[第一章:日常。遊戯の復活。]その6

 周囲の[情報子]が集まっていく。

 リメを中心に渦を描くように、無数の0と1が動き、彼女の体中に張り付き、大きな物体を次々と形作る。

 そして、一瞬の光が消えた瞬間。最も前にいた指導教員を叩き飛ばしたのは、腕と一体化した長い砲だった。

(これは…一体…)

「な、なんですか、こここ、これはぁぁぁ!!」

 ルキューレがやや過剰に驚く。

 その視線の先にいるのはリメ。…彼女でこそあったが、その姿は全くと言っていい程違う。

「はぁっ!」

 右手についた砲を撃ち、二体の指導教員を舞台側に吹き飛ばす。そんなリメの全身は、植物と鋼鉄の装甲で包まれている。

 胴体は胸部の装甲を除けば、白いボディスーツを纏い、二の腕と太ももには黒のインナーの上に、ツタが絡みついている。

 ひじから先には細い砲が両腕についており、肩にはクリアパーツの装甲が確認できる。

 背には蝶の翼と広葉樹の葉を混ぜたような翼が二枚。その下には後方へ伸びる推進器のようなものもある。

 膝から下は白の薄めの装甲に包まれ、それを平行脈の葉二枚が左右から包み込んでいる。

 そして、頭は冠を想起させる形をした、ツタによって飾られた装甲があった。

『なんだこれは』

「ふっ」

 リメが跳躍。

 周囲の者たちが指導教員から距離を取ろうとし、開けた空間に着地、さらに二発撃つ。

『な』

『な』

 二体の指導教員が扉に吹き飛ばされ、激突の勢いで開いた扉から外へ転がっていく。

「な、なんなの!」

 通常あり得ないはずのリメの変化と状況に、混乱したAZが叫び声をあげる。

 その間に、リメは次々と指導教員を排除していく。

 鮮やかな動きは、相手を寄せ付けない。

『こんなものは想定していないー』

「はっ!」

 リメは動く。

 左足で弧を描き、右手の砲を構える。

「必殺の一撃よ…」

 そんな呟きが漏れるその瞬間、虚空に出現するのはリメが姿を変えたときのものに近い、欄だ。

『命令受諾ぅ!ポイントの五割を使って必殺の一撃を撃つよぉ』

 突如彼女の肩に出現するのは巫女服姿の二頭身の少女だ。

 彼女は虚空の欄に手を向け、素早く文字を書き上げる。この間、僅か一秒。

〈PSタイプ必殺:竜穿〉

 宙へ書かれた文字は、欄内に一瞬のうちに表示される。

 と同時に、リメの右の砲に火が灯る。

 明かりは薄暗い周囲を照らし、赤く輝く。

「はぁぁぁぁ!!」

 叫び。それを合図に、砲口より炎の竜が放たれる。

 竜は咆哮しながら宙を舞い、残りの指導教員を全てを直撃。

 半分は胴体に溶け落ちるように穴が開くと同時に、[情報子」へと分解され、他は舞台裏に吹っ飛ぶ。

 それを、光量のために周囲の者たちははっきりと認識しきることはできない。

『のわー』

 そして、舞台裏で物音がした後、沈黙した。

「……貴様ぁぁぁ!いったい何者だぁ!」

 竹刀を向けながら、AZが叫ぶ。

 それを受け、リメはAZを見据え、名乗る。

「…私は、リメ!私たちの娯楽に誘うために、ここにやってきた者よ!」

「娯楽ぅ?」

 怪訝な表情でAZが言う。

「ええ、その通り。そして見えるでしょう?私の姿が」

 リメは自身の胸に手を当てながら言う。

「…ええと、そう。これは[フィールドガジェット]っていうものを使って、私の中の情報を元につくった娯楽用の姿。そしてこれは、私たちの娯楽をするために、必要なものよ!」

 そんなリメの様子を見て、ルキューレは。

(こんな…。こんなことが…)

 彼女が姿を変えたことに意識が向いていた。

(できないはずのこんなことができるとは…そしてそれは、あくまでも娯楽のための一要素でしかないと…)

 驚きが、彼の中に満ちる。

(こんなものを用意しているとは…)

 [職人]の作品であっても見たことのない[フィールドガジェット」の機能。

 このようなものを用意できるのなら、リメは、本当に凄いものを作ったのではないか。

(もしかしたら[職人]でも依頼して?)

