[第三章:冤罪。悪意の覚醒]その2

「……お前は、あの二人の協力者か?」

 VBは、広場の入り口にいるルキューレを見て、そう問う。

「…協力者と言えば、確かにそうですが…」

 状況が飲み込みきれない彼は、とりあえずそう返答する。

 すると、VBは険しい視線を彼へと向ける。

「…なら、捕まえる!」

「!?」

 その言葉と共に、VBは地を蹴る。

 素早く足を動かし、一気にルキューレの元へと迫ってくる。

「…なんなんですか!」

 立て続けに起こる、訳の分からない事態に声を上げ、彼は横に避けようとする。

 …と、そのとき。

「!?」

 あちこちの物陰から多数の住人が姿を現し、彼に覆いかぶさることで、その動きを封じてしまった。

「……ぐ。う、動けません」

「…動くな」

「抵抗は無駄」

 上に乗った住人の幾人かが、そうルキューレに言う。

「…本当、なんなんですか…」

 動けず、呟く彼の前で、VBが停止する。

「…協力者なら、心当たりがあるはず」

「こころあたり?…一体何ですか…」

 VBに槍の穂先を向けられながら、ルキューレは思う。

(…僕はただ、大会のために動いていただけです…それでどうして、こんな事態に…)

 彼は思いながら、城のテラスへ視線を向ける。

 その先には、困惑顔のリメと、おそらくVBを、暗い表情で見ているノイエがいる。

(…あなたたちが、何かしたとでも…)

 自分よりも先に拘束されていたことから、違うとは思いつつも、そう考える。

「……」

 ルキューレは無言で、目の前のVBを見上げる。

(…彼女は…一度だけ、通りがかったのを見たことがあります…)

 彼は記憶を探り、一年前のものを掘り当てる。

(…あのウイルスの惨劇の時、ウイルスを破壊して回っていた人です…!)

 VBは、一年前のウイルスの災厄において、ウイルスを次々と破壊することで、被害を大幅に軽減した英雄的人物だ。

 ルキューレは災厄で受けた害も小さいため、そこまで注目する相手ではないが、大被害を受けた大半の住民は、彼女を英雄視している。ウイルスで全てがなくなるのだけは、防いでくれたのだから。

 そんなVBが動いている。ルキューレは彼女の行動原理をよく知らないが、一年前、ただ一人ウイルスを狩り続けた行動から、今回もウイルス関連ではないかと予測する。

「…とぼけると。けれど、お前があのリメ、ノイエと最も長い期間行動を共にしたことは、ここに集まったすべての住人が証言している。なら、あの二人の真の狙いも分かっているはず」

「…真の、狙い?」

 ルキューレは、二人との微妙な意識の違いを思い出す。

「…今度は、ただの阻止だけでは足りない。彼女らは二度同じことをやった。もう、追放しかない」

「…ちょっと待ってください、なんですかそれは。リメたちはただ娯楽を…遊びをしようとしただけですよ!?それでどうして、追放とかいう話が…」

 問いただそうとするルキューレの話を聞かず、VBは続ける。

「…お前も。追放。この[廃棄域]にある穴から、外へ」

「…!?…いやいやいや、待ってください!訳も分からず、ウイルスだらけの外とかごめんですよ!」

 そう、彼が言った時、聞き覚えのある声が聞こえてきた。

「…待って、待ってよ!くそ雑魚お兄ちゃんは違うの!」

「…カワシュ!」

 ルキューレが視線を左に向けると、彼女が小走りでやってきていた。

「…違う、とは」

「…くそ雑魚お兄ちゃんは…魅了されすぎちゃっただけなの…。リメたちが本当の目的を隠すために見せた娯楽に…。わたちぃが言っても、やめられないぐらいに、虜にされちゃっただけ…」

