[第一章:日常。遊戯の復活。]その1

壺型の地、[廃棄域]。[情報総合体]と呼ばれる物や、者たちの無秩序な集合によって形成されるそれは、0と1の大海、[通常域]の一角に存在している。

 その形状は外から見れば、綺麗な壺形と言うよりは、どことなく壺のような形をした何かの塊、というのが正しい。

 外側は穴だらけで、凹凸が多く、お世辞にも綺麗とは言えないのだ。一方で、内側はどうなのかというと、これもまた綺麗ではない。

 場所によっては多少整理されているところもあるが、基本的に様々なものが雑多に並んでいるのだ(あるものはビルや図書館、果ては巨大ちくわや透けているカエル像など、多種多様だ)。

 このような様子が、そしてその見た目が、まさしくゴミ捨て場であるがために、この地は[廃棄域]と呼ばれている。

 …そんな場所の底、内部の七階層の内の第一階層に当たる部分に、その家はあった。

「……ぐぅ」

 どことなく中世風の雰囲気をたたえた、図書館の一部を切り取ったようなそれは、目の前の石畳の道路を見下して存在している。

 そしてその中で、一人の青年が寝ていた(厳密にいえば、近い状態にあるだけで実際は眠っていないし、そもそも眠ることはできないし、そうすることに意味もない)。

「…ぐぅ」

 ベッドに横たわる青年の周囲には、木の壁が見える。

 その下には同様の見た目の床と、上へと続く梯子があった。

 梯子の先の、上階への穴はかなり大きめに取られており、人一人が簡単に通り抜けることができる。

 青年はその真下近くで、静かに寝ていたのであったが…。

「くそ雑魚お兄ちゃん!」

 突如、大きな声と共に上階より梯子を無視し、落ちてくる者が一人。

 簡素な、ピンクと白のドレスをきた少女だ。彼女は、視線の先にいる青年の真上へと着地する。

 勿論、その衝撃はそれなりのものとなる。

「…げんぶらばっしゃっぽい!?」

いきなり、下っ腹に重い一撃を食らい、珍妙な声と共に青年が目を覚ます。

「ここはどこ?僕は誰?そうか自宅で僕は僕!」

 寝起きのせいかは分からないが、続けて変なボケをかます青年。

 そんな彼を半眼で見ながら、乗っている少女は言う。

「おはよう、くそ雑魚お兄ちゃん」

「…カワシュ…ですか」

 青年は顔を起こし、少女の名を呼び、彼女はうんと頷く。

 そんな彼らは、この家で共に過ごす、兄弟のようなものだ。

 一年前からその関係は続いており、もはや当たり前となっていた。

「うん、そうだよ、くそ雑魚お兄ちゃん」

 カワシュは笑っていい、彼の体に触れる。どこか満足そうにした後、彼女は青年の上から降り、ベッドの横に立った。

「…朝ですか」

 言いながら青年、ルキューレは身を起こす。

 さっきの一撃などなかったかのように、だ。

「…うん。またつまんない日々が始まるよ、くそ雑魚お兄ちゃん」

「…そうですね」

 二人は頷き、ため息をつく。

「まぁ、とりあえず上に上がりましょうか」

「うん」

言って、二人は梯子を上って上階へと行く。

 その際、梯子についていた埃が宙に舞う…だが、よく見れば、それは埃などではなく、微細な0と1の塊だ。

 現実ならばありえないが、この世界では普通であり、全てを構成するそれは、宙でばらけてしまい、見えなくなる。

「…さて、と。しばらく何をしますかね」

「だね」

 ルキューレとカワシュは梯子を上り切り、上階…リビング代わりの場所に出る。

 そこは、外側から想像できる通りの、図書館の内装だ。窓は透明なガラスがはめられ、外の淡い光を取り入れる。壁には取り出せない本が並び、空間の中央には読書用のテーブルと机がある。

 他には棚のようなものがあり、その上にはティーポットが若干雑に置いてあった。

「教師AZの強制授業までの時間、潰すものってありましたっけ?」

「…もう、家でできることは全部やったと思うよ、くそ雑魚お兄ちゃん」

「ですよねぇ」

 話しながら、二人は席につく。

 現実ならば、朝である以上、ここから食事が始まる事であろう。

 だが、この世界において、それはない。

 その証明かのように、二人の囲むテーブルに、朝ご飯の類は見られない。そもそも、料理器具の類もない。…まぁ、あったところで玩具以上の使い道がないのだが。

「現実が羨ましいですねぇ」

「食事で時間潰せるもんねぇ」

 ルキューレとカワシュは再びため息をつきながら、机にもたれかかる。

 彼らがそうやって食事をとる素振りすら見せないのは、彼らの存在そのものに理由があった。

「僕たちは[情報総合体]です…食事みたいな生きるための行為は基本、必要ない。この時点で時間が余るのに…それを潰すために、できることも少ない。だから暇なんですよ…ほんとにやることがない」

