[第三章:冤罪。悪意の覚醒]その6

「…VB」

 ノイエが牢の向こうから、VBを見る。

「…お前、この二人がどういうやつかは、聞いただろう?それを助けるということは、お前も同類」

 言いながら、VBはルキューレに槍を向けて近づいてくる。

「…ならば、諸共に追放する」

 彼女はルキューレを睨みつけ、彼の首筋に槍を向ける。

 だが、彼は気にせず、彼女を見返して言う。

「…ふむふむ。VB、どうやら君には、大きな誤解があるようでなんですね」

「…誤解?何を」

 馬鹿なことを。そんなことを言いたそうな彼女に、ルキューレは言い放つ。

「二人は、無罪ですよ」

「無罪?…下手な庇い方」

 馬鹿にしたように鼻をならすVB。そこに、ルキューレは続けて言葉をかける。

「…事実を、言っているだけなんですね、これが。彼女らは、ウイルスなんて撒こうとはしていないですよ。そんなことをしたところで、百害あって一利なしです。文字通りね」

 ルキューレは、今しがたのペタの話を思い返して言う。

 もしウイルスを撒くなどということをすれば、それによって彼に害が及ぶ可能性が出てきてしまう。そんなことは、まさしく一つの利もないということだ。

「一利なし?そんなことはない」

 VBは首を振り、ルキューレの言葉を否定する。

「他者の不幸を見たい。だから、ウイルスを撒くことは一利どころか百の利がある。そうだろう?」

「…おや、君には二人が…特にリメが、そんな人物に見えますか?」

「見えるも何も、VBは見た」

 彼女はリメとノイエをちらりと見る。

「そこの二人は一年前のあの日、ウイルスをばら撒いた。今の物より大きい[フィールドガジェット]に詰めたウイルスを、VBに外装を破壊させて解き放つという風に」

 そう言って、VBは一番近くのノイエを睨みつける。

「VBが見たことが、何よりの証拠。それが事実」

 彼女はルキューレも睨みつけて言う。

「ノイエが特にそうだったけれど。お前たちは他人の不幸のためなら、何でもできる。そんな、どうしようもない奴ら」

「……」

 確信に満ちたVBの発言に、ルキューレは一旦黙る。

 そこに、ノイエが口を開いた。

「…確かにその通りじゃ。一年ま…」

「なんですと?」

「ようやく認めたか」

「反応が早いわ!まだ言い終わっておらんじゃろ!」

 そうツッコんで咳払いした後、ノイエは言葉を言い直す。

「VB。確かにお主の言うとり、他人の不幸のためになんでもできるような者…じゃった。儂はな」

「……それは」

 ルキューレの言葉に応えるかのように、ノイエは続ける。

「一年前、儂はリメの気持ちを利用し、ウイルスを撒こうとした」

「その通り」

 VBが頷く。

「……」

 ルキューレは多少察しがついていたために驚きはしないが、特に何も言わない。

「…リメを嫌な気持ちにさせるために。純粋なあやつを、ウイルスで悲しませ、苦しませようとした。弟を消すなり、なんなりして」

「…またリメの方をかばう気?」

 VBの鋭い視線を受けるも、ノイエは話を続行する。

 この際ここで、誤解を解こうとするかのように。

「庇うも何も、あやつは本当にただ、弟のために見世物をしようとしただけじゃ。それだけなんじゃ。儂がそこに協力するふりを、腹に悪意を隠してやっただけなんじゃ」

「自分だけが悪いなどと。まだ言うか。しつこい」

 少し苛立たし気にVBは言う。

「リメは、リメは本当に何も悪くない。一年前も、そして今回もじゃ」

「そうですね。…そもそも、今回に至っては、ノイエも別に悪い事をしたわけじゃないそうですよ?」

 ルキューレが補足する形でVBへと言葉をかける。

 それを受けた彼女は、相変わらず考えを変えない。

「庇いあったところで無駄と知れ。いくら誤魔化したところで、一年前のように、再びウイルスを持ち出したことは間違いない。それはウイルスが感知できるVBから言い逃れできることじゃない」

