[第四章:決戦。悪意の裏切り。]その2
「…あらぁ♡」
「……」
ブラックリメの反応と共に、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉が足を止める。
城と城下町のために物系の[情報総合体]が持っていかれているため、その周囲には何もなく、平坦な地面が広がっているのみだ。
そして、現在は多くの[情報総合体]が眠ってる時間であるため、そこには他に誰もいない。
…五人の例外を除いて。
「…わざわざ来たのねぇ♡私の想定通りに」
「…くそ雑魚お兄ちゃん」
そう言う二人の眼下、距離にして四十メートルあたりのところに、彼らはいた。
『…何をしに来たのかしらぁ♡』
ブラックリメは途中で拾ってきたメガホンを手に、自分たちを待つ五人に言う。
一方、彼女を見つめる者の一人、ルキューレは呟く。
「…まぁ。この距離じゃ聞こえはしないでしょうが」
普段の姿に戻っている彼は、ブラックリメを見ながら、VBと記印と共に前へ出る。
「一応、言っておきましょうか。なにせ最終決戦ですからね」
「どうでもいいけど」
「いやまぁ、言おうよ、この際。ね、VBちゃん」
記印の言葉にどうでもよさそうに反応する彼女は、視線をブラックリメへ。
それに倣う記印を横目で見た後、ルキューレはにやりと笑い、ブラックリメを指さした。
「ブラックリメ!」
『…ぎりぎり聞こえたわぁ。何かしらぁ♡』
にやにやと笑いながら、分かり切ったことを聞くブラックリメに聞こえるよう、ルキューレは精いっぱいの大声で言う。
「君の野望!止めさせてもらいますよ!…大会のためにね!」
そう言い切るが早いか、ルキューレは[フィールドガジェット]を装着し、姿を変える。
城でピエロを退けるときなどに使用したPの回復のための、再度のその行いの後、彼はVBとともに飛び立つ。
前者は翼で、後者は浮遊するという方式で。
『あらまぁ♡無駄なことなのにぃ!』
その様子を見たブラックリメはカワシュに指示、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉を動かす。
『びっくらー』
三頭身の巨体は、若干間抜けな声を出しながら、迫りくる二人を、白い点のような目で捉える。
『びっくらーパァァぁぁぁぁぁぁぁち!』
その叫びと共に、巨体は動く。
簡略化された形状の腕を組み、一度震える。
そして、両目を光らせる。
『発射ぁぁぁァぁぁぁ!!』
両腕が伸びる。震えの後に、いきなり腕が滑らかな動作をするそれらは、左右に分かれた接近を試みる二人へと襲い掛かる。
「なんと、これは!」
驚きつつも、右側から迫っていたルキューレは急速降下。
真上を高速で通過する腕を回避したのち、宙返りして態勢を整えなおしてから、頭部を狙って飛んでいく。
一方のVBは、迫りくる指のない簡略化された手を見据えた後、接触の瞬間左横に逸れ、槍で受け流しながら、腕の形状に沿うように飛行し、一気に頭部へ距離を詰めていく。
『思ったよりはぁ、やるわぁ♡でも、これはどうかしら!』
ブラックリメの目くばせで、カワシュは〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉を操作。
すると、腕の動きが急に停止する。
…と。
「…不味い!お主ら逃げろ!」
ノイエが叫んだ瞬間、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の両腕が爆ぜる。
強烈な風圧共に[情報子]が拡散するその本流に、二人は飲み込まれる。
「…な、これは!」
「…っ」
急な横からの風圧に、二人は態勢を崩してしまう。
どうにか立て直そうとその場で滞空しようとする二人が、そこを見逃さず、ブラックリメはカワシュに指示をする。
『カワシュちゃん♡』
「…ごめん、くそ雑魚お兄ちゃん」
彼女がそう呟くとほぼ同時に、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の口が開く。
今までも、少しだけ開いてはいたが、これは限界までの開口だ。
そして、顔の半分ほど開いたその口の中には虹色の光が溢れている。
「…これは!」
態勢を立て直すも、正面に溢れる光に気づくルキューレの視線の先で、カワシュの傍らに技名が表示される。
〈PSタイプ必殺:Gビームブレイク~天然のカワシュを添え、お召し上がりください~〉
「なんですかその技名!?」
どうにか文字を読み取ってしまったがために、その変な名称に思わず声をあげるルキューレ。
「…ふざけてる?」
VBが眉を寄せて言う。