「くそ雑魚お兄ちゃんの言う通りだよ…」

 そう。彼らは[情報総合体]という、この0と1で作られる世界における、住人や物の大半を占めるものである。

 そしてそれらは、世界にあふれる、0…[零子]と、1…[壱子]という二種類の[情報子]というものによって構成される。

 時に、複数で結合するそれらは、0と1の連なりによって内包する情報を形作る。そしてそれが、この世界のあらゆるものの性質を決定する基本要素となる。

 さらに、これらは内包する情報が近いと惹かれあう性質を持つ。一番要素の少ない状態である[単情報子]、それが複数集まった[軽情報子]、さらにそれらが集合し[重情報子]へ。そして、[重情報子]が複数集まることで、それの結びつきによる強固な膜が表層にでき、内部には余った[情報子]が中身として入る。

 そのようにしてできる彼らは、現実における生命とは全く違う。存在するために何かを消費することがなく、寿命は圧倒的なまでに長い。そして、見た目の変化もない。ある種の、不老不死の存在とも言えよう。

 そしてそれゆえに、彼らには暇と言う唯一にして最大の問題が存在しているのである。

「せめてわたちぃたちが、現実の人間みたいに何か出来たら、違ったのにぃ…」

 カワシュは不満そうに言う。

 そして、彼女が今言ったことこそ、彼らの暇を最大の問題とする大きな要因だ。

 彼らを含め、周囲の家具やこの家もそうだが、世界にあふれるほぼ全てが、[情報総合体]。

 それが意味するところは、一切手を加えることができないということに他ならない。

 前述のとおり、[情報総合体]は強固な膜を形成する。その結合は余りに強く、分解、加工は困難を極める。しかも、仮に膜を破壊して分解したところで、[情報総合体]は、結びつきの破壊によって消滅することになってしまう。そうなれば、後は霧散した[情報子]が残るのみとなり、何もできない。

 そういうことがあるため、この世界で何かを作るなら、その[情報子]を操ることが必要だが、彼らにそんな力は基本的にない。

 となれば、何も作ることはできず、彼らの行動を極端に制限することとなってしまう。破壊と創造なくして、何かをやることなど至難の業であるがために。

 …結果、彼らにできるのはそこらへんにある物系統の[情報総合体]を並べたり、可動部を動かしたり、振ったりする程度で…子どもの遊びレベルとなる(それらの多くは誰もが分かりやすく、楽しめるかわりに、底事態は浅いものなのでずっとやればすぐに飽きる)。

 だからこそ、彼らは時間だけを持て余し、常の暇…退屈に苦しんでいるのであった。

 純粋なる娯楽不足である。

「…何か、ないもんですかねぇ。すっごい娯楽」

「ほんとに…くそ雑魚お兄ちゃんで遊ぶのだけじゃ限界があるよ…」

「いや僕で遊ばないでください」

 すかさずツッコむルキューレ。

 それに対しカワシュは、手を銃の形にする。

「…だって…バァン!」

「ぐはっ!?脳天に!よ、よくもぉぉぉぉぉぉ…バタ…」

 ルキューレは、額を撃たれたかのようにのけぞり、変な声を挙げながら床に転がって沈黙した。

「…反応が面白いだもん。…それでも、飽きが来ちゃうけど」

「…ふぅ。何させるんですか」

「…くそ雑魚お兄ちゃんが勝手にやっただけだけどね」

 などと言いつつ、二人は机に突っ伏する。

 暇だーなどとと言いながら。

「…本当に、何かないですかね。…こう、なんか急に、家が爆発するとか」

「…くそ雑魚お兄ちゃん、変な望みが出始めてるよ」

 そんな風に、あまり中身があるとも言えない会話を二人がしていたときであった。

『あ、テスト、テストですよ、これは。愚民は把握してくださーい』

 突如、声が響く。

 その発生源は外。かつ、[廃棄域]の第四階層、ルキューレたちの第一階層から三つ上の場所である。

 そして、その声を聞き、覇気のない表情をしていた二人は、途端に嫌そうな顔になる。

「…このいやらしい言葉遣いは」

「[職人]の定期放送なのよ」

 [職人]。それはこの世界で[情報総合体]の次に多い住人である。

 彼らは[情報総合体]と違い、個人差こそあれど、[情報子]を操る力を持っている。

 それは、できることがない[情報総合体]にとっては羨ましい事であった。

『こちら第五階層尊きハイレイヤーの放送でございます。ゴミの寄せ集めの住人諸君、私たちのありがたーいお声を拝聴しているかな?』

「…」

『今回は何もできやしない君たちのために、時刻を教えにしてあげてるんだよぉ?感謝してよねー!』

 女の[職人]の声があたりに響く。それを聞き、住人の[情報総合体]たちはもれなく嫌そうな顔をする。

 その理由は当然、現在なされている放送だ。[職人]は技術をもっているが、それによって思い上がり、自分たちこそ選ばれしものと思っているのが多い。それが見下しと言う形をとり、今のような言葉や行動に現れているのである。

