36.変わりゆくもの
ゼインの記憶において、貴族らの夫人方についての情報は希薄だ。
アウストゥール王国の貴族たちは、夫人たちが前に出ることを良しとしないからである。
そこは悲しいかな、ゼインが選んだ重臣らの意識にも同じものが根付いていて。
それであの謁見の間でのひと騒動が起きていた。
これを許可したのだから、ゼインにもその意識がないとは言えない。
祖国にて酷い目に合ってきたようだから。
恐怖させ泣かせたあとに甘い言葉を掛けることで、祖国を完全に切り捨ててこの国の良きように操れるだろうと。
懐柔したあとに迷いを見せたときには、もう二度と経験したくはないであろう恐怖や不安を再び得ることになるぞとちらつかせてやればいい。
つまりは飴と鞭での操縦を企んでいたのである。
そこには女だからと、下に見ている意識が少なからずあったに違いない。
そういった手がフロスティーンにはどこまでも通用せず。
奇妙な初顔合わせとなってしまったわけだが。
この国の貴族夫人らの話に戻そう。
こうした会を苦手としてきたゼインは、さほど彼女たちには詳しくなかった。
そのうえ夫人だけの茶会なども、戦中ということで長く控えられてきた。
ゼインに妻がなかったこともあり王家の絡んだ集まりもなければ、彼女たちが王都にやって来ることは少なく。
長い間それぞれの領地にいたはずで、連絡を取り合い共謀して何かことを起こす、というのは考えにくいところだ。
事情はそうであるのに……。
──それぞれの目からこの侯爵夫人と似た覚悟が見て取れるのは気のせいか?
ゼインの中にはしかし、性別を問わず、年齢も問わず、貴族であろうと、平民であろうと、すべては自国の民という、他の貴族らが持たない意識も存在する。
──意図は分からんが。爵位を持つ夫たちよりずっと役に立ちそうだ。
そのゼインの考えは、まったく間違っていなかったことが、少し後に証明されることになる。
「道連れか……はっ……私を切り捨てようとした罰だな。いい気味だ」
ぼそぼそと呟いた侯爵に、「どうしても口を開けぬようにして欲しいようだな?聞こえぬ耳も要らなそうだ」とゼインは低い声で警告したが。
本気で聞こえていないのか、侯爵は「ははっ」と笑うと、「よくやった。それでこそ私の妻だ」と夫人を褒めた。
ここに来てようやく侯爵の顔を見た夫人がそれは冷えた蔑視を注いでいたが、もう周囲の状況を受け止める心もないのだろう。
──壊れるとは厄介な。フロスティーンだけ下がらせるか?
フロスティーンの前で躊躇していたことに、ゼインも自身で気付き始めた。
壊れていく侯爵をフロスティーンの目に映したくはなかったが、しかし血飛沫舞う惨劇を見せたくもないと考えていることに自分で気付いたのだ。
それはもはや、女性であるフロスティーンを尊重した振舞いであって。
ゼインの中にも根付いていた女性を軽視する観念が自然に変わりつつあるということであろうに。
──元が祝いの席だからな。この件で『やはり厄災の王女であった』と言い出す者らが出ても厄介だろう。
ゼインが収まりのいい理由を選び自身を納得させて、フロスティーンを下がらせようと決めたときだ。
「夫人一人も管理出来ぬ男だったか」
一人目の声がゼインの耳へと届いた。
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