42.託したいもの
「わたくしが本日まで生きてきた時間を振り返りますと、女ばかりが殿方に振り回されて生きていく世はもうたくさんと、そればかり感じます」
ゼインから許可を得た侯爵夫人の語りは、この言葉から始まった。
先に続く言葉ももはや愚痴としか言えないもので。
これもまたゼインにとっては想定外。
しかしゼインは臣下からの重要な発言と捉えて、夫人の言葉に真摯に耳を傾ける。
「戦争前には、女が世のことに口を挟むなと言われ、わたくしたちは最低限の教養や礼儀以外の学びを得ることも禁じられておりました。女は愚かなくらいでちょうどいいのだと、殿方たちはいつも仰っていたでしょう?それは娘たちの代にも引き継がれ、わたくしは希望としていた娘にも学びを与えることが叶いませんでした。それがひとたび戦争がはじまって、はじめのうちは諦観していた殿方たちも、陛下が初戦に勝利を上げられますやいなや、一斉に戦争へと意識を向けるようになりましたでしょう。するとどうなったと思われます?」
ゼインからの答えなど求めていなかったのだろう。
間を置かずに、夫人は自分で答えを語った。
「今は有事であるから、女もこれまでのように遊んでいてはなりませんと、殿方たちの仰ることが変わりました。夫もまたこの流れに従って、教わったこともない領地のことをすべてわたくしに任せると、ある日急に宣言したのでございます」
夫人はこれまでよりも少し早口に言葉を紡いでいった。
その様子は、もう今この時しかないのだと、焦っているようでもあって。
「わたくしは分からないなりに、試行錯誤して領地を運営してまいりました。それもこれも、分からないわたくしに家の者たちや領民たちが温かく協力してくれたからに他なりません。それなのに夫は、もっと多くの小麦を作れ、しかし農民らは兵士として召し上げると、彼らの負担になるような無茶ばかりを言ってきました。それは無理だと意見すれば怒鳴られて、時には殴られ、それでもなんとか領民全員が飢えぬようにと、困らぬようにと、必死に尽力してきた次第でございます」
夫人の口はまだ止まらなかった。
「それがまた戦争が終わりました途端に、夫の申すことが変わりました。もう有事ではないと言いながら、今後は国政に忙しくなるからもうずっと領地の仕事は出来ないと。女にも出来るような簡単な仕事なら、女に任せておけと。侯爵でありながら、もはや領地の運営には興味を持たず、わたくしにすべてを任せっきり。それで夫が何をしていたかと言えば、頻繁に他家の殿方たちと集まっていたのでございます。ですからどこの家も似たような状況にあったのではないかと、わたくしは推測しているのです。えぇ、領地を実際に運営してみれば、分かりますもの。きちんと領地を見ているご当主様に、そのような暇な時間があるはずはございません」
何か言いたそうに、息を大きく吸い込む音が会場のあちこちから聞こえてきた。
今まで下に見て来た女性から、暇をしていたのだと言われ、自分が馬鹿にされたと感じたに違いない。
夫人はただ経験から得た知識を語っただけ。
憤るなら、それは心に思うところがある証明だ。
「陛下。この通り、わたくしたちは長き戦争の世において、あれに忙しい、これに忙しいと、大騒ぎする殿方たちに代わり、領地を運営することでこの国を支えてまいりました。夫と娘の愚行を止められなかったわたくしが重い罰を受けることは覚悟しておりますが。どうか他家の皆様のお裁きの時には、事実をご確認いただきとうございます」
夫人はそうして腰を折るように深く頭を下げたのだった。
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