14.底が知れない王女


「今の時点で特に急ぐ仕事はない。式典の準備もあとは衣装合わせやら、その程度だ。そうだな?」


 ゼインが顔を見れば、侍女は静かに頷いた。


「式典に向けて、学んでおくべきことはございませんか?」


「礼儀や作法については問題はないと言われていたな?」


 それらの確認も、フロスティーンが自ら発した言葉からはじまっている。


 アウストゥール王国の礼儀や慣習を知らないからと教えを願ったフロスティーンに、教師を付けてみたはいいが、彼らからは早々に教えることは何もないと言われたのだ。


 元よりアウストゥール王国は、礼儀や作法をそれほど重んじてきた国ではない。

 だからその辺りではサヘラン王国には敵うまいと、ゼインは恥もなく認めているところだ。


 だが腑に落ちないことはある。



 ──幽閉されていたわけではなかったのか?調べた限り、表に出ていたことはなさそうだが。



「貴族についても、今や俺より詳しそうだな?それで、まだ何を学ぶと言う?」



 この国の貴族について知りたいと言うから、こちらは教師役としてここに同席する侍従を付けた。

 そうすれば、貴族名鑑に記された貴族たちの名を絵姿と共にあっという間に暗記して、今や複雑な貴族間の関係性まで理解しているということだ。

 侍従が良かれと与えた貴族の成り立ちに関する分厚い歴史書も、三日も待たず読破してしまったというのだから。


 もはやフロスティーンの方が、ゼインよりこの国に詳しいこともあるかもしれない。



 そしてここでも、フロスティーンはゼインが感心する動きを見せた。

 食事の後にゼインに尋ねた以上のことを、侍従から聞くことはしなかったのである。

 つまりフロスティーンは、何も考えずに言葉を発しているわけではないということ。



 ──礼儀作法も然り。これだけの知能をどこで手に入れて来たか、だな。



 厄災の王女として誰からも怖れられ避けられてきた存在であったなら。

 礼儀作法も学問も何も得ては来なかったように思う。


 だがフロスティーンに少し接しただけで、そうではないことが証明された。



 ──聞けば答えるのであろうが。



 謎に満ちた王女に、未だ怯えを見せる重臣たちもいる。

 分からぬものを怖れたくなるのはゼインとて同じだ。


 しかしそれならば知ればいい。

 今までだって敵をよく知り分析して勝利を得て来たのだから。


 ゼインはそのように考えているのに。


 何故か素直にこれまでの経歴を本人から聞くことだけは躊躇われた。



 ──まずは自らの本音を意識させてみるとするか?



「夫婦になるために、お互いのことをよく知っていこうと話したな?」


「はい。お聞きしました」


「しばらくはそれが仕事と思って、過ごして貰おう」


 今のように、フロスティーンの瞬きの回数が増えるときがある。

 するとゼインは不思議と嬉しくなって、もっと戸惑わせてやりたいと思い付くのだ。



 ──我ながら性格が悪いよな。



 なんて思いながら、ゼインは語る。



「フロスティーンという人間を俺に知らせようとしてくれ。それを仕事として与える」


「私という人間をお知らせする……?」


「何が好きで、何が嫌いか。したいこと。したくないこと。そういうことを知らせて欲しい。あぁ、そうだな。教えてくれたときには、俺も答えるとしよう。夫婦となるのだから、お互いに理解を深めねばならん」


「何が好きで、何が嫌いか。したいこと。したくないこと……」


 オウムのようにゼインの言葉を繰り返したフロスティーンは、「分かりました」と承知はしたけれど。

 

「これは今までとは違うわ。難しい仕事になりそうね」


 と呟いている。


 どうやらフロスティーンは、心の呟きが零れやすい質にあるらしい。

 これこそは、長く一人で過ごしてきた影響ではなかろうか、ゼインはそう捉えた。


 底の見えない王女だが、分かりやすい部分もある。

 所詮は人間のこと。




 フロスティーンの部屋を出てきたゼインを、別の侍従が出迎えた。


 手には報告書が一冊。


「一人、星屑となりました」


 受け取った報告書を歩きながら見定めるゼインは、あるところで卑屈に笑った。


「厄災の王女に近付き過ぎた、か。最後までそれとは救いようがなかったな」



 ──知らせる必要はなかろう。まぁ聞かれたら答えてやるが。



 ゼインには何故か分かっていた。

 フロスティーンが自分から彼らを思い出す日が来ないことを。





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