[第三章:冤罪。悪意の覚醒]その4
「…なんじゃ?足音?」
ノイエは顔を上げた。
そんな彼女がいるのは、暗めの牢の一つだ。
この区画は、中央に廊下を持ち、その左右を三つずつの牢が囲う形になっている。
ノイエはその中の、入り口から見て右側、最も手前の位置の牢に入れられていていた。
「…誰か、来るのか…?」
「…」
彼女は、徐々に近づく足音に言及しつつ、自分とは対角線上の牢に囚われたリメを見る。
「…リメ」
名を呼ばれる彼女は、目尻に涙を浮かべ、牢の中で静かに寝ている。
「…儂が、一年前に真面目にやっておれば、勘違いされることもなく、もっと早く、できたんじゃろうなぁ…」
ノイエはリメを見ながら、自嘲気味に呟く。
「…ああ、嫌じゃ。自分が」
彼女は、いつものように自己嫌悪する。それがまたいつものように、彼女の機嫌を若干悪くし、その態度を良いとは言えないものにするのである。
「…儂の過ちは許されん。例えリメがいいと言っても、じゃ。だからこの一年…ペタの治療も頑張ってきた…ダメじゃったが」
愚かな自分を嗤い、彼女は続ける。
「…結局、償おうとする過ちの存在のために、こんな事態を招こうとはな。…VBは儂の話など聞かんし。もうダメかの…すまん、リメ」
彼女に向かって、頭を下げるノイエ。…そこに、声がかかった。
「…おやおや?君にしては随分な様子ですね。いつも高圧的だったり、不機嫌そうで感じ悪いのに」
「…お主は」
ノイエは顔を上げ、入り口の方へ視線を向ける。
「…いや、相変わらず不機嫌そうではありますね」
「…ルキューレか」
薄暗い入り口の奥から姿を現したのは、[フィールドガジェット]で姿を変えたルキューレである。
「…まさか、本当に来るとはな。…ダメもとでお主のを解除しておいたのが、活きるとは」
「…ええ、おかげさまで門番が倒せましたよ。…恨み強い住人の言う通りに捨てなくてよかったです」
元々彼は使わずにここに来るつもりだったようだが、門番を見て、使えないか一応試したことで、使用可能であったことに気づいたらしい。そのおかげで、ここまで来れたようだ。
期待してはいなかったものの、所持品を奪われる前に抵抗し、杖で許可を出していたのが、功を奏したようだ。
「…しかし、お主なんのようじゃ?儂らを助けにでも?」
そうしてくれれば、リメが危険な[廃棄域]の外に放り出されるという最悪の事態を回避できるため、少し願望を交えてノイエは聞く。
「…それは、話の内容次第ですね」
「話の、内容…?」
「ええ」
ルキューレは頷き、続ける。
「…僕は確かめに来ました。君たちが本当に、VBの言うようなことを、しようとしたのかを。あのときは、混乱して確かめるのもままならかったですし」
「…お主」
ルキューレのいつになく真剣な表情に、ノイエは少し驚く。
「僕は、VBの話を聞いた時から…おかしいとは思ってたんです」
「ほう」
「君たちは、急いでいた。…必死だったとも言えるのかもしれませんね。大会をやるのに」
「…それは、そうじゃな」
「ですよね。そんな…僕とは違う取り組み方。意識の差。…それは、果たしてウイルスを撒くような、悪意故のものだったのか」
ルキューレはそう言うと、ノイエが反応する前に、すぐに首を左右に振る。
「…違うでしょう。悪意はないと、僕は考えています。特にリメは、彼女は娯楽に関する一連の行動を、純粋に楽しんでいるところもあった。そんな彼女に、悪意があるとは到底思えない」
「そりゃそうじゃ。リメに悪意なんてない。あやつはただ純粋に、頭が少し弱いだけの、いい奴じゃ」
ノイエはリメをちらりと見て言う。
「…僕と同じ認識ですか」
言って、ルキューレは話を戻す。
「……間違っても、ウイルスを撒くなんてこと、ないでしょう。…そもそもその証拠、出ていないらしいですし」
VBはリメとノイエを弾劾したが、その撒こうとしたウイルスと言うのは、未だ見つかっていない。あるのは、[フィールドガジェット]の中などに、入っているかもしれないという、憶測の域を出ない話だけだ。
「…だいたい、捕まった時にあんな悲しそうで、苦しそうな表情をするリメが、悪人である可能性は、低いですよ。…ノイエ、君はちょっとわかりませんが」
「……」
その言葉に、ノイエは沈黙する。
「…?」
彼女のその様子に、何かあると思った様子のルキューレは、彼女へ問いかける。
「なんか、後ろめたい事でもあるんですか?…まさか、君だけはウイルスを撒こうとし…」
その瞬間、ノイエは大声を上げた。
「しとらん!もう二度と、するものか!…なにせそれは…」
「……それは?」
急な大声に驚いたルキューレは、ノイエに続きを促す。
「…リメを、悲しませた行為じゃからな」
彼女は視線を下げ、一年前を思い出しながら呟く。
純粋なリメを裏切り、悪意を持ってウイルスをばら撒こうとし、VBによって想定とは違う形でこそあるが、達成されたあのことを。
事後に、自身の悪意が露わになった時、リメが何も言わず、ただ静かに泣いた、あのときのことを。
「……」
ルキューレは、顔を歪めるノイエを見て、何かを感じ取る。
「…どうやら、嘘じゃなさそうですね。流石に」
「…嘘なわけがあるか。あれはどうしようもない、自業自得の現実じゃ。…儂自身は、何にも害を被っておらんがの」
一方的に与えただけだと、ノイエは付け加えた。
「…確認しておきますが、リメもウイルスを撒こうなんて」
「…しとるわけがなかろう!」
「…そうですか」
ルキューレはうんうんと頷く。
「…安心しました。どうやら、君たちは無実のようです。…いやまぁ厳密には、ノイエは一年前にやらかしたようですが」
「…」
その通りゆえに、彼女は特に何も言えない。
「…まぁ、反省してるようですし、あんまり害を受けたわけでもない僕にとっては、そこまでの話ですかね」
ルキューレはそう言って、一旦その話を締める。
そして、次の話題に移る。
「…君たちは無実。ならば…大会をすることに、なんの後ろめたさもありませんね」
「…?ああ、それはそうじゃな」
急に大会の話を出されて、少し混乱してノイエは答える。
「ならば、ぜひともVBらを説得し、大会を改めてやってもらいたいところ。そこでもう一つ、聞きたいことがあるのですが」
「……なんじゃ?」
「…ずっと、気になっていたんですがね。君たち、ウイルスは関係ないとして、何をそんなに急いでたんです?なんか、事情でもあったんですか?」
「…それを聞いてどうするんじゃ?」
「いや、どうにも姿勢に違いがあって、もやもやしたんですよ。教えてくれませんかね?そうしたら、この胸のしこりのようなもの、多分解消されますし。そしたら、出してあげますよ?」
そう言って、ルキューレは武士からもらった鍵を見せる。
「…いいじゃろう」
ノイエは頷く。
(リメには無断になってしまうが、このままではいかんからの。儂らのこの先は、こやつが握っておるし、従う他ない)
そう思い、ノイエはルキューレに言う。
「流出病と言うものを、知っておるか?」
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