[第三章:冤罪。悪意の覚醒]その1
[廃棄域]第七階層。そこは、住人が転がっている物系統の[情報総合体]を積み上げ、組み合わせ、城と城下町のような見た目を作り上げている場所だ。
そして今、リメとノイエはその城の中にいた。
彼女らの周囲には、多数の[情報総合体]で形作られる、独創的な壁が広がっている。
城は全三層で構成されていて、この壁はその最上層のもの。第七階層全体を見渡せる、テラスへ繋がる廊下の一部なのである。
「…リメ。今、準備は整っておる。カメラもな」
「そう。ありがとう、ノイエ」
リメは笑い、ノイエに頭を下げる。
それを受けた彼女は。
「…いや、感謝されることではないわい。…儂があんな悪意を持っていなければ、一年早くできたのじゃからな」
沈んだ表情で、ゆっくりと顔を左右に振る。
「…そう?ノイエはずっと一年前のあの時から、ずっと私とペタのために頑張ってくれたでしょ?」
「……儂は、償いをしているだけじゃ。それも十分とは言えないものをな…」
ノイエは、地面を見ながら言う。
その一連の言葉には、強い後悔の念が籠っていた。
「…いいのよ、ノイエ。こうして、後少しでやれるんだから」
リメは再度笑い、ノイエを抱きしめる。
「…ありがとう」
「……」
ノイエはその行為に、何も言うことはなく、ただ身を任せて目を閉じるだけだった。
「…さぁ、ノイエ」
リメは抱擁を解き、ノイエに言う。
「ああ、そうじゃな。やろう」
彼女は頷き、リメと共に歩いていく。
巨大な壁に囲われた、広い四角の廊下を。
大会の開始を宣言するために。
「[フィールドガジェット]の使用は許可制に変更。詰めが甘かったルールは大幅に改善した。健全な運営のための監視装置、専用の基礎領域展開装置の設置も完了。未実装の機能も、追加した。…全て、できておる。問題はない」
「流石ノイエね」
自身のやったことを今一度確認するかのように彼女は言い、それにリメは頷いた。
「…もう、テラスは目の前よ。ノイエ、マイクは?」
「テラス側に設置済みじゃ。あとは静かに待機している七階層の参加者やその他の見物人の前で、盛大にやればよい。儂にはない、その人気を活用し、始まりを目いっぱい盛り上げてくるのじゃ」
「ええ。…元々はペタのためとはいえ、私もこの娯楽が、大会が楽しくて、好きになっている。心から、やってやるわ!」
「その息じゃ」
頷きあい、二人はテラスに繋がる扉へ。
「…行くわよ」
「そうじゃな」
そして、二人は扉を開ける。
先に待っているはずの、多くの者たちの前へ。
▽―▽
「…ふぅ。結構かかってしまいましたね。第七階層ともなると、それなりの距離がありますから」
ルキューレは一人、第七階層へと到達していた。
「九時に開会式ということですが…少々時間がありませんね。ハイレイヤーの時刻の放送から結構経ってますし」
ハイレイヤーの塔から、城下町へは少し距離がある。そのため、彼は開会式に間に合うよう、走ることにした。
「…式と言っても、リメの開始宣言でほとんど終わりですからね。遅れたら声しか聴けません」
城と城下町に使うため、そこに至るまでの道には、転がっている[情報総合体]がほとんどない。
地面を構成する[情報総合体]しかないその道を、ルキューレは走り抜けていく。
「…結局、カワシュ帰ってきませんでしたね」
進んでいく中、ルキューレは呟く。
「…いったい、どうしたんでしょうか」
彼は、昨夜寝る前に思ったことを思い出し、若干の不安に駆られる。
「…今まで一年の間、四六時中ほとんど一緒だったのに。…なんだか嫌な予感はしますが…」
そうはいっても、情報が少なすぎて何か分かるわけではない。
「…考えようがありませんね」
(カワシュのことを、優先した方がいいのかもしれませんが…やはり何も分からない以上、どうしようもありません)
とりあえず、開会式に行こうと、目の前のことから終わらせようとするルキューレ。
そう考える頃には、彼は城下町へと入っていた。
「……?」
ふと、彼は足を止める。
「…結構、城の近くにいるはず…にも関わらず、どうして誰もいないのですか?」
開会式のことは、五層の説得が完了したあたりから、協力者や、大会の参加を表明した者に限らず、全ての住人に告知されている。それに興奮し、行くと言っていた住人も相当数存在したことを、ルキューレは覚えている。
…だが、その時の熱に対し、その場は余りに冷め切っている。
「……あれだけの住人が見に行くと言っていた。中継もする以上、自分の住まう階層から出ないことに、後からした者もいるでしょう。…しかし、それにしたって静か過ぎやしませんか?」
ルキューレは再び進むが、誰もいない。奇妙なほどの静寂が、城下町を包んでいる。
「…なんだか、嫌な予感がします……」
言いながら、彼は坂を上る。その先には、テラスを正面から見ることのできる、広大な広場が存在している。
「…思ったより、直に見にくる住人が少なく、広場で収まってしまった。ただそれだけならば、別にいいのですが…」
とは言うものの、彼にはそんな気はしなかった。
そもそも、元から住んでいるはずの住人さえ、見かけないのだ。
この奇妙にすぎる状況では、悪い方向に物事を捉えてしまうのは、仕方のない事と言えた。
「…広場に行けば、分かる話です」
ルキューレはそう言い、坂を駆けあがる。
それと同時に、ハイレイヤーの放送が流れてきた。
『…こちらぁ、ハイレイヤー放送局ぅ。どうしようもない[情報総合体]に、現在の時刻を教えてあげますよ。はははっは!』
ルキューレは坂を上りきる。
『…本当、かわいそうです』
ハイレイヤーの、隠しきれない嘲笑が流れる。
「…こ、れは…!?」
ルキューレは、困惑と驚きに満ちた声を漏らす。
『…現在は九時だなぁ?…そう、思い上がったものたちのぉ。報いを受ける時刻です』
彼は、視線の先の光景に固まってしまう。
『せいぜい、楽しくやるといいぞぉ』
その言葉とともに、放送は終了する。
「……」
ルキューレはただただ分からず、目の前の光景に対し、声を上げる。
「…なんなんですか…これはぁ……!」
彼の目線の先。そこにあったのは。
「…捕縛に成功した」
他に誰もいない広場に、ただ一人、立つVBと。
「……」
「どういう、ことじゃ」
テラスで多数の住人に拘束される、リメとノイエの姿だった。
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