『確かに緊張感がなくなるわねぇ♡でも問題ないわぁ♡ここで負けるんだからぁ、緊張しなくていいのよぉ♡』
「負けてたまるか」
「回避ですっ!」
VBとルキューレはそれぞれ言い、外側へ向かって飛翔する。
明らかに強そうな見た目故に、VBは食らえば一発でPがなくなって無力化される可能性があるし、VBは衝撃などで吹き飛ばされるかもしれない。
なんにしろ、時間の戦力の限られた今、迂闊な損耗を確実に避けるためには、相手の攻撃を受けるわけにはいかないのだ。
『ム・イ・ミ♡さようならぁ~』
ブラックリメのその言葉と共に、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の口から、虹色の光線が、放射状に発射される。
「…ぐっ!」
「…射程範囲が」
二人は迫りくる光を見て、全力で上へと飛び上がる。
だが、それでは回避は叶わない。
『無駄よぉ♡』
ブラックリメが言うが早いか、巨体の頭部がゆっくりと上を向いていく。
勿論、光線を吐き出しながら。どうやら、角度調整がそれなりに効くらしい。
「これは…!」
「…」
百メートル近くもある第七階層の天井へと接近する二人だが、光線は二人を逃がさない。かなりの速度で角度が調整され、今まさに二人を飲み込もうとする。
『ご抵抗、ありがとうねぇ!』
『びっくぅぅぅぅぅウぅぅぅ』
〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の間抜けな声とともに、光線が二人をついに直撃する。
…その瞬間だった。
『あ、そ~れ!』
『びっくりぃイぃぃぃぃぃ!?』
いきなり、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の後頭部が、下から殴られたのである。
『な、なにぃ!?』
三頭身の形状故、後頭部が出っ張っている巨体は、そこを殴られたことで首の角度が急激に変わる。
空の二人を飲み込もうとしていた光線は一気に下に逸れ、巨体の顎が胸に当たったと同時に、閉口したことで途切れて消滅する。
『い、一体何よぉ!?』
大揺れする〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の頭に必死につかまりながら、ブラックリメは巨体の後ろを見る。
するとそこには。
『やあ』
以前、記印がBAZ戦時に見せた、例の巨人の姿があった。
元々はAZに渡され、そこからカワシュから彼へと渡った、ノイエの許可制への改造がされていない[フィールドガジェット]。それを使い、出現させたものだ。
「……!?」
カワシュはいきなり現れた巨人に驚き、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の操作を忘れてしまう(ちなみに彼女による音声認識操作)。
『これがあってよかった隠し札。ということなんだよ?VBちゃんのためのね!』
巨人の中でそういうが早いか、記印は巨体を動かし、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の両腕の先端を包み込むように保持。
ついで足も絡め、〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の動きを封じる。
『カワシュちゃん!不味いわぁ!早く拘束を解かないと!』
まだ律儀にメガホンを手にしているブラックリメは慌てて言う。
「…どうする?」
『腕は先端が押さえられたから、伸ばしてもあんまり意味ない…じゃぁ足を、片足を伸ばして反撃よぉ!』
「…了解」
それだけ言って、カワシュは〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉に指示。右足首をどうにか曲げ、その先端を延長する。
だが、それは叶わない。
「封じる…!」
天井付近より急速降下したVBが槍を思い切り投擲する。
速度の乗った槍は〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の右足尖端を直撃して怯ませ、すかさずVBが、その上に速度を落とさず落下。
共に地面へと強引に縫い付ける。
『な。…カワシュちゃん!目から、出るんでしょ!?音波攻撃!それを』
慌てたブラックリメはカワシュの肩を揺らしながら言う。
その隙を見計らい、ルキューレが空より、一気に接近する。
「カワシュ!」
「…くそ雑魚お兄ちゃん!」
ほぼ直上より、彼は〈ザ・ビッグカワシュちゃん〉の頭部へ。