「…いやいや、言いがかりですって。仮にあったとして、僕でも彼女らでもないですよ。これは冤罪なんですって」

「…儂が一年前にやったこと、そしてまた大々的に動いていることから、お主が勘違いするのは無理ないのかもしれん。だからこそ、言っておくぞ」

 ノイエは牢の向こうから、VBをしっかりと見て、言う。

「お主は、勘違いしておるということを。一年前のことで儂を糾弾するならともかく、それ以外は、ただの言いがかりじゃ。特にリメに対してことは」

「ですね。…ノイエはともかくとしても、リメは何も悪くないです」

 ルキューレもVBをしっかりと見、続ける。

「…分かってくださいよ。じゃないと、大会出来ませんし」

「…お主自分の欲望に忠実じゃなぁ」

 彼の言葉に、ノイエは思わず呟いた。

「……。嘘つけ」

『…』

 言い切ったVBに、二人は身を固くする。

「いくら虚言を弄そうとも、VBは騙されない。ルキューレ、お前も牢に入れる、そしてさっき言ったとおり、諸共に追放する」

 そう宣言し、VBは彼を無力化しようと、槍を構える。

「…話し合いはここまでですか」

 VBの動きに軽くため息をつき、ルキューレも槍を構える。

「…一年前、ノイエによって撒かれたウイルスを全て排除した存在、VB。君がどれほど強いのか。どうしたら意見を曲げてくれるのか。僕にはわかりませんが…」

 彼は吐息し、VBと真正面から見つめあう。

「頑張るとしましょう。大会のために」

「…そう」

 VBは興味なさそうに言って、腰を低くする。

 そして、飛び出そうとしたそのときだった。

「VBちゃん、待って!」

 入り口に繋がる廊下の奥から、聞き覚えのある声が聞こえてくる。

「…おや?この声は…」

「………」

「…いつぞやの」

 VBだけが微妙な表情をする中、声の主が走ってやってくる。

 彼女の後ろあたりで立ち止まったのは、その彼女に入れ込む少年、記印である。

「…記印」

「VBちゃん、そんなに怖そうに言わなくてもいいって」

 水を差されたようなタイミングだったためか、どことなく苛立たし気にVBは言う。

 カワシュはそれを受けても、相変わらず笑ったままである。

「何の用?VBは今、こいつを投獄しなくちゃいけない。ウイルスを撒こうとした連中の協力者だから」

「へぇ、そうなんだ。頑張ってるだね、VBちゃん」

 ルキューレから目は離さず言う彼女に、記印は軽い雰囲気のまま続ける。

「…でも、VBちゃん。どうやらその考え、間違ってるっぽいよ」

「……どういうこと?」

 VBの問いに、記印はうんうんと頷きながら答える。

「…実はね、VBちゃんをサポートするために、僕ずっと調べてたんだよ。リメとノイエのこと。…そしたらまぁ、びっくり」

「びっくり?」

「…VBちゃんは、二人が今回の[廃棄域]でのウイルス発生に関わってるって睨んでたけど、証拠が出ないんだよねぇ、全く」

「…どういうこと?」

「…ノイエと壁越しに話したり、AZを倒すのに協力して信用を得て、いろいろ聞いたり調べたり。二人に隠れて黙ってね?色々、ほんとに調べたんだけど。出てこない。二人は悪い事なんてしてない。弟のペタちゃんのため、見世物するために必死に頑張ってただけなんだよ」

