[第一章:日常。遊戯の復活。]その2
[廃棄域]第五層。
そこは[職人]たち数人が、吹き抜けの穴以外のほぼ全てを支配する場所である。
他階層が[情報総合体]が無秩序に転がっているのが大半なのに対し、そこはとても綺麗であった。
具体的には、漆黒かつ立方体の建物が四方から伸びており、巨大な構造を形作っている。建物ごとの高さは狙って変えられており、そこには一定の規則が見て取れ、見るものに美しさを感じさせた。
そんな第五層の端の端に、その小屋はある。
「VBちゃん。今日も暇?」
[廃棄域]の歪な内壁を背に、小屋は立っている。
その見た目は随分と脆そうで、ところどころ崩れているかのように見えた。
…まぁ、実際は壊れているのではなく、そういう[情報総合体]である。
そんなものを住みかとして、VBと呼ばれた巨乳の女性は日々を過ごしていた。
「…記印」
もとより小さな倉庫程度しかない大きさの関係上、人一人がせいぜいの空間しか内部にはない。多数の穴から外を覗けるそこに、VBは座っている。
恰好は体に張り付いた黒と白のボディスーツだ。水色のロングヘアーは宙で折れており、タコのような髪形を形成していた。
「…VBは、暇な方がいい」
無表情な彼女は、淡々と返す。その視線の先にいるのは、一人の少年だ。
頭巾をかぶり、首から下をきんちゃく袋にも見える衣服で覆っている。
「つまりは暇なんだね?」
嬉しそうに少年、記印は言う。表情は先ほど現れたときから笑顔のままである。そしてそれは、常の事でもある。
「…否定は、しない」
VBは自身の胸をつつきながら返す。
どことなく面倒くさそうな態度ではあったが、記印は気にしない。
むしろ一層嬉しそうになり、口を開けて言う。
「暇ならみてよ!僕[職人]から新しい遊び道具貰ってきたんだよ!」
「?」
VBが視線を向けると、記印の両手の中には、球体上の機械らしきものがあった。
中心には赤色のクリアパーツが使用されており、その周囲は紫の外装でおおわれており、継ぎ目には金色の縁取りがある。
それを見て、VBは眉を顰める。
「…また。[職人]に体を?それとも剥かれてデッサン対象にでも?」
「うん。急に裸に剥かれてエロ同人の素材にされた。今度別のハイレイヤー組員に売りつけるんだって」
笑顔のまま、記印は頷く。
その発言の内容のひどさに対し、その様子は不自然なほど明るい。
もし嫌な気持ちがあるのなら、もう少し変わってきそうなものであるが…。
「…なぜ。あんな危険人物たちに関わる?」
少し怒気を孕ませ、VBは言う。意図せずか、近くにあった藍色の鋼鉄の槍に右手が伸びている。
「VBちゃんのためだよ。…そう、僕はVBちゃんのために!VBちゃんはVBちゃんのために!これで完璧な理論!」
やたら興奮した様子で、記印は言う。
「VBちゃんのためなら何されても気にしないよ。なんてたってVBちゃんのためだからね」
彼は満面の笑みで言う。そこには一切の裏表がなく、ハイレイヤーにやられたことへの苦痛の存在など一切感じさせない。
どうやら、彼は言葉通りの心の在り方をしているようだ。
「……」
いつも通りの記印の様子を見て、どこか呆れ気味なVBは数秒の沈黙の後、
「……相変わらず変なの」
ため息をつき、右手を腰に戻す。
そんな様子を気にしない記印は、球体をVBの目の前に差し出す。
「それより見てよ!これ横のスイッチを押すとね…」
「押すと…なに?」
どうでもよさそうに言うVB。
それを見て、楽しそうに目を三日月型にし、記印は球体のスイッチを押した。
「ウイルスが発生するんだよ!偽物だけど!」
「…!」
瞬間、球体が中心より粉砕される。
原因は槍だ。壁を粉砕し、振りぬかれた槍が、球体を貫通。その瞬間に、内側からダニのようなものがはみ出ていた球体は、砕け、溶けるように消えていく。
「……ウイルス」
最後に残ったのは、空中にひらひらと舞う0と1だけであった。
「暇を潰せたね?やったー!僕もうれしい!」
記印は嬉しそうに飛び跳ねる。
その度に頭巾が頭から浮かび、その下に隠れた短く縛られた二房の髪を見ることができた。
「…。暇つぶしでこんなの持ってくるなんて」
無表情からあきれ顔に変わり、VBは言う。
「本当に困った[情報総合体]」
目の前で飛び跳ね続ける記印を見ながら、彼女は呟く。
そして、ふと思う。
(…あの[情報総合体]も)
脳裏(脳はないが)をよぎるのは、とある少女の姿だ。
(困った、やつ)
VBは、一年前を思い返す。自身を恥じ、こんな場所にいる原因となった、ある戦いのことを。
(おとなしく、しているのだろうか……)
もし、そうしていなかったら。自分はどうするべきかと、VBは思う。
(……万が一にも、再び画策しようものなら)
やはり…。と、VBが考える中、声がかかった。
「VBちゃん、なに考えてるの?」
「……記印は考えなくていいこと」
あしらうかのように、VBはやや適当に答える。
が、それで何かを察したのか、彼は再び目を三日月にする。
「つまり重要なことだね!」
「…」
(確かにそうだけど)
いつも通りどこか鋭い彼に、VBは若干の寒気を覚える。
一年前までは、一切なかった感覚の一つを。
「まぁ、相談してくれてもいんだよ、VBちゃん!僕はいつでも、どんな状態でも、例えうわさに聞く流出病になってても、VBちゃんのいうこと聞くから!VBちゃんのために、なんでも!別のことをしたくなったら手伝うし!ウイルスとか、一年前のあいつらが再起したときとかでも、勿論潰すの手伝うから!」
「そう…」
(なんで記印はこんなに…寒気がする)
決して、言われて嫌な気持ちはしない。長らく一人で活動してきた彼女にとっては、嬉しい事でもある。
が、理由も判然としない状態で、自分に傾倒するような発言をされ続けては、そう感じてしまうのは、やや仕方のない事と言えた。
「…VBちゃん」
記印から目線を逸らしつつ、寒気でもしたように震える彼女を見て、彼は呟く。
「…何かあったら、VBちゃんのために動くからね。いつでも」
彼女に過度に入れ込んでいるが故の、純粋さと不気味さを兼ね備えた笑みを。
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