[第三章:冤罪。悪意の覚醒]その3


 VB主導の、リメとノイエの捕縛から半日。

 二人は、第七階層の城の地下、小さな牢に別々にいれられていた。

 翌日には第四階層に存在する外に繋がっている穴から、二人を放り出すことが決定されており、今はその準備に向け、VBたちは動いている。

 リメたちは、その追放処分を服以外の所持品を取り上げられた状態で、投獄されているのである(リメはその際無抵抗で、ノイエは杖で何かをしたものの奪われている)。

 牢自体は[情報総合体]であるため、そう簡単に破壊して逃げ出すことはできない。

 そのため、二人はどうしようもなく、ただ牢の中である。

 今は夜十時ごろであるが、翌朝七時には連れ出され、ウイルスはびこる危険な外界に追放される。このままいけば、二人に残された時間は少なかった。

「…警備ねぇ」

 そんな二人の脱獄を阻止するため、唯一外への出入りが可能な入り口は、二人の[情報総合体]によって守られている。

「…どうしたというのだ?あいつらは危険人物だ。一応何もできないようにしたはずだが、まだ何か隠し持っているかもしれない。この警備は必要なことだ。文句を言う出ない」

「…とは言ってもなぁ。一番強そうだからと任せられたが、なぁ…」

 背中に門と円形の通路を置き、険しい表情で長く発言するのは、ピエロ姿の者。どこかやる気なさげに言うのは、武士のような恰好の、中年ぐらいの見た目の者だった。

「…お前さんは、あの二人が悪者と信じて疑わないようだがな。…特に一年前に大きな被害を受け、VBに感謝している連中はもれなくそうだが…。俺はどうにも信じられん」

「VBの言葉が嘘だとでもいうのか?」

 ピエロが鋭い目つきで武士を見る。

「…いやいや、嘘をついているとは思ってない。…ただなぁ、その内容が必ずしも真実だとは思えないんだよなぁ。部分的に勘違いしてるとか」

「バカな。あのVBがそんなことするはずがないだろう?」

 呆れたように言い、ピエロは首を左右に振る。

「…感謝の念が強すぎるが故の信頼かなにか知らんがね…ちょいと妄信が過ぎるんじゃないか?あいつ、少々他人の話を聞かない傾向がみられたぞ?勘違いで突き進んでいるところがあっても、そう不思議じゃない」

「VBの悪口はやめろ」

「…悪口のつもりはなかったんだが。まぁ、すまんね。…それはそれとして、だ」

 武士は吐息し、続ける。

「…何か、違う気がするんだよなぁ。そもそもノイエはともかく、リメの方に、悪意があったとは思えん」

 言いながら、武士は懐からあるものを取り出す。

「……」

「貴様、まだ持っていたのか。ウイルスが隠されているかもしれないのだぞ。とっとVBに渡して処理してもらえ」

「…どうだろうなぁ」

 武士の手にあるのは、ノイエによって配布された[フィールドガジェット]だ。大会の開催のため、事前に参加者に渡されているものだが、使用には彼女が杖で許可を出さないといけない仕様となっており、今は使えない。

 そして、このまま二人が追放されれば、大会関連の者も全て廃棄され、永久に使えなくなるだろう。

「…お前さんも見ただろう?あの純粋な表情を。あれが、ウイルスをばら撒く悪人の仮面に見えるか?」

「……。だがしかし、VBの言うことだ。彼女はウイルスが感知できるらしい。そして実際に、感知したらしい。なら、間違いない」

「…それは。そうだがなぁ…」

 武士はそれでも、納得できない。

「…本当は、別にウイルスを撒こうとしてるやつが、いるんじゃないのか?」

「…そんなことできるやつが、他にどこにいる?ハイレイヤーの連中だって、ウイルスを撒くのは無害じゃない。自分らの住まいを破壊するまでのことは、あの連中も流石にやらんだろう。だいたい、奴らが黒幕なら、VBは五層のハイレイヤーのとこに行くはずだ。あの二人を捕まえるため、あちこちに声をかけ続けた以上、やはり今ので間違いない」

