[第一章:日常。遊戯の復活。]その7
周囲には、緊張と沈黙が満ちていた。
ルキューレは緊張した面持ちで目の前のAZを見る。
「…指導完了。ざまぁない」
そう言う彼女の背恰好や顔に変化はない。ただ衣装が先ほどの元は違い、オレンジのジャージに、その上から同色のジャージが複数絡まってできた翼を持ったものとなっている。
そして、その翼には窪みがいくつもあり、そこには何本か竹刀が確認できた。
…ただし、うち何本かは打ち出されてなくなっている。
(騙して貰った力で気にくわない相手を排除するとは…)
今、AZがご機嫌な様子なのは、彼女が急襲によってリメを遠くへと弾き飛ばしたからだ。
[フィールドガジェット]を使ったAZは、それによって姿を変え、即座に必殺の一撃を行った。
技は、ジャージの窪みに刺さった竹刀を、爆発と共に高速射出するというもの。
完全に油断しきっていたリメはそれを諸に食らい、体育館の入り口からどこか遠くへ吹っ飛んで行ってしまった。
(教師AZ…怒らせると不味い人物だとは分かっているつもりでしたが、ここまでとは)
ルキューレは、冷や汗を流しながら思う(冷や汗も涙も、彼らの性質に入る)。
(リメは無事でしょうが…)
[情報総合体]の頑丈さ(硬さではなく、膜が極限まで破れにくいということ)は折り紙付きだ。
生半可な衝撃では死なない。
故に、リメに関してはそこまで心配することはない。
問題は、凶悪な力を手にしてしまったAZだ。
自身の教育のためだけに指導教員を動かすような彼女は、[フィールドガジェット]の力を手にしてしまったら何をするのか。
(先ほどまで、この場のほぼ全員がリメについていこうとした…。そして、教師AZはそのリメを排除した。…その先は?)
ルキューレは嫌な予感がしてくる。
「…ふぅ。不審者は排除。指導教員は全滅したものの、指導に都合の良い力は手に入れた。…丁度いい」
AZは言いながら、周囲を見回す。
『……』
体育館内の緊張が強まっていく。
気分こそ良さそうであるが、それでもAZを刺激することを恐れ、誰も動けない。
(非常に嫌な予感が……何か)
そう思いながら、目の前のAZを見るルキューレの予感は、当たっていた。
「ふふふっ!」
突如、AZが笑う。それと同時に、彼女は床を蹴って宙を舞い、舞台上へと戻る。
「何を…?」
意図を測り兼ね、呟くルキューレの視線の先で、AZは腕を組んで口を開いた。
「生徒たち。…私は一つ決定を下した」
「決定…?」
随分と精神的な余裕を感じさせる言い方のAZ。
それによって周囲の者たちが、身を固くする中、彼女は続きの言葉を放った。
「今この瞬間より貴様らを、私の管理下に置く!寮生活だ!」
「なんですと…」
周囲の者たちの予感は、確信へと変わっていく。
「貴様らには私の定める通りに起床し、授業を受け、授業を受け、そして就寝してもらう!」
竹刀を眼下に勢いよく向け、彼女は言い続ける。
「常に規則正しい、規律ある、優等生として生活を送ってもらう!反対は許さない!」
「…なんですとぉ!?」
衝撃的内容に思わずルキューレが声を上げるが、AZはすぐに次の言葉を放つために気づかない。
「貴様らは生徒として、私の管理と指導の下、理想的生活を行うのだぁぁぁあぁぁぁぁ!!」
『……!』
その叫びをきっかけに、体育館が騒めきに満ちる。
「管理されるということはまさか…」
一気に周囲が騒がしくなる中、ある推測をしたルキューレは冷や汗を流す。
「これは…」
彼がその推測を口にしようとしたとき、別の[情報総合体]が声を上げる。
「AZ!管理といったか!それはつまり、ぼくちんたちをリメさんのところに行…」
「不良生徒がぁぁぁ!!」
叫び。それと同時に打ち出されるのは一本の竹刀だ。
空を割き、一瞬にして対象へとそれは到達し、周囲もろとも体育館の壁へと吹き飛ばす。
『ぎゃぁぁぁぁぁぁぁぁ!!』
複数の叫び声や悲鳴が上がる。
「……」
ルキューレはその様子を見て、相当不味い事態になっていることを確信する。
「…私の管理下に置くと言っただろう。生徒たち、貴様らに自由はない。逆らえば…分かるな?」
AZは竹刀を見せびらかすように振りながら言う。
その武器によって壁に打ち付けられた者たちは、衝撃か、持っていた軟質性のせいか、U字に曲がり、その上で若干捻られた状態になっている。
周囲の者たちには、指導教員にやられるより酷そうに思えた。
「あの不審者のことは口に出すな。勿論あの野郎のとこへ行こうとも思うな。そこの不良連中のようになりたくなかったら、従え。私と言う校則に従え!」
『………』
その叫びと共に、今度は体育館内が静まり返る。
一人を除いて誰もがAZを正面に見、微動だにしない。
内心にはAZへの恐怖や不満を抱えながら、それを顔に出すことさえできない。
いましがたの一撃が、いい見せしめになっていたのである。
「…ふふ。いい眺めだ。生徒が皆綺麗に並んでいる。歯向かう不良生徒はもういない。これで今までより高品質の授業が実施できるようになる」
AZは満足げに言う。
「…この力のおかげで。…ぁぁ、いいものだ」
どうやら、[フィールドガジェット]由来の力に魅了され、溺れてしまったらしい。
