[第二章:説得。秘密への接触。]その9
「…あいつら、なんて生意気なぁ」
「…その通りです」
「…愚物がぁ」
第五層の一角。無数の構造物の一つに、その部屋はあった。
見た目は、学校の放送室のようなものだ。部屋は防音性の壁に覆われ、中に一つ置かれた机の上には、マイクが三つ設置してある。
そして、それを前にして、三人の[職人]が座っていた。
「…とっておきの作品を、粉々にしてくれるとはぁ」
「最悪です」
「…役に立たない者のくせにぃ」
同じ声質で喋る三人の[職人]は、全員ほぼ同じ格好だ。
起伏の小さなか体をノースリーブの和服で包み、その上から白の無地のコート。頭には白の羽根つきのベレー帽をかぶっている。その羽の数は各々違い、喋っている順に一本、二本、三本となっている。
…ちなみに、その下の黒髪も、ポニーテール、ツインテール、三つ編みと言った風に違いがあった。
「…あまりにも思い上がりすぎてるぅ」
「…もっと強烈な、仕置きが必要ですね」
「…あのクソどもにはぁ」
ハイレイヤー三人は、怒りに顔を歪めながら、言う。
指導教員を倒され、BAZも無力化の後、ドリルで消された彼女らは、もはや[廃棄域]の住人…特にリメやノイエ、ルキューレを許すことはできない状態にあった。
見下していた[情報総合体]と、それに協力する低俗な[職人]に、自分たちの作品が次々と敗北したことで、プライドが激しく傷つけられているのである。
「これはぁ…殲滅兵器でもただちに作って…半数消すぅ?」
「疑似ウイルス使うのは賛成ですね」
「…当然だよなぁ?あのゴミども殺るためにはぁ」
三つ編みの言葉に、ポニーテールとツインテールも頷く。
彼女らの頭に、手加減の概念はない。自分たちに逆らう愚か者たちを恐怖のどん底に陥れ、服従させるためには、何をするのも厭わないだろう。
「…せっかくなら、本物ウイルスを散布したいところだけどぉ」
「…それは、[職人]には無害ではないので、仕方ないですね」
「…ノイエはやろうとしたようだがなぁ」
…三人は、一年前のことを思い出す。
壮大な悪意の元、つくられた最初の[フィールドガジェット]。そしてそれへの、VBの攻撃による破損からウイルスが拡散した惨事を。
即引きこもり、どうにか安全を確保できた彼女らにとっては、非常に面白かったことを。
「…とにかく。殲滅兵器量産して、ばら撒きましょうか。そうすれば、奴らも反省するでしょう」
「恐怖でもってぇ」
「二度と逆らおうとはしなよなぁ?」
『その通り』
三つ編みの言葉に、他二人は頷く。
「そうと決まれば、さっそく取り掛かりましょうか」
ツインテールの言葉で、ハイレイヤーたちは動き出す。
自分たちは絶対に害を被らず、[情報総合体]たちのみに大被害を出すために。
そうして、リメやルキューレのやろうとする娯楽も、彼女ら諸共潰し、二度と反抗する意思など示さないように。
「…役立たずの、AZなんて使わずにぃ」
彼女はハイレイヤーの力を誇示するため、三人への服従を条件として、指導教員を与えられていたが、二度敗北した彼女に、もう用はない。
リメやルキューレもろとも、疑似ウイルスで排除する対象だ。仮に生き残っても、三人は既に興味はないし、作品を与える気もなかった。
「…行くぞぉ。まずは作業場に移動だぁ」
三つ編みが真っ先に席を立ち、部屋の扉の方へ歩いていく。
それに他二人も続き、三人が扉の前で横並びとなったところで、三つ編みはノブに手をかけ、やや乱暴に開いた。
『…?』
そこで、三人は見た。一人の[情報総合体]が、扉の前に立っているのを。
「…記印がまた剥かれにきた…わけじゃないですね」
よく来ていた彼かと一瞬思ったツインテールは、眉を顰める。
「…なんのよぉ?」
ポニーテールが、少し震えながら立つ少女に向けて言う。
「…あ、あの」
少女は恐怖故か、視線をやや下げている。だが、ゆっくりと顔を上げ、三人を見る。
