[第四章:決戦。悪意の裏切り。]その3

「…っ!?」

「観念するといいですよ!」

 ルキューレがそう言うと同時に、射撃を受けたブラックリメの手からウイルス発生装置が離れ、立方体の建物のどこかへ落ちていく。

「……」

 ここは第五階層。

 逃げるブラックリメを追って、ルキューレたちはそこに辿り着いていた。

 いましがたの射撃は、カワシュをロボットアームで保持するノイエを乗せた、リメによるものだ。カワシュから自分の[フィールドガジェット]を受け取った彼女は、移動手段兼、ルキューレの支援役として後方で滞空している。

 そして彼は今、ブラックリメへと迫る。

「…くらうといいわぁ!」

 言って、杖を抱える彼女は、刃の煌めく尻尾をふるう。

「…ふっ!」

 それをルキューレは、急上昇によって回避する。

「…[プロトフィールドガジェット]。あれは儂が一年前、最初につくった[フィールドガジェット]じゃ!性能は高いが、今のものと同じように攻撃でPの底を突かせれば、強制的に姿は元に戻る!」

 合間合間に支援射撃をするリメの上で、ノイエがルキューレに言う。

「やってしまうのじゃ、ルキューレ!戦いは大詰め、奴は手詰まり、チェックメイトをかけるのじゃ!」

「ええ、やってやりますよ!このままね!」

 ノイエの言葉に応え、ルキューレはブラックリメに高速で接近する。

「…不味いわねぇ♡」

 言いながら、彼女は建築物群の根本へと向かう。

 おそらく、ウイルス発生装置を回収するためだ。

 しばらくは、先ほど無理をして巨大ウイルスを出したせいで使えなかったようだが、もし使用可能になっていれば、[情報総合体]であるルキューレたちに対して、最強の手札となりえる。

 故に、彼らはブラックリメに装置の回収を許すわけにはいかない。

 早急に攻撃し、Pを枯渇させて姿を元に戻し、無力化しなければならない。

「…ルキューレ!ブラックな私は一個右側よ!」

 碁盤の目のように立ち並ぶ建築物群の上から、地面すれすれを飛ぶルキューレへ、リメが敵の位置を教える。

「了解です!」

 リメより飛行速度が速く、攻撃も素早くできる彼は、逃げ回るブラックリメを追う。

 直進して、右。尾の攻撃を回避して上へ。建物一つを下へ向かいながら曲がって右折。

 さらに急停止して宙返りで刃の翼の投擲を避け、左へ。

 左折、右折、上昇、下降を、[フィールドガジェット]の恩恵で使いこなし、建物を盾に逃げ回るブラックリメへ、ルキューレは迫る。

「…そこねぇ!」

 そして、狭いビルの隙間から出たとき、頭上にブラックリメ。

 彼女は刃の投擲と尾による攻撃を同時に実行し、ルキューレを無力化しようとする。

 どの攻撃も簡単に出せる割にはダメージが2000を超えており、まともに食らえば姿が元に戻り、先頭続行は不可能となってしまう。再度姿を変えることはできるが、そうしている間に逃げられるか、[フィールドガジェット]を奪われてしまう。それゆえに、ここで攻撃を受けるわけにはいかない。