「…何も知らない、ということ?」

 VBの言葉に、カワシュは少し弱くうなずく。

「…だって、さっきから心底混乱してるでしょ?くそ雑魚お兄ちゃんは、本当に何も知らないの。演技じゃないっていうのも、わたちぃ分かるし…」

「……」

 カワシュの言葉に、VBは黙考する。

 そして、再度口を開く。

「…確かに。そうかもしれない。分かった、自由にする」

 言って、VBは住人たちに手で指示し、ルキュ―レを自由にする。

「…カワシュ、どういうことです。リメたちの本当の目的というのは…」

 覆いかぶさていた住人がどき、立ち上がった彼は、カワシュの方を見て言う。

「…うん。今言ったとおりリメたちは…本当の目的を隠してた。…それは」

「それは…?」

「ウイルスを撒いて…この[廃棄域]に、もう一度…」

 そこで少しカワシュは詰まる。だがすぐに持ち直し、声を張り上げ、続けた。

「一年前と同じ災厄を…起こそうとしてるのぉぉぉぉぉぉ!!」

『………』

 彼女のその言葉に、広場とその周辺に姿を現している住人たちは、無言で頷いた。

「……は?」

 カワシュの発言に、戸惑うルキューレ。

「…リメたちが…?そんな、ことを……」

 彼はまさかとは思いつつも、視界の端のVBの存在から、状況を理解する。

「…リメたちがそんなことをしようと目論んでいたから、VBが現れ、こんなことに…」

「…その通り。VBは、二度目の過ちを犯そうとする二人を確実に捕らえるため、住民たちを説得した。実行タイミングは、二人が最も油断するであろうところ。…そしてそれは、見事に成功した」

 VBは淡々と言う。

「……」

 ルキューレは、それ以上何も言うことができず、城のテラスの方を見る。

 そこには、先のカワシュの大声の発言を受け、より一層の困惑を顔に浮かべるしかないリメと。

「……なんのことじゃ、VB!」

 彼女へ向かって叫ぶ、ノイエの姿が見える。

「…この状況で、首謀者がとぼけると?」

 VBはテラス側に振り向き、淡々と言う。

「…とぼけてなどおらん!儂らには心当たりなどないぞ!」

「…一年前、嬉々としてやっていたお前が言っても、説得力などない」

「…っ」

 その言葉に、ノイエは痛いところを突かれたのか、言葉に窮す。

 歯ぎしりをして下を向き、彼女はVBに言う。

「…確かに、儂はそうじゃった……そうか。それで勘違いを、お主らはしておるんじゃ!儂が悪いんじゃ!リメは何も悪いことはしておらん!!」

「…、違う…」

 ノイエの言葉に、カワシュは少しぎこちなく首を振る。

「リメは…」

「…片方を逃がし、再三やる気?VBはそんなのは、許さない。お前たち二人をきっちり追放する。…もう二度と、ウイルスの災厄が起きないよう」

「…話を聞くのじゃ!儂には償うべき罪があっても…リメは本当に無実なんじゃ!何も、何も悪くなどない…!」

 ノイエは、必死にそう主張する。

 しかし、VBは態度を変えない。

「諦める。お前たちの野望は…頓挫した」

「………くっ」

 ノイエは、もはや無駄と悟ったのか歯ぎしりしをした後、それ以上喋らなかった。

「……ノイエ」

 リメは、そんなノイエを横目に見る。

「…なんなの…」

 そして、悲し気に目を伏せる。

「……当然だろう?てめらのしようとしたことを考えれば」

 彼女らを捕らえる住人が呟く。

「…面白いことをするって期待してたのに…まさか…本当はあれを再現しようとしてたなんて」

「…最低だ」

「…嘘つき」

「…地獄に堕ちろ」

「私はあれで、友達をなくしたのに…」

 英雄視し、それゆえに信じているVBに、リメとノイエがウイルスを撒こうとしていると言われた住人たちは、リメとノイエに侮蔑と失望、落胆の視線を、言葉を投げかける。

 特に、一年前に大きな被害を被ったものたちは。

 そんなことを言わないものもそれなりの数いたものの、リメにとっては、今ぶつけられる言葉だけで。

「…」

 苦しむのに十分なだった。

「…リメ、儂が…悪いんじゃ」

 その様子を見たノイエは、辛そうに顔を歪める。

「……………」

 ルキューレはそれを、この場においては、見ているしかなかった。


▽―▽


「……分かるわ、分かるわ。苦しみが。とっても可愛いわ。ええ、最高ね」

 0と1に満ちた空間で、彼女は言う。

 まだ少しだけ、完全には出来上がっていない体を抱きしめ、嗤う。

「…もうすぐ、もうすぐよ。私は…、生まれる」

 目前に迫る、覚醒の時を心待ちにして。

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