19.夜会の慣例


 夜会と言っても、特に踊る文化のないアウストゥール王国。


 会場には至る所に席が並び、どこを選ぶも自由だ。

 あとは楽団の演奏を聞きながら、お酒や軽食を楽しみつつ、それぞれに話すだけの会となる。


 ゼインたちにも檀上に席が用意され、貴族らと同じように酒や食事が提供された。


 こうなれば、あとは二人でいつものように食事を楽しみながら集まった貴族らを見下ろしていればそれでいい、と言いたいところだが。

 そうはならないのが貴族社会というもの。


 ゼインたちの前には、まずは挨拶をせねばと、貴族らが長い列をなして待っている。

 それもきちんと貴族の序列に従って並んでいるのだ。


 ゼインとしては挨拶など望んではいないし、あとは好きにやってくれというところだが。

 わざわざ城に集まってきた貴族たちを王として無下にするわけにはいかなかった。


 戦時中ならば有事だからという言い訳も通用したが、今宵はフロスティーンを貴族らへと紹介するための夜会である。

 ここは二人で共にある姿を貴族たちの目に焼き付けておきたいとき。

 なんやかんやと言い訳をして、早々に二人で退室するわけにもいかない。


 だがゼインは、そう悪い気はしていなかった。



 ──面倒事に変わりはないが。今宵は悪くない。



 早々にワインを飲み始めたゼインは、勝手なものでフロスティーンには好きそうな果実のジュースを選ぶよう誘導し、思惑通りの結果を得れば、やはり勝手に安堵していた。



 ──酒はまだ早かろう。子どもではないがな。



 年齢の問題ではなく、長い間痩せ細っていた身体を気遣ってのことだ。

 だがその実、酒は二人だけのときに飲んで欲しいと願っていたゼインである。


 ご機嫌なゼインは、自身の言動の裏にある真意を探るような真似はせず。

 挨拶の口上のあとに深々と頭を下げる貴族たちに言葉を返していった。


「フロスティーンだ。良くしてやってくれ」


 今宵は言葉を選ぶ必要もなく、この一言で済んでしまうため、ゼインはとても楽である。


 そしてフロスティーンもまた、ゼインに言われていた通り、貴族たちへは短い言葉しか返さなかった。


「フロスティーンです。よろしくしてくださいね?」


 ゼインはあえてフロスティーンにサヘラン王国の王女であることを名乗らせなかった。

 これも自分が一度言えば十分と考えてのこと。


 しかし心の深いところでは、もうこれは返さないぞ、という意思表示が巡らされていることを、ゼインはやはり勘繰ろうとはしなかった。



 一方でゼインの代わりのように、ゼインの本心を勘繰っていた者たちがあった。

 ゼインの重臣を名乗る貴族たちだ。


 あの謁見の間に集まってフロスティーンを迎えて以来。

 匿われるようにして部屋から出て来なくなったフロスティーンに、彼らが再びまみえることは今日このときまでなかったのである。


 このひと月はゼインから王女の情報を得るしかなかったが。


 何かいつもとは違うな、と気付いた鋭い者たちはほんの数名で。

 あとの者たちは、使いようがありそうだからサヘランの王女を迎えただけで、二人はまだ希薄な関係にあろうと信じていた。


 ところが今宵二人が共にある姿を目にしてしまったら。

 こうした方面に聡くない者でも、側にあり続けた重臣だから分かるものがある。


 何せあのゼインが頬を緩めて笑っていたのだから。

 あのように誰かに優しい目を向けるゼインを、彼らは知らなかった。


 戦争の最中には、ゼインを篭絡すべく美女を宛がおうとしてきた国もひとつではなかったが。

 それはもう恐ろしいほどの冷酷さで自ら対処してきたのもゼインだ。


 そんなゼインが、がりがりに痩せた王女らしくない姿で現れた女を気に入ることは、彼らにとっても想定外。


 だがしかし今宵を経験してから思い返してみれば。

 あの謁見の間での態度でさえ、もう気に入り始めていたように思えてくる彼らだった。



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