46.求め合う二人


 フロスティーンがこれまで食べてきた甘味。

 そのほとんどに小麦が使われていた。


 甘いものに意識が向かったフロスティーンは、さらなる恐ろしいことに気付いてしまう。



 ──てん菜はどうなるかしら?



 甘さの原料となるてん菜の産地が、とある貴族の領内にあることをフロスティーンは知っていた。

 それでこのように心配しているのは、貴族たちの未来が危ういことを、夜会の様子からちゃんと理解出来ていたからである。


 つまりフロスティーンは、理解しながら彼らの心配など微塵もしていないことになるわけだ。

 これでどこが優しき王女様だというのか。


 その本性を知らず、侍女たちは胸に理想の王女様を抱いて、その手を休めない。



 ──それに甘いものにぴったりのあのお茶も。温かいものを頂ける器も……。



 お茶の産地として有名な領地を持つ貴族があれば。

 領内に良い陶土が取れる山を持ち、それを利用した焼き物で名を馳せている貴族もあった。



 ──ミュラー侯爵家とお付き合いのある貴族ばかりだわ。どうしましょう?



 一段とフロスティーンの視線が落ちると、侍女たちは今夜もまた創造した優しき王女様にすっかりと心を掴まれているのだった。



 ──天上では欲を出したら、すべて奪われる決まりでもあるのかしら?



 こうして周囲との齟齬が深まって、いつまでも誰も止める者が存在しないため、フロスティーンの想像もまた一人あらぬ方向へと進んでいく。



 ──天上は素晴らしいところだけれど……落ち着かないからと、余計なことをしなければ良かったわ。ゼインさまは何もしなくていいと仰るのに……。



 ──そうよ、私がすべきはゼインさまに私という人間をお知らせすること……。したいこと、したくないこと……。ゼインさまはしたいことが仕事では駄目だと仰っていたわ。食事にあり付ける確約を頂きたいと願うことは天上ではいけないことだったのよ。ゼインさまが天上での決まりごとを以前から教えてくださっていたのに……私ったらそれなのに欲を出して……。



 フロスティーンの思考がぼんやりとしてきた。

 本気を出し過ぎた侍女らの手に抗えず、その瞼が重くなってきている。



 ──前の暮らしに戻ったら、落ち着けるのかしら……。



 ──うぅん、それももう無理ね。硬いパンも硬い床も嫌だわ。あの頃はあんなに落ち着けたけど……今はもう……ふわふわを食べて、ふわふわに包まれて……。温かいものを食べて、温かいお湯に浸かって……。甘いものをたっぷりと……。そうよ……天上のすべてが好き。かつてのすべてが嫌いだわ。でもゼインさまはこれも違うと仰って……。ゼインさまのお望みに応えたいのに……私ったらまだ分からな……。



 ──ゼインさまを知りたいわ。そのためにも私という人間を早くお知らせしないと……。



 ぷつんと意識は途切れた。


 次に目覚めたフロスティーンから出た言葉はもちろん。



「今日も天上ね!」


「違います。こちらはアウストゥールの王城、フロスティーン様のお部屋にございます」


 おなじみの言葉から新しい朝が始まる。





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