[第二章:説得。秘密への接触。]その8
「…しかし、お主、昨日儂らのところに来なかったか?」
記印のある提案を受けた後、ノイエは彼に尋ねた。
リメとルキューレは何の話か分からず、首を傾げる。
「ん?何お話かな?僕は知らないけど」
彼もまた、笑顔のまま首を傾げる。
「…本当か?話し方に、声がそっくりなんじゃが」
「持ってる情報によっては、そういうこともあるでしょ?特徴がそっくりの[情報総合体]が何人もいたりするでしょ。人違い…[情報総合体]違いじゃない?僕は初対面だよ」
探るような目で言うノイエに、記印は相変わらず笑って言う。
確かに、彼が言う通り、同じような[情報総合体]が同時に複数存在することはそれなりにある。同情報の個体が生まれるのに、特に制限はないのだから。
彼のその言葉と、嘘をついているにしてはあまりに明るい様子に、ノイエは追及を止める。
「…そうなのか」
疑念が完全に晴れた様子ではないものの、ノイエはひとまずそれで、この場は収める。
「…とりあえず三人とも、やろうよ。BAZ攻略戦を」
「…そうですね。とっとと教師AZは倒して、娯楽をです」
「そうね」
記印の言葉に、ルキューレとリメは頷いた。
▽―▽
『…不良生徒共ぉぉぉぉ』
騒音に満たされた第二階層。そこを、三十メートルの巨体となったAZは、四脚を素早く動かして進んでいく。
その目的は、不良生徒たちの教育的指導である。言い換えると、第一階層の住人たちをしばきたおすことだ。
『…不良生徒ぉぉぉぉをぉぉぉ』
その言葉を繰り返すAZの脳内は、現在怒りにのみ支配されている。
元々、逆らってくるルキューレへのものがあり、そこに彼に敗北した事実が加わったことで、怒りは既に、相当に膨れ上がっていた。
そしてそこに、ハイレイヤーが暴走を誘発する洗脳を施した。
彼らは、指導教員を倒されたことなどに苛立ち、生意気な[情報総合体]を恐怖させるため、以前つくったウイルスの部分模倣を行った兵器にAZを合体。ひたすら攻撃する暴走兵器とし、今なお暴れさせている。
『…不良生徒ぉぉぉどこだぁぁぁ』
そう言いながら進むAZの足元では、幾人かの第一、二階層の住人たちが忍び足で逃げていく。
彼らは膜破壊が可能なAZに対して、あまりに無力なために。
そんな彼らは娯楽のため、この状況をどうにかできないかと、またはなってくれないかと思っていた。
しかし、こんな怪物どうしろというのかと、完全に手詰まりで困っていたのである。
…と。
「……ん?あれは、なんだ…?」
一人が気づく。
BAZの後方で巨大な[情報子]の渦が立ち上っていくのを。
「…なんでぷにぷに?」
さらに、他の一人も気づく。
見覚えがあるが、その規模が段違いの、その光景にだ。
そうして、物陰に隠れた[情報総合体]たちは、次々と気づいていく。
第二階層の地面から、BAZと同じ三十メートルほどの高さにまで至る渦を、目にしていく。
「あれは…一体」
「…あまりに、大きい、大きすぎるもの…!」
回る0と1が、ついに一つの形を成し始める。
徐々に姿が露わになっていくのは、比較的細身の人型だ。
「第一に…!」
まず、前面に幅広の装甲を持ち、裏は細すぎる内部フレームを持った脚部が確認できる。
「パートとぅー!」
最低限の、三角形の装甲しか備えない、小さな腰部。
「ザ・第三!」
極端に細く、段差の多い腹部に、幅の広い胸部。
「よっつめ?といっていいのか」
細く長い腕には、巨大な拳と長い盾が一体になった武装が。
「…見えるか、これで最後と言うのが!」
そして、二枚の板を45度の角度で張り合わせた顔面の上に、細く長い一本角が直情に生える頭部が出来上がり、その巨大な人型は完成する。
『あまりに大きいんだよね。この大きさじゃぁ、基本邪魔だけど…ここでは役に立つね。やっぱりどう活かすかだね』
その人型より、少年の声が響く。
進み続けていたBAZは足を止め、後方の巨人を振り返る。