 馬鹿にしたように鼻を鳴らすピエロに、武士は反論することができず、頭を掻く。

 だが、それでもなお納得ができない様子で、

「……。それでも俺はなぁ。あいつらは…無実、冤罪なんじゃないかって、思うんだけどなぁ」

 そう、言った時であった。

「…実は僕も、そう思うんですよね。少なくとも、悪意は感じられません」

『!?』

 突如として放たれた言葉に、二人は驚き、身構える。

 声は背後の牢に続く通路ではなく、前方の、場内の廊下からだ。

「…まさか、まだ共犯者がいたとは」

「…」

 ピエロの発言に、少々懐疑的な表情を浮かべる武士は、腰の刀を引き抜く。

「……なんだ、お前さんは」

 武士の視線の先、足音を立てながら廊下を歩いてくるのは、槍を持った少女だ。

 彼女は胸に手を当て、

「…僕はル…いえ、名乗るほどのことはない、ただの戦乙女です」

 槍を見せつけるように一回転させて言う。少々楽しそうである。

「…極悪人どもを、奪いに来たか!」

 ピエロは両手に自身の獲物である、ポールのようなものを構える。

「…ふっふっふ。その通ぉりです。おとなしく、明け渡してもらいましょう…」

 言ってから、実際は話を聞きに来ただけですが、と呟く少女。

 それを聞き取り、武士は言う。

「なんか変なやつだな…」

 彼は刀を構えこそするが、どこか脱力している。

「…どこの住人だか知らんが。あの極悪人に味方する以上…分かっているな!」

「…勿論ですよ」

「…同罪のクソ野郎として、追放だぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫び、ピエロは少女に向かって突撃する。

 動かない武士を置いて。

「…まぁ極悪人とは、とても思えないですけど」

 言って、少女はピエロを見る。そして、槍を正面に構え、呟く。

「…必殺」

 その瞬間、彼女の肩に二頭身の女の子が出現する。萌黄色の和服に、桜の枝を手にした彼女は、

『命令をじゅだく。Pを消費!』

無邪気な声で言い、枝で虚空に文字を描く。

そしてそれは、槍の少女の傍らに出現した枠に表される。

〈PSタイプ必殺:クウナギ〉

「ふっ!」

 瞬間、桜色の光に槍が包まれ、それを少女は斜めに構え、迫りくるピエロに向かって走り出す。

「…おいおい、あれは」

 傍観する武士は目を見開き、懐に入れた[フィールドガジェット]に、ちらりと目をやる。

「…一番の見せ場…必殺の技じゃぁ、ないか」

 その武士の呟きと共に、少女は槍を思い切り横に凪いだ。ピエロとのすれ違いざまに。

「のぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」

 一瞬の空白。その後、虚空より生じた衝撃が、ピエロの城の外まで吹っ飛ばした。

「…ふぅ」

 吐息し、少女は武士を見る。

「君も、やりますか」

 その問いに、武士は少し笑って刀を下ろす。

「いや。やめておこう。…ウイルス入りとか言われてるそれを、わざわざ使うということは、お前さんは俺と同じ。リメたちがVBの言う通りには思えないんだろう?」

 頷き、少女は言う。

「ええ、そうですね。あくまでも、推測の域を出ませんが。…ですが、推測だからと行動しないでいれば。…このままでは。あの娯楽は、大会はリメたちの追放と共に永遠にお預けです。それは困ります」

 少女のその言葉に、武士は苦笑する。

「…そうかい。なら、確かめてくるといいさ。俺や、それ以外の何人もが、そうじゃないかと考える真実があるか」

 リメたちは、無実だという。

「…では、行かせてもらいます」

 言って、少女…ルキューレは、武士に開けてもらった門を通り、手渡された牢の鍵を持って、奥へと走っていった。

「…もし、万が一にでも有罪だった場合、どうするかねぇ」

 ルキューレを見送ってから数分後。武士はそんなわけがないと、明確な根拠はないながらも思いつつ、言った。

 …と。

「…ん?」

 誰かが、廊下を歩いてくる。

「あいつかね?」

 吹っ飛ばされたピエロが戻ってきたのか、そう考えた武士であったが、徐々に見えてくる姿に、その考えを否定する。

「…お前さんも、リメに真実を聞きに来たのかい?」

 武士は目の前までやってきた少女に、そう問いかける。

 だが、彼女は首を横に振り、こう言った。

「…わたちぃは…リメ…ううん。…ブラックリメを、迎えに来た」

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