 このようなことがあるため、多くの住人から[職人]は羨まれると同時に嫌われる対象であるのだ。

 …ちなみに、ハイレイヤーとは[職人]のつくった組織と所属員を表す名称で、この[廃棄域]の五層にいるのは、その下位構成員三人である。

『ただいまは、現実基準で行くなら、午前八時になりまーす。愚かな群衆はありがたく聞くんだぞー?分かったなぁ?じゃぁさよなら!くそほど役にも立たない愚物たち!』

 プツンと言う音共に、放送は終了する。

「……。…とりあえず、授業に、行きましょうか」

 嫌な気持ちを振り払うかのように別の方を見ながらルキューレは言い、カワシュはそれに同意。

 一緒に席を立ち、窓とは反対側にある扉へと向かう。

 そんな彼らはこれから、ルキューレの言葉通り、授業と言うものに行く。

 この第一階層を支配する一人の[情報総合体]が毎日行っている、強制参加のそれに。

「…教師AZが行う授業。くれる情報は大変ありがたいんですけど…もう飽き飽きですね。ネタが尽きたのか、同じ内容を繰り返すだけになってますし」

「確かに、くそ雑魚お兄ちゃん」

 放送が行われる前のテンションに戻り、二人は言う。

「…ほんと、何かないもんですかね?」

「なにか今までにないくらい面白いの…」

 カワシュはルキューレの言葉に続けていった。

 その言葉を受け、彼は何かを思い出す。

「…そういえば、噂がありましたね」

「…噂?」

 聞き返すカワシュに振り向き、ルキューレは続ける。

「一年くらい前。カワシュが来る少し前でしたか。あの頃、噂があったんです。謎の女の子が新しい娯楽をやろうとしたっていう」

「…そういえば、そんなのも…」

 一年前と言う単語にびくりとしたカワシュは言う。

「…一週間もしないうちに姿を消してしまって、以降見かけることはなかったとか」

「…えっと確か、今までにない何か凄い面白いものをやるから協力してって言ってたとか…」

「そんな感じです。会った人は興味を惹かれて快諾したという話も聞きますが、結局その女の子がいなくなって、ただの暇つぶしの嫌がらせとか言われていましたね」

「…まぁ、そうなるよね」

 退屈を極めた[情報総合体]の中には、嫌がらせをして快楽でも得ようとする輩も多少いるのである。

「…その女の子がもし本当に言葉通りのことをしようとしていたなら。また現れてくれませんかね、僕たちの前に」

「……」

「…現れてくれたら、協力してもいいものですが」

「…くそ雑魚お兄ちゃん」

 カワシュがどこか沈んだ声で呟く中、ルキューレは話を切り上げる。

「…おっと。あまりもたもたしているとAZに捻じられる羽目になります」

 ルキューレはカワシュの手を引き、扉を開けにかかる。

「さて、行きましょうか、カワシュ」

「…あ、うん。くそ雑魚お兄ちゃん」

 カワシュが頷き、ルキューレは扉を開ける。

 いつもの通りに。

 …だが、一つ違うものがあった。

「…私よ!その女の子は!」

『!?』

 突如、大きな声が発せられる。

 出所は二人の目の前。空いた扉の先にある。

「ふふふ。凄く、凄く、凄くて」

 言葉を続けるのは一人の少女。装甲を兼ねたサイドスカートを持つ、黒のボディスーツを着ている彼女だ。

「…そして楽しめる。新しい娯楽」

 彼女は嬉しそうに笑いながら、右手の人差し指を、ルキューレたちへと突きつける。

 それと同時に、その二房の灼熱色の、狐のしっぽのようなロングヘアーが揺れる。

「そうそれは!」

 少女は勢いのまま声をさらに張り上げ、言った。

「……私たちが用意したわ!」

「…なんと?」

 ルキューレは驚いた様子で少女を見つめる。

 一方のカワシュは急に黙りこんでいた。

「…ああ、自己紹介がまだだったわね」

 少女は自身の胸に手を当て、二房の髪を揺らす。

 そして。

「私はリメ。凄く面白い新たな娯楽を始めるものよ!」

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