GヲYの物語

結芽月

プロローグ

 彼女は無言で、弟の手を握っていた。

「……」

「…っァ」

 暗い部屋だ。中央にある天蓋のついたベッドのようなものに、弟は寝かされている。

 その右半身からは歪な黒い物体が生えるように存在しており、先端はどこかブレていた。

「…ィぅ」

 姉が見る弟の目は開いている。が、焦点は定まっておらず、口も開きはしているが、言葉らしい言葉を紡ぐことはない。

 傍から見れば、意識があるのか、ないのかも怪しい状態で、彼は静かに姉の左手に手を握られている。

「……もう」

 ふと、姉が口を開く。

 黒のサイドスカート付きのボディスーツ姿の彼女は、視線を胴体から弟の顔へと移す。

「…何も」

 ゆっくりと姉は言葉を紡ぐ。

 その中で、弟の黒い物体の先端に、あるものがゆっくりと集まっていく。

 見ればそれは、無数の0と1だ。

 この世界の全てを構成する最小単位であるそれらは、黒い物体へ集まり、膜のようなものを徐々に形成していく。

 その形は、原核生物に通じるものがあると言えよう。

「…ペタはできない。これの…せいで…」

 姉は言いながら、胴体の黒の先端に触れる。

「……」

 苦虫を噛み潰したかのような顔で、彼女は視線を落とす。

「私たちには、他の人みたいに、長い時間はないのに…こんなの」

 姉は現実を嫌がるかのように首を振る。

「…何もないで、終わっちゃうなんて…いやね…ペタ」

 彼女は再び、まともな反応を返せない弟の顔を見て言う。かつて確かめ合った、自分たちにしか分からない意思を思い出して。

「…だから。ペタのために、私は」

 姉は弟の目を見て、意思を表明する。彼が、意識自体はまだ正常に近いことを分かっているために、である。

「…り…め」

 それを証明するかのように、歪な形の彼は、姉の名前を呼び、どうにか反応を返す。

 しかし、それが精いっぱいなようで、それ以上の言葉はない。

「見せてあげるわ、ペタ。そのための仲間もいる」

 言って、より強く弟の手を握る姉は、そのままで後ろを向く。

「そうよね。ノイエ?」

「…そうじゃな」

 部屋の端…出入り口の扉があるところには、一人の少女がいた。

 背が低く、魔女帽子をかぶって、修道服を着、尾羽と巨乳を持ち、杖とロボットアームを持った彼女は、嫌なことでもあったのか、歯切れ悪く答える。

 その視線は下を向いており、表情はどこかこわばっていて、思い詰めている様子にも見えた。

「わしはお主に協力する…」

 ノイエという少女は、重々しく言う。

「…ありがとう」

 言って姉…リメは両手で弟…ペタの手を握る。

「待ってて。すぐに見ごたえのある面白い遊戯を見せてあげるから。…今度こそ」

「……」

 ノイエは、今度こそと言う言葉を聞いて、沈黙する。

「待っててね?」

「…り」

 答えるかのような、ペタの呟き。

 それを聞き、リメはそっと弟の手から両手を放す。

「楽しみにしてて」

 言い残し、彼女は弟から離れる。

「…始めましょう。面白い娯楽を」

「…そうじゃな」

 ノイエは頷き、リメの目を見る。

「…いくわよ」

 彼女の手が、扉に触れる。

 それを受け、扉は奥へ向かってゆっくりと開いていく。

「この[廃棄域」全てを制覇して、その先へ、ね?」

 二度目の始まりを告げる扉が今、完全に開かれる。

 その先に存在するのは、天高く聳え立つ巨大な地。

 七つの階層で構成された、情報の集合体たる[情報総合体]を無数に内包した地…[廃棄域]である。


▽ー▽


 そこは、0と1で構成される世界。現実によって存在し、現実とともに在りながらも、触れることも観測することもできない、隣の異質な世界である。

 そして今、娯楽に飢えたこの世界に、新たな娯楽が、今度こそ生まれようとしていた。

 一年の時を経て。

 


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