないとさっさと侯爵領へと引き上げて行きまして」


「それは……我が家に任された仕事ではなかったからだ」


「そうですね。そもそもそちらから食糧を送るようにと陛下が言われたこともありませんでした」


「何を!私が良かれと思ってしたことに、意見をする気か?」


「今さら意見もなにもありませんし、当時は意見を伝えておりましたが聞いてはくださいませんでしたね?」


「私に意見など!若造が!思い上がったことを申すな!」


 重臣はわざとらしく長めに息を吐いてから、肩を竦め分からぬ子どもを諭すようにゆっくりと説明していく。


「戦の準備として、陛下はご即位の前より蓄えを増やしておりました。兵士たちは当然ながら、民らが飢えることのないよう、様々に対策を取られたのちに戦を始めたのです。戦場に食糧を届ける手筈もすべて整え終えておりましてね。侯爵を含めて、幾人かはこれをお分かりではなかったようですが」


「なっ」


「食糧を無駄にするのはよろしくありませんからね。出来る限りは使用しましたけれど。鼠が齧って穴が空いた袋に入った黴臭い小麦など……これを配って戦中に流行り病でも生じたらどうなるか。戦による乱心か、あるいは逆心でもお持ちかと、当時は城に残った者たちが疑っていたものですよ?そのうえ、兵士も勝手に戦場へと送ってしまったでしょう?この兵士たちが自分たちの食糧を持って移動していれば良かったのですが。前線で戦う兵士らの食事を寄越せと、またしても侯爵家の兵士を飢えさせる気かと大騒ぎするわけですよ。ここでも逆心を持って兵力を弱めようとしているのではと侯爵を疑うことになりましてね」


「なんということを!我が侯爵家を侮辱するのはいい加減にしろ!」


「侮辱ではなくこれらはすべて事実です。陛下が侯爵らのように勝手に動く者らのことも踏まえて準備をされていたおかげで助かりましたな侯爵。お持ちの逆心通りに大敗し国がなくなってしまっては、侯爵どころではありませんでしたからね」


「いい加減にしろと言っている!侯爵である私にそのような無礼なる発言!許すわけにはいかないぞ!」


「あぁ、先ほどから気になっておりましたけれど。私も彼もあなたと同じ侯爵なのですがね?」


 発言した二人の重臣は、ゼインから侯爵位を得ていた。

 詳しく知っていたのもあるが、相手と同格だからこそ、この場で発言者として名乗り出たのである。


「ふん、陛下に気に入られたからと偉そうに。古くから続く侯爵家の私だぞ?並び立てると思い上がるな!」


 出て来た言葉は取り戻せない。

 されど興奮した侯爵は、まだ自分が仕出かしたことに気付いていないようだった。




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