「防がしてもらいますよぉ!」

 そういって、ルキューレはその場で180度回転し、槍を刃と尾が来る方へ。

 ついで槍を回転させ、即席の盾として扱う。さらには斜めの軌道を描きながら後退と同時に上昇を行う。

「…一発だけ!?」

 刃ひとつのみが足を削るが、それだけで他は全て回避に成功する。

 それに驚くブラックリメの背後に、リメが砲撃を行った。

〈PSタイプ必殺:竜穿〉

 という表示を傍らに。

「墜ちるのよ、ブラックな私!」

 言う時には既に着弾。ブラックリメが大きく態勢を崩す。

 そこへルキューレがすかさず、技を放つ。

「…終わりです!」

「…そんなぁ!」

 槍が光を纏い、斜め上からブラックリメへと叩き込まれた。

 必中の距離と位置だ。彼女は逃れない。

「…きゃぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」

 叫びと共に、空中に表示されたブラックリメの枠の数値が一気に減っていく。

 そして、ルキューレがなくなりきるのを確認する前にブラックリメの周囲で爆発が起きた。彼女の姿が見えなくなるほどの。

「…やっとやりましたか」

 ルキューレはその光景を見ながら、ほっと息をつく。

「やったわね!」

 言いながら、リメが彼の近くへとやってくる。

「ええ、反撃もないようですし、間違いなく」

「よくやってくれたのぉ」

 普段は機嫌が悪そうなノイエではあるが、この時ばかりは嬉しそうに言う。

「…もとは儂が原因とは言え、リメのことを邪魔してくれたあやつを倒したのは、正直ありがたいのじゃ」

「いえ別に」

 基本自分の目的のために倒しただけのルキューレは、特に気にした様子もなく言う。

「…ブラックリメは倒しました。後は、彼女を捕縛してVBにでも引き渡せばいいですね」

「そうじゃな。そうすれば、お主の望み通り、何よりリメの望み通りの、大会開催へ向けて動くことになる」

「…ペタにはあんまり時間ないものね。ノイエは治療を頑張ってくれたけどと、限度があったし」

「…ああ。直せたらよかったんじゃがな」

 申し訳なそうにノイエは言う。

 そこに、ルキューレが言う。折角明るかったのに、やや重めになった雰囲気から脱するために。

「…とにかく、ブラックリメを」

 言って、彼は姿が戻った彼女が落ちたであろう位置を見ようと首を動かす。

 …そのときだった。

「くそ雑魚お兄ちゃん!バァン!」

「ぐはぁ!」

 突如、カワシュがルキューレに向けて銃撃するふりをする。

 急なことだが、いつもの流れで彼はつい撃たれたふりをして二、三メートル後退する。

(急になんですか!?カワシュ)