『…不良生徒ぉぉぉ?』
『いやいや。僕は生徒じゃないよ』
少年…記印は、巨人の胸部の中、ピンクの液体に満ちた空間で言う。
『ただ…のため。それだけの[情報総合体]なんだぁ!』
巨人が、動き出す。
『僕は、巨大兵器の生体ユニットとかの、[情報総合体]らしいんだよね。だから、こんなのが技として出せるんだ…[フィールドガジェット]って凄いね!』
その拳が、拍手するかのように二度打ち合わされる。
『どうにしろ…不良!』
『来るんだね。相手するよ、どうぞどうぞ』
『生徒ぉぉぉぉぉぉぉ!!』
その叫びと共に、BAZは態勢を巨人側に完全に向け、四つのドリルを前に出し、勢いよく走り出す。
『やられない程度に、やっていこう!』
巨人も走り出す。
両の拳を打ち合わせ、姿勢を低くし、BAZの懐を狙う。
『指導ぉぉぉぉぉ!!』
互いの間合いに入った。それと同時に、螺旋を描くドリルの一つが、真っ先に巨人へと突き出される。
『…っと』
それを、巨人は体を左に少し倒すことで回避。次に控えるドリルのある位置を避け、そのまま滑るようにBAZの横へ移動し、両拳を連続で叩き込む。対象は、今なお動く四脚の一つだ。
『むっ!?』
快音が響く。それと同時に、殴られた脚が一気に浮き上がり、それによってBAZはバランスを崩して、転倒する。
『…不良…生徒めぇぇぇ!!』
言いながら、起き上がろうとするBAZ。そこに、跳躍した巨人がとりついた。
『!?』
『これで動けないね?』
記印の言葉と共に、巨人はBAZに組み付き、腕二つは掴み、もう二つは脇に挟み、覆いかぶさるように動きを封じた。
『…不良生徒ぉぉぉぉ!!』
AZが恨めしそうに声を上げる。
そんなことは気にもせず、記印は巨人の胸部で言う。
「…今だよ、二人とも」
その言葉に応えたのは。
「分かりましたよ」
「分かったわ」
[フィールドガジェット]で姿を変えた、ルキューレとリメであった。
二人は頷きあい、拘束から逃れようとするBAZに向かって飛び立つ。
「…最初に見えた通りです。教師AZは巨体の頭部にいますね」
「…あれを引っこ抜けば、いいのかしら」
「だと思いますけどね。あれでとまらなかったら嫌ですが…。その時は記印に、あのドリルで自滅させてもらいましょう」
「そうね」
言いながら、二人はAZを巨体から引き離すため、両手を開ける。
「…成功させましょう。早くしなきゃいけないんでしょう、娯楽を」
「ええ」
リメは頷く。
「…どうしてなのかは、…そもそも君たちがどうして、ハイレイヤーを敵に回すのを承知でやるのかは知りませんが…まぁ、僕はやれるならそれでいいです」
「…楽しみに、してくれてるのね」
「そうですね」
ルキューレは頷く。
「…楽しんで、くれるかしら」
「…?」
少しだけ陰った表情を見せるリメに、ルキューレは不思議そうに首をかしげるが、すぐに忘れる。
『不良…めぇ』
唸るBAZを見上げながら、二人はそれぞれの翼を羽ばたかせ、一気に三十メートルの高さまで舞い上がる。
そして、AZのいる位置を確認する。
巨人は後ろからBAZの腕を封じており、腕のドリルは前方のやや上あたりで、抵抗のために力んだことで震えている。その少し後ろあたり、巨人とドリル四つの間に、貼り付けのような体勢になって、下半身が埋もれたAZが確認できた。
「あそこです!」
「見えたわ!」
再度二人は頷きあって、一気にAZに接近する。
「…!不良生徒、ルキューレ!不審者一号!貴様らぁぁぁぁぁ!!」
その様子に気づいたAZが、真っ赤になった顔を二人の方へ向ける。
「教師AZ!その暴走、娯楽のため、止めさせてもらいますよ!」
ルキューレは言って、リメと共にAZへ接近する。
それを見た彼女は、唸り声をあげ、二人を睨みつける。
「…貴様らぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