「……それは、そこの連中のただのでっちあげのはず」

 その言葉に、記印は笑顔のまま首を振って否定する。

「いやいや。結構な時間調べたけどさ、どうやらでっちあげでもなんでもなく、ただの現実なんだよ。さっきノイエたちが言ってたことが、ね?」

「…ほほう、ずいぶんとありがたいこと、言ってくれますね」

 ルキューレは笑って言う。

 それに記印は頷き、

「いやいや。別に僕はVBちゃんのためにやってるだけだから。全てはVBちゃんのため、だからね」

「なるほどそうですか。分かりませんが、分かりました」

「…どっちなんじゃい」

 などとツッコむノイエを余所に、姿勢はそのままに、VBは記印に視線を投げかける。

「…本当?」

「いやだなぁ、VBちゃん。いつも僕がVBちゃんのために頑張ってるの知ってるよね?そんな僕が、VBちゃんに適当なこと言うわけないじゃん。確証はあるよ。ノイエとリメは悪いことしてないよ。僕は最初こそそう思ってたけど。違ったってオチだね」

 記印は笑いながらそう言う。

 彼の言葉を受け、VBは少し考えるそぶりを見せる。

 …そして十数秒後、彼女は槍を下げた。

「記印がそこまで言うのなら、VBの勘違いなのかもしれない」

「…ようやくわかってくれたか」

「…随分頑固で困ったものでしたが、言葉を駆けられる相手によっては、こうあっさりと南下するものですか」

 軽く吐息し、ノイエとルキューレは安心した様子を見せる。

「……ウイルスを撒こうとしていないというのなら」

 そこで、VBが言う。

「…解放していい。二人を」

「お、ありがたいです」

「…ノイエは、一年前のことで話すべきことはあるけれど」

 VBはルキューレから視線を外し、ノイエを見て淡々と言う。

「…ああ。それなら大会無事終わった後に、聞こう。儂は逃げも隠れもせん。なんならずっと監視しておいても構わんわい」

 そういうノイエを閉じ込める牢を、ルキューレが手早く開ける。

「これで一人」

「…感謝するぞ」

「どうもです。…そして、後は」

 言って、ルキューレはリメのいる牢へと向かう。

 彼女は寝ているのか沈黙しており、これといった反応を示さない。

 ルキューレはそのことは特に気にせず、すぐに牢を開錠。

 中の彼女の元へ行く。

「待たせてすみませんね、リメ」

 言いながら、彼女を起こそうとする彼の背後。

VBが、呟いた。

「…ウイルスをばら撒こうとしたのは、リメとノイエではない。なら、誰が…」

「そこまでは、僕はまだわかってないんだけど…一体」

「誰なのじゃろうな」

 その時。

『私が、犯人よ』

 リメが…いや。その中にいる彼女が声を上げた。

「!?」

 リメの口の奥から響く知らない声に、ルキューレは驚く。

 そして、そんな彼の前で、リメの口から何かが出てくる。

「…な、なんですか、これは!?」

 突然のことに驚き、尻もちをつく彼の前で、現れた存在は立ち上がる。

「…はぁ。ようやく生まれられたわねぇ♡」

 その背丈は、リメと同じくらい。ただし、それ以外はすべて違う。髪は途中で三束に分かれた長いもので、体を覆うのは紫色の被膜。頭には三本角のついた兜がついており、その下の目は、紫色に光っている。