 そう思った直後だ。

「…残念ねぇ♡」

 刃と尾が、リメたちに襲いかかる。

「!?」

 驚くリメは回避が間に合わず、攻撃をすべてもろに受けてしまう。

 それと同時にPがなくなり、小規模な爆発と共に姿が元に戻ってしまい、他二人とともに地面へと落下していく。

「なぁ!?」

「のじゃっ!?」

「うぐっ!?」

「これは…」

 三人が地面に叩きつけられて声を上げる中、ルキューレの目の前に、ブラックリメが出現する。

「…私の勝利ねぇ!」

 直後、尾が勢いよく振るわれ、ルキューレもまた、地面に叩きつけられる。

「…ぐっ」

「…あらぁ。最初のが外れたからかしらぁ。Pがなくならなかったわねぇ」

「…まさか、まだ」

 ルキューレは、宙を見上げる。

 そこには、巨大な装甲腕と四枚の刃の翼を広げる、ブラックリメの姿があった。

「…奥の手は最後までとっておくから奥の手、なのよぉ♡」

 言って、彼女は長くなったしっぽをふるい、近くに落ちていたリメの[フィールドガジェット]を遠くへ弾き飛ばす。

「あとは、Pがほぼないルキューレを倒せば、終わりね。五層まで来てるし、想定外はあったけど、私の勝ちだわぁ♡」

「…まだ、そうと決まったわけではありませんよ」

 言いながら、ルキューレは立ち上がってブラックリメを見据える。

「…いいえ、決まってるわぁ」

 無視してルキューレは槍を向けて突貫する。

 だが。

「…[プロトフィールドガジェット]の本気の形態は、全ての攻撃を無効にする。Pを1減らすことも叶わないよぉ♡」

「…ぐっ!?」

 その言葉を証明するかのように、無防備なブラックリメへと当てた攻撃は、何の結果ももたらさない。

「…終わりよ」

 呟き一つ。すかさずブラックリメから放たれた波動が、ルキューレを地面へと叩きつける。

「…!?体が、動かない…」

「これは麻痺つきだからねぇ♡」

 ブラックリメはルキューレを嘲笑う。

「…まさか、扱いにくい[プロトフィールドガジェット]をここまで…!」

 波動でしびれたノイエが呟く。

「…このままでは不味いのじゃ」

「そうね…」

「…くそ雑魚、お兄ちゃん」

 動けない三人が口々に言う。

 そんな様子を見ながらブラックリメはとても嬉しそうに笑い、

「…こんなに可愛いみんなにはぁ。絶望をプレゼントよぉ♡最後の戦力がダメになって、私が悠々とハイレイヤーのところへ向かうのを見るといいわぁ♡」

 両手を宙へ掲げる。

 すると、尻尾と翼もそれに倣い、円の形を作り出す。…かと思えば、次の瞬間には紫の色の光球が出現し、一気に大きくなる。

「…こんな…!」

 ルキューレが悔し気に呟く中、光球は三倍ほどに大きなる。

 そして、ブラックリメは。

「ほんとぉ…残念でしたぁ♡」

 それを、四人へ叩きつけようとする。

 …と。

「……横暴を許すかぁぁぁぁ!!」

「!?」

 ブラックリメの一番近くにあった建物の中から誰かが現れる。…AZだ。

「生徒たちを、消させてなるものかぁぁぁぁぁ!!!」

 叫び、AZは竹刀を両手で構え、上手くブラックリメの後頭部へと当てる。

 急な不意打ちに彼女の体が揺れ、片手に握られていたノイエの杖が地面に落ち、彼女の元へと転がっていく。

「…これは、都合がいい」

 それを見たノイエは、にやりと笑う。

「…邪魔よぉ!」

「ぐがっ!?」

 邪魔そうにブラックリメがAZを尻尾で吹っ飛ばす。

 その隙に、反動が時間経過で少しだけ軽減されたノイエは、杖を操作し、ルキューレに言う。

「ルキューレ!…今、隠し機能を解放した!」

「隠し、機能…!?」

「ああ…!付けはしたが強すぎる故、大会での使用は見送ったものじゃ…!それを今、使え…!発動の条件は…」

「…なにをぉ…?」

 その会話を察知し、ブラックリメが振り向く。

「しているのかしらぁ!?」

 彼女は、何かされる前に倒そうと、出現させた光球をルキューレへと投げつける。

 …しかし、彼は既に、ノイエから聞いた言葉を発していた。

「…領域(フィールド)、展開(オープン)…!」

 その瞬間である。

 ルキューレを中心に、全てが変わった。

「…これは…?」

 ブラックリメが急な展開に怪訝な表情を浮かべる中、それは進行する。

 周囲にあるビル群が、白亜の城へと、その姿が次々と変えていくのである。

「…一体!?」

「…説明してやろう」

 ノイエがブラックリメを見て言う。

「…これは、[フィールドガジェット]の使用者の構成情報を読み取り、それを元に最も有利な領域を、場を上書きして作り出すもの」

 その機能は、ノイエがルキューレを利用して宣伝する最中の説明で、それで語ったのが全てではないと思い、言わなかったものである。

「…分かっておったか?[フィールドガジェット]の、フィールドの部分が何か。それは、この機能を指しておるのじゃよ。…そして、これの展開者は最強に近い状態となる」

「最強ぉ?」

「…攻撃は通常時の六倍。技使用時のPの消費は三分の一じゃ。防御力は極端に低くなるが…ほぼPがない今のルキューレには、関係ないのぉ」

「…ほほう、そうですか」

 ルキューレは立ち上がって素早く跳躍。光球を回避する。

「…ならそれを、存分に活用させてもらいましょうか!ここでしか使えないようですし!」

 その言葉とともに、ルキューレの姿が変化する。

 翼が四倍ほどに大きくなり、体の各所にひし形の鋭い衣装が追加され、槍は巨大なものになる。

「…これで最後です。ブラックリメ」

「…なんだろうと、私が勝つわぁ!」

 言って、彼女は再度光球を出現させる。しかも今度は、五倍ほどの大きさのものを。

 一方ルキューレは、槍を宙に掲げ、呟く。

 …必殺と。

「…可愛い顔に、なりなさぁぁぁぁぁぁぁぁぁいい!!」

 叫び、ブラックリメは光球を放つ。それに呼応し、ルキューレは槍を。

〈PSタイプ必殺:アマツオトシ・壊〉

 すっと、軽く、前へ。

 その瞬間、槍がまばゆい光を放ち、光球をそれだけで消滅させ、一気に直進。

「…え、な、えええええええ!?」

 ブラックリメに直撃する。

「[プロトフィールドガジェット]の究極の防御が…!」

 直後。

「…そん、な…」

 攻撃に対して、あまりにも小さな爆発と、それに対して強い爆風とともに、ブラックリメの姿が元に戻る。

 その際、[プロトフィールドガジェット]は爆風でどこかに転がっていった。

「…私の、計画が…」

 完全敗北したブラックリメは、膝をつく。

 そこへ、建物の影から三人が顔を出す。

「…ぷぷぷ」

「AZをけしかけただけで負けることになってます」

「これだから[情報総合体]はぁ」

「…ハイレイヤー」

 自身を嘲笑う三人へ振り向いたブラックリメは、自分から三メートルほどのところに、ウイルス発生装置が落ちていることに気づく。

「ハイレイヤー!そこに、そこに装置があるわぁ!約束通り、それでウイルスをだして、コピーして、この[廃棄域]を…!」

 そう、ブラックリメが少し安心した様子で言ったと次の瞬間。

「…ああ、あれ嘘ぉ」

 ハイレイヤーは、あっさりとそう言う。

「…はいぃ?」

 その言葉に、ブラックリメは間抜けな表情をする。

「…たかが[情報総合体]の頼みを、ハイレイヤーが無償で受けるとでもぉ?」

「しかも自分は直接こないなんてやつをなぁ…?」

「これだから脳足りんは。…ああ、[情報総合体]は脳がないんでした」

 三人は、口々に言ってブラックリメを嘲笑う。

「……」

 彼女は、信じられずに固まってしまう。

「…馬鹿なやつぅ」

「馬鹿な奴です」

「馬鹿な奴だなぁ」

 そう言って、三人は高笑いをしながらその場を去る。

 呆然としているブラックリメを残して。

「…」

 ルキューレはその様子を、何とも言えない様子で見ていた。

「…そんなぁ…」

 数秒の沈黙ののち、泣きそうになるブラックリメ。そんな彼女の腕を、いつのまにかやってきたVBが掴む。

「捕まえた」

 そう、淡々と彼女が言ったとき、全てに決着がついたのであった。

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