[第三章:冤罪。悪意の覚醒]その5

「……」

 リメは、悲しみに沈んでいた。

 大会を始めようとしたあのとき、VBたちによって捕まえられ、謂れのない悪意ある言葉にさらされたことで。

「……」

 あの娯楽は、元は大切な彼のためにやるものだった。最初は、ただそれだけのために、一年越しに行動していたのだ。

 だが、そのために多くの住人と関わって行動する中で、期待と信頼の眼差しを向けられ、一緒に頑張った。そのことは、リメには非常に心地よく、楽しく感じられた。

 本来の目的を抜きにしても、大会を皆と楽しくできることが、彼女は楽しみだったのだ。

 それが、冤罪によって最悪のタイミングで崩壊し、裏切ったと誤解され、心無い言葉を突き刺された。

「…うぅ」

 それはとても悲しく、苦しい。

 元の目的も達成できず、自分たちのところへ集まってくれた者たちが離れてしまう。そんな状況は、純粋な心の持ち主であるリメには、十分な拷問だ。

「……」

 そして、追放が決められてしまった今、どうしようもない。牢に入れられる時、その行動への支持を明確にしなかった者たちも、助けてはくれなかった。

 だからもう終わりなのだと、彼女は悲しみにくれてしまう。

「…ぅ?」

 そんなとき、話し声が聞こえてきた。

「……誰?」

 聞き覚えのあるノイエのものだけではない。もう一つ、彼女ほどではないが、聞き覚えのあるものが聞こえてきた。

「…ルキューレじゃない」

 目をゆっくりと開けた彼女は、視界に入ってきた彼を見つめる。

「…どうして」

 リメは視線を横に移す。すると、そこには彼と話す、ノイエの姿があった。

「…どういう」

 なぜいまさら来たのか分からないリメは、二人の会話内容に耳を澄ます。

「…ああ。そういう」

 どうやら、VBらによる捕縛の時は、混乱によって状況に流されていたらしく、改めて、自分たちのことを聞きに来たらしい。

 そして、自分たちが無実ではないかと、彼が思っているらしいことをリメは知る。

(…嬉しいわね。一番協力してくれたルキューレが、信じようとしてくれるのは)

 その事実により、暗かった彼女の心に、光を差し込む。

 もし彼が無実を確信してくれれば、解放してくれるかもしれないから。

 彼が協力してくれれば、大会を今度こそやれるかもしれないのだから。

(…どうか、信じて、ルキューレ)

 …その時だった。

『………よくないわねぇ♡』

 何か別のものが、リメの体を支配した。


▽―▽



 流出病。その言葉を聞いたルキューレは、頭を探りながら答える。

「…噂には、聞いたことがありますけど。確か、膜がどうこうというものでしたね」

 ルキューレの言葉に、ノイエは頷く。

「[情報総合体]は膜があって初めて、その存在が確立され、在ることができる。…流出病は、その膜が…薄い、または強度が極端に弱いなどの諸症状を指す、言葉じゃ」

「…それが、なにか?」

 言いたいことがまだ分からないルキューレはそう言って先を促す。

 それにノイエは応え、続ける。

「…この、治療不可能な、先天的病にかかった[情報総合体]は、ある運命を課せられる」

「…どういうことです?」

「ああ。…極端な寿命な短さ。そして…別の[情報総合体]が、体を犯しながら生まれてしまう、というものじゃ」

「…それに、誰かが罹っていると、いうことですか」

 会話の流れから、そう予想したルキューレの言葉に、ノイエは暗い表情で頷く。

「…リメの、弟…ペタが、そうなんじゃ」

 その内容に、ルキューレは怪訝な表情を浮かべる。

「…弟?[情報総合体]に、現実のような意味での家族はいないはずですが」

 ノイエは首を左右に振る。

「いや。あやつらは例外なのじゃ。…元々、一つの[情報総合体]だったのが、偶発的に割れて、できたのじゃからな。…じゃから、厳密には双子の姉弟じゃな」

「…そんなことが」

 驚いて、ルキューレは目を見開く。

「…それゆえなのか。片割れであるペタは、流出病を患ってしまって居った」

 言って、ノイエは目を伏せる。

「…さっきも言ったが、流出病は、極端な寿命の短さを。罹患者に課す。…故に、ペタは生い先が短かった。体に別の[情報総合体]ができ始めてしまったのもあってな」

「……」

「…リメはの。そんな、大事な彼のために、消える前に見せようとしたのじゃ。できるだけ派手で、面白い、そんなものを」

 そこまでで、大方の事情を理解したルキューレは確認のように、尋ねる。

「…それが、[フィールドガジェット]を使った、武闘大会だと?」

「そうじゃ。儂らはそのために、動いておった」

「…なるほど。そういう事情でしたか」

 ルキューレは思う。

(時間がないから急いだ。大事な弟のためだからあそこまで、ですか)

 ルキューレ含め、[情報総合体]には基本、本物の家族は存在しない。故に、本質的には、リメの気持ちと言うのは良く分からない。

 特に彼は、誰かのために動いたことなど基本なかったため、表面上の情報しか理解できない。

 共感しかねるとしか、言うしかない。

(…ですが)

 彼は思う。

(そういう事情がある…というならば)

 「…これは、僕も頑張らないとですね」

「頑張る?」

 何がと、ノイエは言う。

 それに、ルキューレは笑って答える。

「君たちを解放したのちの、VB達の説得とか、大会を改めてやるため、早急にやるべき、諸々のことですよ。あんまり悠長にやっていると、この大会、意味がないらしいじゃないですか」

 ペタが消える前にやらなければならない。

 もしそれが達成できなければ、仮にやったとしても、本来の目的が達成できなかったという、悪い事実がついて回ることとなる。

 事情があることを知った今、そうなってしまえば、純粋に大会を楽しむことはできない。

 だからこそ、そうならないために積極的に動く必要があると、ルキューレは考える。

(僕も取り組み方を変えなければなりません。今までは時間が無限にあることを前提とした、やれれば良いという考えでしたが、これからは…)

「なんとしてもやる。そういう意識でやっていきますよ」

「は、はぁ、そうか。好きにするといいのじゃ。儂らにとっては好都合じゃし」

 心を燃やすルキューレに戸惑いながら、ノイエは言う。

「…では、さっそく動かなければなりませんね」

 そう言って、ルキューレは牢の鍵を鍵穴へ向ける。

 この牢の[情報総合体]の形状に合わせ、かつて住人の依頼でハイレイヤーによって作られたその鍵は、確実に扉を開け、ノイエやリメを解放してくれる。

「開けますよ」

 そう、彼が鍵を鍵穴に差し込もうとした時だ。

「…襲撃者と聞いてきてみれば。何を、している…?」

 言葉を聞いた二人が入り口を向く。

 …そこには。

「協力者、だったのか」

 ルキューレを見て佇む、VBの姿があった。


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