「…今までは、夜に主導権握れるだけの、第二人格じみてたけどぉ♡これからは別個の、個人としてぇ、活動できるわぁ♡」

「…誰じゃ、お主」

 ノイエが警戒心をあらわにしながら、リメの口から出てきた存在に問いかける。

「…私?私はねぇ」

 そこへ、新たに一人の声が発せられる。

「…ブラックリメ」

「…カワシュ!?」

 再度驚き、入り口を向くルキューレの視線の先には、カワシュが立っていた。

「…そこに、いるのは…ブラックリメだよ。くそ雑魚お兄ちゃん」

「ブラックリメ?どういうことです?」

 何かを恐れているかのように、小刻みに震えるカワシュに、ルキューレは問いかける。

「…ブラックリメは、リメの中に生まれた新しい[情報総合体]…らしいよ」

 震えながらも、カワシュはルキューレを見つめ、しっかりと情報を伝える。

「リメも、流出病患者だったということなのか…!」

 ノイエが驚いた様子で言う中、ブラックリメは頷く。

「そうよぉ♡リメも、その流出病と言うもの。私はその中で生まれた存在。そして…」

 そこで言葉を止め、ブラックリメは笑う。

「…これから、この[廃棄域]を嫌な感情で埋め尽くしてあげるわぁ!リメが冤罪で責められた以上の苦しみを!ウイルスを撒いて!」

「なに?」

 険しい顔をして踏み出すVB。

 ブラックリメは彼女に槍を向けられるが、特に気にしない。

「…ウイルスを扱おうというのなら、追放する」

 ルキューレは警戒しつつもリメの足を引っ張り、そそくさと牢から抜け出す。

 ブラックリメはそれを見つつも、あえて見逃した。

「…うふふふ。逃げても無駄よぉ。これからすぐに、この[廃棄域]は、ウイルスでいっぱいになるわ」

 にやつきながら彼女は続ける。

「…私の手で。対処できない数を撒かれてね」

「…ほざくな」

 言って、VBはブラックリメが抵抗できなくなるよう、体を変形させるために槍を突き出す。

 だがそのとき、背後からあるものが迫ってきた。

「な……!?」

 大きな足だ。三頭身ぐらいの人形のように、簡略化された形状の足が、VBを勢いよく壁に叩きつける。

 その際、ブラックリメは槍が掠って顔が多少変形しかけるが、慌てて無理に伸ばして戻す。

「…うふふふ」

 VBを嘲笑うかのような笑顔を見せ、ブラックリメは牢を出る。

 そして、入り口に立って攻撃を行った…カワシュを見る。

「…カワシュ、何を…!?」

「…くそ雑魚お兄ちゃん」

 リメの[フィールドガジェット]を付けたカワシュは、悲し気に目を伏せる。

「…助けて」

「…それは、どういう」

 急な事態に、さすがに飲み込み切れないルキューレを余所に、カワシュは巨大な足を消滅させる。ついで、空中の技名の表示と共に巨大な腕を出現させ、ブラックリメと自分を握らせる。

「…お主!」

 足に邪魔されて手出しできなかったノイエが、ブラックリメを糾弾するかのように言う中、彼女は再度笑う。

「…さぁ、終わりのときよ。これより私たちは、五層へと向かうわぁ♡そこでウイルスをコピーできる兵×100をハイレイヤーから貰って、私はぁ♡惨劇鑑賞としゃれこむわぁ♡!」

 その言葉とともに、二人は腕と共に高速で後退し、一瞬で姿が見えなくなってしまう。

「…まさか、道中で通り過ぎたものが、黒幕の協力者だとは」

「…でも、根っからのじゃ、なさそうだけどね」

 VBと記印はそう言い、ルキューレたちの方を向く。

「…黒幕が自分から名乗り出てくれたね。…そして、やろうとしていることは、ウイルス撒き。こうなってくると、僕たちは、主にVBちゃんは彼女らをとめなきゃいけない」

「そうじゃろうな。…それを儂らに言うてくるということは」

「うん。協力してもらってもいいかな?前、AZを倒すの手伝ったし」

「…まぁいいじゃろ。少なくとも儂は。流石にウイルスを撒かれるのは、リメが困る」

 ノイエは頷き、ルキューレの方を見る。

「リメには後で話すとして、お主はどうする?」

「……ふむ」

 ルキューレはリメを抱えて立ち上がり、カワシュの消えて言った廊下を見る。

「…どうやら、さらに頑張る必要が、ありそうですね」

「…どういう意味じゃ?」

 ルキューレの言葉に、ノイエは怪訝な表情を浮かべる。

「…まぁ、カワシュを助けるとか、ブラックリメの凶行を阻止するとかです。ま、つまり…」

 彼は三人の方を見て言う。

「…一緒に、やりましょうか」

 

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