38.王女が与えしもの


 ──こちらから見えぬのならば好都合。消すか。



 しかしゼインは決断の前に思案した。

 今まではこのように考えることなどなかったはずであるのに、その思考は自然に巡っていく。



 ──騒ぐ者が一人でも出てはフロスティーンに良くないことになる。一人ずつ引っ立てて消すのは簡単であるが……今回は人数が多過ぎるな。必ずや騒ぐ奴が出る。



 ──やはりフロスティーンを下がらせてからだろうか。……いや待て。



 重臣らが今か今かと指示を待っていることも忘れ、ゼインはなおフロスティーンへの影響を考えていた。

 その間にも、貴族らが群衆に身を隠しながら自由勝手に発言を続けている。



 ──これを我が国の総意として受け取られても困るな。こいつらのような思想を皆が皆持っていると思われては……。



 待ち切れなかったのは重臣の方だった。

 一人がドンっと腰から抜いた長剣の頑丈な鞘で床を叩けば。


 ゼインの反応は早く、直後には低く、それでいて遠くまでよく通る声で大きく唸った。


「黙れ!これより勝手な発言も禁じる!」


 それは条件反射のようなものであったが、これまで戦争を勝ち続けてきた王として本来のゼインは決断が早い男なのだ。


 それもフロスティーンという未知の王女を前にすると、上手くいかなくなるのだけれど……。

 重臣らはゼインから反応があったことに安堵して、改めて指示を待つ。



 これで会場にはあっという間に静けさが取り戻された。



 ──面倒だ。貴族らこそ退場させて、部屋に閉じ込め処理するか。あいつらの発言については聞く価値がないものとして、後で俺が説明すれば済むだろう。



 いくらゼインがここでフロスティーンを想い、思案しようとも。


 彼らの末路は決まっている。



 ゼインがようやく命を出そうとしたときだ。


「陛下。もう少しばかり発言をお許しいただけますでしょうか?」


 夫人の凛とした声に、あちこちから舌打ちの音が聴こえてきた。

 発言を禁じられたことに対する最大限の抵抗か。


 態度は強気でも、内心ではこれ以上あの夫人は何を語る気なのかと震え上がっていることだろう。

 むしろだから伝わるように怒りを示し、恐怖させ発言を取り止めさせようと試みる。


 しかし抵抗も虚しく。

 ここで重臣が長剣の鞘で再び床を叩けば。


 先ほどよりも早く、会場には静寂が戻ってきた。


 それぞれに様々な想いを抱え会場中の者たちが固唾をのんで夫人の言葉を待つ中、ゼインとて夫人の発言を止める理由はない。

 好きに話せと先を促せば、夫人は急に柔らかい表情を見せ、ゼインに感謝を伝えてから語り出した。


「最後に御礼と共にお伝えしとうことがございます。夫の罪を告発する気でここに来てもなお、わたくしには迷いがございました。これを後押ししてくださいましたのは、王女様にございます」


 何を言い出したのか、ゼインとてすぐには理解出来なかった。



 ──王女様……?フロスティーンか?



 驚きでゼインがフロスティーンを見れば。

 フロスティーンもまた、夫人を見詰めてぱちぱちと目を瞬いているところだった。

 それはさらに続き。三度、四度……と五度目で終わった。



 ──驚くか。だが安心しろ、フロスティーン。これは俺にも想定外だ。





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