絶叫が、近づく二人に向かって放たれる。…その直後だ。巨人に拘束されていた腕の一つが、それから逃れた。
『あ』
『!?』
記印の呟きに何かを察した二人は、視界の端からドリルが迫ってきたことに気づく。
しかし、完全に回避するにはもう遅い。
飛行速度を上げて咄嗟に避けようとするも、避けきれずに双方の翼を、ドリルが掠る。
「あ…っ!」
「これは…!」
それと同時に、翼が[情報子]へと分解され、二人は飛行能力を喪失。勢いのまま、BAZの胴体上に落下する。
「…くっ」
翼を失った二人が、AZの方を向いて起き上がる。…と、彼女の頭上に先のドリルがやってくる。
「…不良生徒、不審者一号…」
AZは、不敵に笑う。
「…貴様らには、苦汁をなめさせ、られた…。だからこそ…教育的指導が必要だ…」
今までよりはまともな言葉を喋る彼女ではあるが、どこか熱に浮かされたような喋り方をしている。
やはり、正常な状態ではないようだ。…正常に怒っているときとあまり変わらないと言えば、そうだが。
「…これ以上近づくな…貴様らはこの脚で踏みつけ…紙になる、苦痛で指導してやる…」
ドリルを向けながら、AZは言ってくる。
それを受け、ルキューレは冷や汗を流す。
「…不味いですね」
攻撃するのは容易だが、あちらには巨大なドリルがある。その大きさゆえに、少し動かすだけで、簡単に二人を消滅させることができる。
「…お、恐ろしすぎます…」
一年前、近くにウイルスが降り注いだ時も、今ほどではなかったにしろ恐ろしかったと思うルキューレ。
彼は、もはや迂闊に動くことができず、その場で固まる。
(教師AZに、大人しく従うしかないですね)
無言でAZを見つめ、ルキューレはそう考える。
(ここで無理してAZを排除なんてしない方がいいです)
ここは引くしかない。そう思って、彼は静かにしていた…彼だけは。
「…!」
「リメ!?」
だが彼女は、動いた。
AZを引き抜こうと、彼女の元へ向かって走り出す。
「何を…!」
ルキューレのその問いには答えず、リメは疾走する。
AZまでの距離はざっと七メートル。
彼女はそれを一気に駆け抜けようとしている。
「不審者が聞くわけがなかったかぁぁぁぁぁ!!」
叫びと同時に、AZはドリルをリメに向かって突き出す。
「…!」
それに、気づくも止まれないリメであったが。
「!?」
すかさず放たれた一撃が、ドリルの付け根である腕部分に当たる。それは、ドリルの軌道を少しずらし、BAZの胴体を抉らせる。
結果、リメは助かる。そして、彼女はそのままAZの目の前に。
「…くっ」
「…あんまり、長くはできないのよ」
その呟きと共に、リメはAZの両腕を掴み、宙返りと共に引っこ抜く。
「…また、敗北したか…」
引き抜いた勢いで地面に叩きつけられたAZは、ため息をつき、脱力した。
と同時に、巨体が脱力する。
『…お。終わったみたいだね』
巨人が顔を覗かせルキューレたちを見下ろす。
「ええ」
彼は言いながら、頷く。
「…これで、大会開催の現状最大の障害は、排除されたことになりますね」
そう呟きながら、ルキューレはリメを見る。
(……リメ)
彼は、先ほどの彼女の突撃を思い返す。
(…君が、そこまで頭が良い方でないのは分かります。…しかし、あの状況が危険なのは、君にも流石に分かっていたでしょう?)
リメは、その明確な危険を顧みず、AZを引き抜きに行った。
ここで引くわけにはいかないとでもいうかのように、彼女の言葉に逆らい。
(……あそこで引くことを決めた僕と、あそこで突っ込んだリメ。…目的は同じ、はずなんですが…)
安心した様子のリメを見ながら、ルキューレは感じる。
(温度差…があるような。…早くしたいとも言っていましたし…。なんですかね)
そんな何とも言えない感覚を抱きながら、彼はリメのところへ歩いていった。
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