39.穢れた祝宴
夫人の発言を聞いて、一部の貴族たちは黙っていられなくなった。
ゼインから黙るよう命じられたばかりだというのに、各々叫ぶようにして意見する。
それでも壇上からは見えないように人々の影に身を隠しているからには、度胸があるのか、ないのか、分かりにくい者たちだ。
「侯爵夫人こそ、サヘランの王女と通じていたのではないか!」
「異国の王女が我らを陥れようとしている!」
「陛下!至急、危険な王女との婚姻の取り止めを検討ください!」
「我らに不幸をまき散らす、やはり噂通りの厄災の王女──」
──この場で星屑にしてやろう!
「黙れ!」
ゼインの内心の怒りと怒声の発生は同時だった。
「勝手な発言をした者は、その場で切り捨てる!よく考えて話せ!」
「しかし陛下、厄災の王女と侯爵夫人が通じていたとなれば……」
声を発した男はすぐさま騎士に拘束された。
ひっという声までは聴こえてきたが。
「フロスティーンの目も耳も汚すことは許さん。上手くやれ」
ここまで来ては、フロスティーンがどうこうと言ってはいられない。
だがゼインは、どうしても醜いものにフロスティーンを触れさせようとは思えなかった。
だからこんなときにも、フロスティーンの名が先に出てしまう。
有難いことには賢い騎士はゼインの意をすぐに汲み取って、捕えた男の口に布を押し込むと、近くに立つ者たちへと小声で囁いた。
「一瞬で済ませますが、自信のない方は目を閉じて耳を塞いでください」
音は無かった。
腕を持って支え、倒れる音さえ残さず。
切るのではなく、胸を一突き。
血を零さぬように、剣を抜くこともせず。
「陛下、終わりました。片付けてまいります」
騎士は言ったのち、ゼインらからは見えぬまま会場から立ち去っていく。
起こったことに見合わない静かな悲鳴はあちらこちらから漏れた。
叫べば自分もこうなると分かっているから、誰もが口を押さえ必死に耐えていたのだ。
何も問題を起こしていない善良な貴族たちにとっては、不運としか言いようがないが。
この場にあって沈黙することもまた、貴族としての務めか。
こうして騎士によって見事に処理され見せしめは完了するも。
ゼインの機嫌は最底辺まで下がっている。
善良な貴族にとっては、なお不憫としか言いようがない。
──フロスティーンが着飾ったはじめての夜会だというのに。それも祝いの夜会。俺がもっと事前に脅し、それでも問題を起こしそうな奴らを処理しておけば……まずいな。
フロスティーンを憂いてそちらを向けば。
ゼインの後悔と反省は自然に止まっていた。
なおも微笑むフロスティーンが、もはや悪魔の申し子のようだったからだ。
笑顔を教えた者として、ゼインはまた違う反省をもって、申し訳なくなっている。
しかしこれでは、溜飲が下がるというもの。
──血の匂いもさせなかったことは見事だ。あとであの騎士は褒めてやろう。
と、褒賞を考えたとき。
バタンと大きな音がした。
恐怖のあまり倒れてしまった夫人が出たのだ。
フロスティーンをこれ以上戸惑わせるなと身勝手にも憤慨する気持ちはあったが、ここではゼインも配慮を見せた。
「気分の悪い者は名乗り出ていい。あぁ、城から出ることは叶わんぞ。部屋を用意するだけだ」
しばらくは慌ただしい人の動きがあったが。
会場が落ち着いた頃、侯爵夫人が深々とゼインに頭を下げて謝った。
「申し訳ございません。わたくしが安易な発言をしてしまったばかりに。勘違いをされる方が出てしまいました」
王女と通じていたという話ではないことは、ゼインもよく分かっている。
その為人はまだまだ理解不能であったとしても、ひと月も食事を共にしていたら、そこにいかなる謀り事もないことはゼインの中で確実なものとなっていた。
戦に勝利してきた王として、そういった方面への勘は鋭く、それだけは間違いないと自信を持って言えるゼインである。
なんだかんだと自身に言い訳をしながらも、あの優しき方法で、ゼインは未知なる王女の尋問と観察を続けていたようなものなのだ。
それにフロスティーンには常に侍女が付き、それは監視の目ともなっていた。
他者と通じるような隙はこのひと月一度も与えていないのである。
「お前が気にすることではない。あやつらが勝手に騒いだだけのこと。あとの処理もこちらのことだ。さて、どうする?まだ話すか?」
「お許しいただけるのでしたら」
夫人は深々と頭を下げると、背筋を伸ばし凛とした姿を見せて。
静けさを取り戻した会場で、堂々と内なる心を語り出した。
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