 周囲の[情報子]を集めて姿を変えるような高度技術([情報子]を自在に操る術)があるならば、彼女の言葉通りの奥深い娯楽をつくるのも不可能ではない。現実のような凝ったものでも。

 そうすぐに思い至り、ルキューレの中の驚きは、別のものに塗り替えられ始める。

「…それでどんなことをすると?」

 彼の口角は上がっている。

 それは、彼の期待と興奮の証だ。

 とてもあるとは信じられなかった新しい娯楽というものが、明確なものとして現れようとしている。

 内容はなんなのか。どんなことができるのか。それをルキューレは知りたくなっていく。

(どうやら、本当だった。嬉しいですね)

 娯楽の存在の信憑性を、大幅に引き上げるリメの行動を見た彼は、彼女がでたらめを言っていたわけではないことに嬉しくなる。

 そして、期待を抱いていく。

「教えてくださいよ、何をするか!」

「…これで何をするか?えっとそれはね……そう、闘うのよ!すごく、すごく…熱く、楽しくね!」

「闘うぅ?」

 怒りをため込んでいるのか、やや震えながらAZが言う。

「…詳しくは、私たちがこれからする予定の体験会で教えるわ!興味があるなら参加して!」

 リメは、できるだけ大きな声で、そう言い切る。

「…教師AZが怒り心頭の状態でこんな宣伝をかますとは…相当な熱意ですね」

 ルキューレは感心した様子で言う。

 そして既に、彼は体験会への参加を決めていた。

 姿を変えるというあり得ない事象を目の当たりにした彼には、行くだけの十分な興味を持っているのである。

(そして、ここでは言われませんでしたが、協力とやらもしましょうか)

