[第四章:決戦。悪意の裏切り。]その1

 突如、画面からの大音量が響き渡った。

『はぁい、こんばんわぁ♡』

 [廃棄域]の全階層に、ブラックリメの声が流れる。

 画面があちこちで一斉に表示され、彼女の顔が映る。

 そして彼女は妖しく笑いながら、自身の胸に手を当てて名乗る。

『私は』

『ブラックリメ…』

 震えるカワシュの肩に手を置いて乗りかかりながら、である。

『…私はね、あなたたちを可愛くしてあげるわ』

 ブラックリメはそう言って、画面から一旦姿を消し、数秒後に戻ってくる。

 彼女は画面の中央に来ると、手に持っているものを正面に掲げる。

『この、ウイルス発生装置を使ってね?』

『…ひっ』

 怖がるカワシュを余所に、ブラックリメは説明を行う。

 手の中にある、壺のようなものについて。

『これはねぇ♡ウイルスを一体、発生させられる装置なのぉ♡これがあれば、この[廃棄域]に…私は関われなかったぁ、あの惨劇をもう一回起こせるのよぉ♡』

 背中に背負う巨大な、楽器のオカリナのようなものと、奪ってきたらしいノイエの杖も見せながら、彼女は続ける。

『そうすれば、みんな可愛くなるわぁ♡泣いて、恐怖して、消えて、いろいろで。聞いてるのはそんなにいないと思うけど、聞いたみんなはぁ、せいぜい恐怖して逃げまどってねぇ?』

 ブラックリメはそこで言葉を切り、今まで最も悪意に満ちた笑顔を浮かべる。

『[廃棄域]は今夜で崩壊。…明日はぁ、来ないわよぉ?』

 そこで、下にあるもの映したのち、画面は消える。

 記印から貰ったカメラの前で、カワシュはブラックリメに早く離れてほしいというかのように、体を大きく震えさせる。

「…可愛いわねぇ♡」

 そう言ってカワシュから離れるブラックリメの視界に、あるものが飛び込んでくる。

「さぁて。わざわざ言ったんだから、あの四人ぐらい来るでしょうけど。でも、これは倒せないわよねぇ♡」

 彼女の足元。そこにあるのは、二十メートルほどの巨体だ。

 カワシュを三頭身にデフォルメした、人形のような物体が、[廃棄域]第七階層の地面を歩いて行っているのである。

「…最悪の事態を防ぐためにやってきても圧倒的な敵の前に敗北。何もできず、[廃棄域]が地獄と化す様子を見て絶望する…みぃんながぁ、最高に可愛い姿を見せてくれるわぁ♡」

 ブラックリメは嬉しそうに言い、背中に紐でぶら下げた、ノイエの杖を見る。

「私はなんの操作もできないけどぉ。これを押さえている以上、[フィールドガジェット]を使って物量戦で〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉を倒すことはできないわぁ。だって使用許可は出せないし、見放された住人の説得もしてられないしぃねぇ♡」

 せいぜい、あちら側の戦力はルキューレとVB程度。それでは、カワシュの技で出現した〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉を倒すことはできない。

 圧倒的大きさの差の前には、彼らは無力だと、ブラックリメは言う。

「…飛べても伸びる腕には対処しきれないしねぇ♡他の住人も抵抗できるわけないしぃ、完璧ねぇ。みんなの可愛い表情が、見放題よぉ♡」

「…くそ雑魚お兄ちゃん」

 ブラックリメが嬉しそうに笑い、カワシュが鳴きそうな声で呟く中、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉は、第五層へ向かって進んでいく。


▽―▽


「…つまり、ブラックリメを打倒しなければ、全てがおしまいと言うことですね」

「なるほど。そのブラックな私を倒せば、万事解決なのね!」

「その通りです」

 頷くルキューレやリメ、ノイエ、VB、記印の五人は、ブラックリメたちを追いかけていた。

 その中で、ルキューレはリメに状況の説明をしていたのである。

「まぁまったく、迷惑な話ですね。ブラックリメがこんなことを画策していなければ、大会が中止に追い込まれることはなかったのですから」

「…そうね」

「…リメも迷惑だったんじゃないですか?僕にはよくわからないですが、大切な弟のことがあるんでしょう?」

「ええ。ノイエから聞いたの?」

 リメの問いに、ルキューレは頷く。

「あなたたちが捕まったことに納得できなくてですね。侵入させてもらったときに、ちょっと事情を聴いたんですよ」

「そう」

 それを聞いたリメは、ルキューレの方を向き、にっこりと笑う。

「…ありがとう」

「はい?何がです」

 首をかしげるルキューレ。

「…私、捕まって、みんなに失望されてね。結構、つらかったの。みんな、やった記憶ないことで責めてきて…。でも、ルキューレは無実って信じてくれた。嬉しかったわ。だからよ」

「そうですか。…まぁそれはそうとして、今はブラックリメです」

「…そうじゃな」

 ノイエが会話に入ってくる。

「儂らは、あやつらが五層へ行く前に捕縛する必要がある。だが、戦力は限られておる」

 彼女は、先ほど空中で流れた、ブラックリメとカワシュの映像に映っていたものに言及する。

「ルキューレ、お主とVBだけで、あの巨体を攻略せねばならん。おそらくあれは、[フィールドガジェット]による、常時出現型の技じゃ。体力は無限に等しいじゃろう」

「…姿から見て、あれはおそらくカワシュの物。となれば、彼女をどうにかする必要があります」

 去り際の彼女の発言を思い出しつつ言うルキューレに、VBが口を挟む。

「…奴は自ら協力している。VBにやったような説得は聞かない。確実に排除しにくる」

 してやられたせいか、表情を険しくするVBに、記印が言う。

「いやいや、VBちゃん。さっきも言ったけどカワシュちゃんは」

「カワシュはおそらく、嫌々やっている感じです。事情は分かりませんが、それは間違いないです」

「…ならば、意地でもこちらを負かしに来る…ということはしてこなさそうじゃな」

「…だとしても、あの巨体どうする?」

 VBが問う。

「…VBはウイルスなら、大きさ関係なく消せる。…けれど、そうじゃないなら無理。槍でつつく以上はできない」

「…そうですねぇ。僕もこの状態なら飛べますが、空中戦が僕しかできない上、狙ってくるでしょうし」

「上にはブラックリメが乗っておる。奴が何か攻撃してくる可能性もある…どうしたものか」

 頑張るとしか言えないリメを除き、三人は頭を悩ませる。

 ノイエの杖が奪われ、[フィールドガジェット]の許可でもって戦力を増やすことはできない。現状の二人のみで、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉を攻略した上で、カワシュを下してブラックリメも捕縛しなければならない。

 [フィールドガジェット]を盗られているリメと、技術系のノイエはこの場では無力。

 さて、どうするのか。そうルキューレたちが困っていた、ときである。

「みんな」

 記印が手を上げる。

「…こんなこともあろうかと。っていうわけじゃないけど…僕に、いい隠し札があるよ」

 彼はVBのことを見ながら、にやりと笑う。

「任せて、VBちゃん」

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