44.信者を増やす王女
このひと月、長く側にいて世話をしてきた侍女たちでさえ、フロスティーンという人間の本質をまだ理解出来てはいなかった。
かつてゼインの乳母をしていたベテラン侍女でさえも、それは同じだ。
だから彼女たちの想像する王女様の内側と現実の王女様のそれは容易に乖離する。
今宵のような普段とは違う夜にはそれは顕著だ。
──はぁ、気持ちがいいわ。今日のお湯も最高ね。
夜会が終わり、忙しくなったゼインと別れ、早々に部屋に戻されたフロスティーンは、侍女らからどうぞと勧められた湯浴みを心から満喫しているところだった。
ここで湯に浸かるフロスティーンの顔が無表情に戻っているのは、夜会で起きたあれこれを憂いているからでは決してない。
これは毎日のこと。
湯に浸かり気を緩めたフロスティーンが、笑顔を張り付ける義務を失念しているだけなのだ。
それなのに今宵の侍女たちは、いつもとは違って想像力を拡大させた。
彼女たちがすでに夜会で起きたことを把握していたからである。
自国の貴族たちから酷い言葉を投げられ傷付けられて、笑顔の消えた可哀想な王女様。
これを労わろうと、いつも以上に力を入れて侍女たちはフロスティーンの世話をした。
しかし当のフロスティーンの心の内は……。
──このひと月、毎日このたっぷりのお湯を用意してくださったのよ。信じられる?毎日よ?
目のまえの心地好きものに夢中で、夜会で起きたことなど何ら気にしてはいなかったのだ。
結局ゼインの予測は当たっていたことになる。
他人への関心が極めて希薄な王女にとって、これからこの国の貴族たちがどうなろうとも知ったことではない。
──しかも今日は二度目よ?
ところが侍女たちもまた、フロスティーンの本心など知らずして。
せめて身体の疲れだけでも取れますようにと願いながら、フロスティーンの身体をせっせと磨いていく。
「本当に天上は素晴らしいところね」
しかもこのたまに出る本心からのフロスティーンの呟きが。
侍女たちの内で王女様を美化することを手伝っていた。
憐みの対象となる誰かにとっての可哀想な人間は、総じて美化されやすいものではあるが。
フロスティーンのこの一言で、今までどれだけ酷い目に合ってきたのかと容易く想像出来てしまうからには。
たまに出て来る言葉のどこにも、祖国への恨み辛みの感情が込められていないことに、侍女たちは心の内で震えるほどに感動するのだ。
なんて清らかな方なのかしら、心優しき王女様なのかしら、と。
心まで美しい可哀想な王女様の誕生である。
今宵はそこに、夜会での出来事が加わって。
こんな夜にも、貴族たちを悪く言わないなんて……と。
それがまさか他人への無関心から成り立っていたことを、侍女たちはまだ誰も気付いていなかったのだ。
こうしてフロスティーンは望まぬして、侍女たちからの信望を集めていく。
しかし一人の侍女が返す言葉だけは、いつも冷静だった。
それは侍女としての役目なのだろう。
「天上ではございません。こちらはアウストゥールの王城、フロスティーン様の私室に併設されました浴室にございます」
侍女から声を掛けられ、ようやく気付いて口を押さえるフロスティーン。
これを見た侍女らは皆、温かい目をして優しく微笑んでいるのだった。
これだって単に一人に慣れ過ぎたフロスティーンから独り言の癖が抜けないだけであるのだが。
侍女たちはこうして漏れてくる心の声に触れるたび、王女様が少しずつ気を許してくれたと感じ嬉しくなっている。
このようにして、侍女らは日々王女様に心を囚われ続けた。
それは王女様のまったく意図せぬものだった。
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