槍をブラックリメへと投げつけつつ、開いた両腕でカワシュを接触時に抱き上げ、その場を離脱する。
「なぁ!?」
槍を回避しつつも、カワシュをまんまと奪われたブラックリメが、驚いて声を上げる。
ルキューレは、カワシュを前に抱えながらブラックリメを見て言う。
「全て作戦通りです!」
負けを認めろと勧告するかのように。
「…く」
ブラックリメはウイルス発生装置を下にし、悔しそうに膝をつく。
そこへVBやノイエが近づいていくのを見た後、ルキューレはカワシュのことを見る。
「カワシュ、確かに助けましたよ。…これで、いいんですよね?」
「…くそ雑魚お兄ちゃん…」
彼女は、ルキューレの腕の中で震える。
「…怖かった」
「怖かった?」
「…わたちぃ…ずっと脅されてたの…。従わなかったら、お兄ちゃんを、ウイルスで消すって言われて」
カワシュはルキューレの腕に掴まるように触れる。
「…怖かった。ずっと怖かったの。…ちゃんとやらないと、ブラックリメの機嫌損ねたら…また、大切な人、失うかもって…」
「…カワシュ」
「一年前に、お兄ちゃんみたいな大事な人、なくしちゃったから…もう、嫌だったの」
「…そうですか」
ルキューレは、これと言ったことを言わない。
ただ腕の中で震えるカワシュを見る。
「…ありがとう、お兄ちゃん」
「別にいいですけどね。お礼なんて」
彼としては、一年一緒に過ごした相手の頼みを、自分の目的のついでというほど軽くはないが、それより少し真剣程度の心持ちで聞いただけなのである。
故に、感謝されるほどのことには思わなかった。
(急に娯楽の悪口を言って姿を消したりしたのは、脅されて何かしなきゃいけなかったからなんですかね…)
ルキューレは以前のカワシュの行動を思い出す。娯楽への悪口など、気に障っていた。
(…まぁ、ウイルスで脅されるのだったら、さすがに仕方ないですね)
彼はそう納得し、全てを水に流すことにした。
「…くそ雑魚お兄ちゃん」
「…ん?なんです?」
反応したルキューレに密着し、カワシュは言う。
「…わたちぃ、くそ雑魚お兄ちゃんと一緒じゃなくて寂しかった…。くそ雑魚お兄ちゃんがリメの方へ行って、寂しかった…。だから、これからは四六時中一緒にいて…」
「…すみませんが四六時中は無理です。大会に参加したいので」
「…むぅ」
カワシュの希望を断ったルキューレは、地面へと下り、彼女を下ろす。
「…さて、と」
彼は膝をつくブラックリメを見る。
「これで、彼女をノイエやVBが捕まえれば一件落着。あと少し頑張れば大会を…」
そう、安心しきった様子で言った時だった。
「できないわぁ♡」
ブラックリメが急に顔を上げ、一番近くにいたVBが怪訝な表情を浮かべる。
「何を」
「ほい」
立ち上がるブラックリメ。その足元にあるウイルス発生装置がいきなり、紫色の光を発する。
「…お主、どこでそれの使い方を…!」
「[プロトフィールドガジェット]と一緒に、見つけたのよぉ♡」
ブラックリメは妖しく笑い、壺を持ち上げる。
それと同時にVBが槍を振り上げ、装置を破壊しようとするが…。
「…いらっしゃい♡」
巨大な蟲が、壺から出現する。
「…な」
余りの大きさにVBが驚く。
蜘蛛型のウイルスは、壺から出てきたと思えない、十メートル級のサイズを誇っていたのである。
そして、それを見た[情報総合体]の四人は、慌てて後ろに下がる。
「仲良く遊んでいてねぇ♡それじゃぁね!」
そう言い、ブラックリメはオカリナを口に当てて吹く。
すると彼女の姿が変わり、刃の翼を四セットに、漆黒の装甲を被膜の上から全身に纏い、長い棘付きのしっぽを生やしたものになる。
「うふふ♡」
「…く、一年前の儂め!」
ブラックリメが翼を広げて逃げるのを見ながら、ノイエが悪態をつく。
しかし、その横で巨大ウイルスが暴れ出す。
「…くそ雑魚お兄ちゃん…!」
ルキューレに抱かれたカワシュが、怯え切った声を上げる。
「…まさか、まだ手があるとは…」
「…ブラックな私を追わないと!」
「そうじゃな」
リメの言葉にノイエが頷き、巨大ウイルスを前に槍を構えるVBへ言う。
「ここは任せてよいか!」
「…問題ない。VBはこれが本領」
彼女は目つきを鋭くし、巨大ウイルスと対峙する。
「VBに一任していくといい。…必ず、捕まえて」
「了解じゃ!」
「分かりましたよ!このままじゃ大会おじゃんですし!」
「それは私も困るのよ!ペタのためには」
VBの言葉に各々返答し、三人(厳密には抱えられたカワシュ含めた四人)はその場を離れる。
逃走するブラックリメを追って。
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