厄災の王女の結婚~今さら戻って来いと言われましても~
春風由実
0.プロローグ
「天に召されているわ」
フロスティーンはケーキを味わい、紅茶を飲んで、また一言。
「天に召されていないとおかしいもの」
それからフロスティーンは、お行儀が少し悪かろうとケーキをバクバクと勢いよく食べ進めた。
目の前に、にやつきながらフロスティーンを見詰め、紅茶を味わう男がいようともだ。
フロスティーンはもう気にしない。
──そうしなさいと言われているのだもの。だからここは。
「天上なのよ」
一人納得したフロスティーンは、ケーキを食べ終えると、起きてからのことを振り返った。
朝に起きれば、顔を洗うためにと侍女が温かい湯を用意してくれて。
着替えまで侍女たちの手伝いがあり、袖を通したまた新しいドレスは軽くて羽根のよう。
複雑怪奇に結われた髪からは優しい香りがふんわりと漂う。
部屋を移動すれば、テーブルに並ぶ朝食。
温かいスープ。ふわふわの白パン。焼きたてのオムレツに。焼いたハム。それから新鮮な野菜のサラダまで。
食後にはデザートのケーキと、それに合うよう茶葉を選んで淹れられた温かい紅茶。
今日の予定を尋ねれば、何もしなくていいと言う。
「天上でなくてどこなのよ」
くくっと笑うと、カップを置いて、男は言った。
「アウストゥールの王城だな」
「天に召されたのに?」
「勝手に召されないでくれと言っている」
男はいつも楽しそうだ。
この王女を城に迎え入れてからというもの、毎日この時間を楽しみに生きているように感じている。
今までの何もかもが、この王女を迎え入れるためにしてきたことでは?
いつものようにそこまで考え、さすがに浮かれ過ぎだと男は自嘲の笑みを零した。
フロスティーンはしかし男の顔など見ておらず。
新しく淹れられたミルクティーを堪能中だ。
「ミルクまで温かいのよ。天に召されているでしょう?」
目を閉じてしみじみ言ったフロスティーンに男は笑った。
「じきにこれが日常になるからな。まぁ慣れるまではよく楽しんでくれ」
くつくつと笑ってから、男は立ち上がると、「また後でな」と言って部屋を出ていこうとする。
それをフロスティーンが止めた。
「ゼインさま」
動きを止めた男は、フロスティーンを眺めた。
「私に出来る仕事をいただきたいのです」
「……暇過ぎたか?」
「えぇ、天に召されそうなのです」
ははっと笑ったゼインは、しばらくフロスティーンを眺めていたが。
「天に召されたり、召されそうになったりと、忙しいのだな」
フロスティーンは肩を落とし、俯いた。
「……これも違いましたでしょうか?」
男はくくっと笑うと、手をひらひらさせて、部屋を出て行く。
「しばし待て。昼食のときに」
はっとして顔を上げたフロスティーンは、振り返る男と目が合った。
「はい!昼食のときに!」
目をきらきらさせて言ったフロスティーンに満足そうな笑みを残して。
ゼインは今度こそ部屋を出て行った。
そこに侍女の声が掛かる。
「お代わりのケーキのご用意がございますよ。いかがですか、フロスティーンさま?」
フロスティーンは呟く。
「天上よね?」
「違います。生きておいでです」
侍女はゼインとは違って、フロスティーンの言葉をきっぱり否定するのだった。
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