「…くそ雑魚お兄ちゃん?」

 そんなルキューレの様子を見て、カワシュは彼の服の裾を掴む。

 どこか、不安げに。

「嫌な人はそれで構わないわ。興味のある人だけ参加でいいわ。…勿論、見学だけでもいいわ!各々の自由よ!」

『おぉ…』

 随分と良心的なリメの言葉に、周囲の者たちがざわめく。

 教師AZとは大違いであると。

「…あ、あと言っておくと、体験会に正式に参加した人は、ノイエが[フィールドガジェット]をくれるわよ!勿論タダで!」

 この世界…特に[廃棄域]では貨幣制度は普及していないため、ここでリメが言うのは、引き換えに何かを要求しない、ということである。

「ノイエ!」

 周囲の者たちが囁きあう中、リメは声を上げる。

 それに応え、上階の窓を開けて、一人の少女が現れる。

「彼女は一体…」

 背中にロボットアームを背負い、修道服を着る彼女を見て言うルキューレに、リメは答える。

「今言ったとおり、ノイエよ!彼女が[フィールドガジェット]を持っているわ!」

「確かに、持ってきておる」

 ノイエは頷き、風呂敷の中から一つものを取り出す。

「あれが[フィールドガジェット]よ!」

 リメは腕の砲でノイエの手の中の物を指す。

「あれが……」

 ルキューレは見る。

 二等辺三角形と長方形を合わせた形の、純白のそれを。

 表面は二段になっていて、その隙間が黒く光る。

 淵はエメラルドグリーンで彩られ、見るものの興味を引いてくる。

 腕に巻いて使うらしいそれは、見慣れたものではなく、それ故に好奇心をそそられるものであった。

「あれを使えば、僕も姿を変え、闘いを…バトルゲームをすることができると…」

「ただ殴りあうだけのものじゃないわ。複数の特殊なルールがある、奥深いものよ」

「ほほう…」

 リメの言葉に、ルキューレは興奮が隠し切れない。リメが何か言うたびに新たな娯楽への期待と興奮が膨らんでいった結果だ。

 口元に笑みが浮かび、変な笑いを出し始める。

「く、くそ雑魚お兄ちゃん…?」

 あまりの退屈の反動が、変な反応をしだすルキューレに、カワシュは戸惑いを隠せない様子である。

「…さぁ!誘いはしたわ。参加したい人は外に出て!すぐに体験会を始めるから!」

 リメは満足した様子で言う。

「舞台のあなたも!よかったら参加して!」

 彼女は右の砲を肘あたりに変形させて動かし、出てきた手でAZを手招きする。

「……」 

 それを受け、彼女は数秒沈黙する。

 僅かに震えながら。

「…私も」

「…え?」

 小声であるために聞き取れず、リメは聞き返す。

「…わ、私も、やる」

 AZは妙に力んだ様子で、リメへと言葉を返す。

「そう!?魅力的に感じてくれたのね?」

 彼女は嬉しそうに言う。

「そうだ。ふ…いや、リメ。私は魅了された。私の授業を、邪魔、してまで宣伝したその熱意には、感服した」

 AZは笑顔でこそあるものの、やはり力んだ様子で言う。

「ありがとう」

「…そういうわけで、リメ。私いち早くやってみたい。さっき見せてくれたような」

「うん。なら体験会に…」

「い、いやいや。待ちきれない。だから、くれない?[フィールドガジェット]を。本当に早くやりたいから。早く」

 AZはどこか高圧的に言う。

 その様子に周囲の者たちは嫌な予感がするが、嬉しそうなリメは特に警戒する様子もない。

「そう?だったらまぁ。一応、邪魔したお詫びにもなるし。…そういえば、なんでノイエがここに来させたのかは良くわかんないけど……うん」

 リメはノイエの方を向く。

「ノイエ!彼女に[フィールドガジェット」を!」

「…いや、リメ…じゃが」

 彼女と違い、AZの奇妙な様子に気づいているノイエは、譲渡を渋る。

「は、早くつけてみたいなぁ。ああ、早くつ、けて…みたなあ!」

 早くしろと言わんばかりにAZは言う。

 それを受け、リメはノイエに言う。

「ノイエ」

 真剣な視線を向けて。

「……。仕方がないのぉ」

 結局、ノイエは折れ、監視するような目でAZを見ながら[フィールドガジェット」を放り投げる。

「一応、ここまでは想定通り、じゃが…」

 そんな風に呟きながら。

「…ありがとう」

 一方、AZの顔に入った力が、少し緩む。

 彼女は不自然な笑顔で目的の物を掴み、素早く装着する。

「…あんまり他を待たせられないから、使い方の説明は外でね。…ノイエに説明お願いしようかしら。私完全には分かってないし」

 リメはそう言いながら、舞台に背を向け、出口へと歩き出す。

 ルキューレは興味津々な様子で、その背を追う。

 周囲の者たちも、AZへの警戒心か無言ではあるものの、大部分がその後を追おうと動き出す。

 その瞬間。

「…ふんっ…説明はいらない」

「いらない?」

 なんだか小ばかにした様な言葉を聞き、どうしたのかとリメは足を止める。

「…さっき、見たからな。全てを…な」

「……?」

 怒気を孕んだAZの言葉に、リメは振り返る。

 そして、その先には。

「…この、不審者がぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 叫びと共に、姿を変えたAZが。さらには、その肩に二頭身の修道服姿の少女がおり、既に宙の欄に文字を書き終えていた。

「リメ!」

「…え?」

 ノイエが叫ぶが、既に遅い。

「精神調教的指導の時間じゃこらぁぁぁぁぁぁ!!!!」

 翼のごとく広がったジャージから生える大量の竹刀が、リメの眼前に迫っていた。

 回避不可能な距離と、迎撃も不可能な時間で。


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