35.泡沫夢幻
「陛下の御前でなんたることを申すのだ!何も知らぬお前は黙っていろ!陛下、今の言葉はこれの虚言です。妻はおかしな夢でも見たのでしょう。近頃は挙動不審なところも多く、精神を病んでいるのかもしれません。今後は領地に閉じ込め静養させます」
「黙るのはあなたですわ。陛下、発言を続けてもよろしいですか?」
「あぁ、是非聞かせてくれ。それから侯爵よ、俺からも命じる。お前は黙れ」
顎を撫でながら面白そうに笑ったゼインに頷いて、夫人は語る。
一方の侯爵は拳を握り締め、わなわなとまた違った様子で震え始めた。
「証拠も持参いたしました。我が家へとご用意くださった控室のクローゼットにトランクを置いてあります。その中にすべて揃っておりますので、どうぞよろしいときに回収頂ければと願います」
ゼインが合図を送るまでもなく、重臣の一人が騎士を伴い会場を出て行った。
「証拠だと?一体何の……まさかお前っ!私を売って、自分だけ助かる気か!」
「侯爵よ。俺は黙れと言ったが?」
「捏造です、陛下!妻は私を陥れようとしているだけなのでございます!えぇ、妻一人躾けられずお恥ずかしい限りですが。精神のおかしなこの妻は聞く耳を持たず。実は先日から夫婦喧嘩もしておりまして」
「聞く耳を持たないのはお前だろう?その口を閉じられぬなら、この場で二度と使えぬようにしてやろうか?」
悔しそうに唇を噛み締めた侯爵は、また夫人を睨みつけていた。
しかし夫人が侯爵を見ることはない。
「夫が戯言を申しましたが、わたくしはミュラー侯爵家の当主夫人として処刑も覚悟のうえにございます。通じていたのはサヘランだけではございません。夫はまた、他家と協力し陛下をあらぬ罪で弾劾して失脚させようと企てておりました。その証拠も同じトランクに入れて持参しておりますので、ご確認くださいませ」
会場が大きく揺れた瞬間、ゼインからも怒声が出る。
「動くな!これより動いた者は罪人としてその場で切り捨てる!」
扉へと流れ込もうとしていた貴族らがピタと止まった。
先行して動いた者は皆、顔面蒼白。
元から不安に苛まれていた貴族たちは、膨れ上がるそれに今にも圧し潰されそうになっていた。
だが意外にも、様子のおかしい貴族の側にいる夫人らの顔色が悪くないことに、ゼインは気付いた。
彼女たちは動かなかったのか、あのほんの短い間で夫とは距離が空いてしまった者もある。
その落ち着きようは見事と言うには簡単過ぎて……。
──共謀か、あるいは同調か……それともなんだ?
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