「…無能がなんだぁ?あんまり思い上がったことしてると、どうなるかわかってんのかぁ?」
三つ編みが少女を睨みつけて言う。
その体から溢れ出る、隠されない怒りに少し委縮する少女であるが、
「…っ」
拳を握り、震えを抑え込みながら、三人へと言う。
「…あの。一緒に、馬鹿なリメの娯楽を台無しにしませんか?」
その少女の言葉に、ツインテールは笑う。他二人も少し興味が湧いた様子で、少女…カワシュを見るのだった。
▽―▽
「…どうしてリメは」
その日の夕刻、ルキューレはいつもの家で、一人考えていた。
「…あそこまで、無理を…」
BAZを撃破して数日。各階層の説得は、驚くほど順調に進んでいた。
二層はあの戦闘の後に終了し、第三、四も翌日には終了。[情報総合体]がほとんどおらず、ハイレイヤーがいるために邪魔が入ることが予想された五層も、あっさりと終わった。
そして昨日、残りの層も説得ができ、全七層の制覇が完了したのである。
「…リメ」
そんな喜ばしい状況下で、ルキューレは大会の開催を心待ちにしつつも、不思議に思っていた。
「…君は、いやノイエも、僕たちとは、姿勢がどこか違う。教師AZとの二戦目後も感じましたが…」
彼は、分からなかった。
あの二人は、何がなんでも大会を、できるだけ早く開催しようとしている。[情報総合体]にも、[職人]にだってそれなりの時間があるはずなのに、どうしてそんなことをする必要があるのか。
「…教師AZによれば、[情報総合体]の死期は、直前にならないと分からないはず…だから、それを理由として急ぐことはないはずです」
ルキューレは首をかしげる。
「にも関わらず、ノイエは焦り、リメもゆっくりやることを良しとしない。…一体、何があるというのですか…」
ただ、楽しいことをするだけ。
それだけのはずなのに、どうしてそんな様子を見せるのか、彼には甚だ謎だ。
「……僕は。ただの遊び気分でやっているだけでしたが…彼女らはその何かのために、明らかに違う…」
そして、その妙に真剣過ぎる様子に、彼は戸惑ってしまうのだ。
「…こう意識の違いを感じると、どうもやりとりがギクシャクしてしまいます…」
不明確な理由による、若干のすれ違い。
それは、致命的なものでこそないが、無視していられる程小さくもない。
(やることに変わりはありません。…しかし、これが解消されないと、どうも気持ちよく楽しむことができません)
不安と言う程ではないが、しこりのようなものがあっては、集中するのは、やや難しいところである。
「…今のままでも、それなりには、楽しめますが…」
それでも、やはり気になる。それに、やるなら全力で楽しみたいものである。
「……聞くべきでしょうか。まぁでも、開催はこうして明日に控えた状態。今更気にすることでもないのかもしれませんが…」
言いながら、徐々に湧いてくる眠気に、ルキューレは飲まれていく。
その中で、ふと考える。
「…カワシュは、どこに行ったのでしょうか。朝にどこかに行くと言ったきりですが」
数日前の、彼女の悪口のことがあり、謝罪も未だないため、二人の雰囲気はあまりよくはなかった。そしてそのまま、朝に分かれたままである。
「…ついつい怒ってしまいましたが…しかし。カワシュ、最近様子が変ですね…」
急に娯楽への悪口を言ったり、いなくなったり。今まではしていなかった行動をしていて、正直不自然なのである。
「…そろそろ怒りを抑えて、ちゃんと聞いてみるべきですね…」
そう呟きながら、ルキューレは目を閉じた。
▽―▽
「…準備はできた」
VBは呟く。
「…リメ、ノイエ。再度の横暴は、完全に防がせてもらう」
▽―▽
「いよいよ、よ。ペタ…」
リメは、自身を見返す彼を見ながら、そう言う。
離れたところに立つノイエは、その光景から目を背けた。
そして、大会の開催日がやってくる。
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