いきなり見慣れない、かつ強大な力を手にしまったが故か。
今まで頼ってきた指導教員を容易に退けた力と同等であろうことも、関わっているだろう。
「……指導教員。持ってきたか」
ふと、AZが言う。
それに答えるのは、
『どうにか』
[情報子]で体を汚しながら、ノイエの来た窓から現れた指導教員だ。
「…!?これは」
ルキューレは驚く。
指導教員に腕を捻じられ、羽交い絞め状態で連れてこられたのは、ノイエだった。
(そういえば、少し前からいませんでしたが…)
「…不審者二号。不審者一号がやられたが早いか、すぐに助けに行こうとしたようだが残念だったなぁ」
AZは嘲笑うかのように言う。
「指導教員が一体復活済みで」
どうやら、リメの一撃を受けても行動不能にならない個体がいたらしい。
ノイエは外に吹き飛ばされたそれに、捕まったのだろう。
「…お主、儂を捕まえてどうする気じゃ」
ノイエは警戒心をあらわにしながらAZを見る。
それを受け、彼女は何を分かり切ったことを、と言い、
「不審者二号。お前を監禁する」
「……なんですって?」
思わず口に出すルキューレ。
その視線の先で、AZは続ける。
「お前は私のこの力と同じものを出せるものを、複数持っている。それは余りにも危険だ。授業の邪魔にもなるし、不良生徒に余計な力を与えかねない。故に封じる」
「…ならばものだけ奪えばいいじゃろうが。どうして儂まで捕らえる必要が」
ノイエの問いに、AZは鼻を鳴らして答える。
「お前は餌だ。お前を餌に不審者一号をおびき出し、こちらも監禁する。お前らは授業の妨げになるからな。二度と私の授業の邪魔をしないよう、指導教員に四肢を固定され、床に放置だ」
「…い、嫌すぎます…」
指導教員に四肢を捻じられた状態で、一緒に床を転がされる光景を想像し、ルキューレは身震いする。
隣のカワシュも同じ様子だ。
(恐ろしい事を…。というか、それをされたら!)
ルキューレは強い危機感を覚える。
(このまま教師AZの横暴を許せば、せっかくの娯楽ができなくなる可能背が大です。それは非常に、非常に困る!)
「このまま何をせずに見ていれば、最悪の結果に…!」
「…くそ雑魚お兄ちゃん?」
ルキューレの内心の焦りを感じたのか、カワシュは不安そうに彼の顔を見る。
「…く」
待つだけでは、娯楽への道が閉ざされる。
しかし、迂闊に逆らえばAZに必殺の一撃を叩き込まれてU字にされるだけだ。
彼女の意思を変えることなど難しい。
「…どうすれば」
そう呟く先で、AZとノイエの会話は続く。
「…それは困るなぁ。儂らにはそんなことをされとる暇はない」
「…ふんっ。どうにしろ、お前に決定権はない。決めるのは唯一の教員たる私だ。私だけだ!」
調子に乗っているのか、やたら強調してAZは言う。
ルキューレをそれを見て、
「…こうなれば、仕方ありません」
「くそ雑魚お兄ちゃん…!?」
カワシュが止めようと裾を引っ張るが、彼はやめない。
AZを視線上にしっかと据え、口を開く。
そして、できる限りの大声で言った。
「困りますねぇ、教師AZ!」
ルキューレの叫びが体育館に響き渡る。
それを受け、AZや指導教員、ノイエは彼を見た。
「…なんだと?」
「…非常に困るんですよねぇ!あなたに好き勝手されては!…管理する?随分と勝手な話です!僕たちはですね、リメと彼女の提供する娯楽をやりたいんですよ!」
ほぼ勢いのまま、ルキューレはAZに対して言い続ける。
(こうして時間を稼げば…彼女が逃げるチャンスになるかもしれない。意識がこちらに剥けば…)
などと考えながら、彼は言い続ける。
「そして、体験会で[フィールドガジェット]とやらも使わせてもらいたいんですよねぇ!しかぁし?あなたは横暴にもそれを阻もうとする!」
「くそ雑魚お兄ちゃん…!」
「そこのノイエ、という人を監禁するというのも、大変困りますねぇ!ええ、困りますよねぇ?皆さん?ですよねぇ!ほんと、いつも迷惑なんですよ!」
「い、つ、も?」
『…!』
周囲の者たちが慌てて、やめろと言わんばかりにルキューレへ視線を送る。
「教師AZの授業は参考にはなります。で、す、がぁ!強制なのがいたただけない!いくら教える内容が良くても、無理やり教えるならば!それはただの押しつけですよ!教師の癖してそんなことも分からないのですか!他者に指導ができるとでもぉ?」
「くそ雑魚お兄ちゃん!それぐらいに…!私だってなんちゃって教師だって思ったことあったりするけど…!」
「あん?」
AZのこめかみに幾つも筋が浮かび上がる。
それは、彼女の怒りが大噴火寸前である証拠だ。
だが、上手く注意を引けているために、彼はやめない。
そして、彼の視界の端で、命令がないために止まっている指導教員に対し、反撃を始めるノイエが確認できた。
「…く、くそ雑魚お兄ちゃん」
冷や汗をかきながらルキューレの服の裾を引っ張るカワシュであるが、彼をとめることはできない。
「…大変困りますよぉ!少なくとも僕はねぇ!横暴も大概にしてくださいよ!」
「…貴様」
AZが苛立ちを露わにし、ルキューレを睨みつける。
「…いい加減にしてくださいよ!授業に出るのはいいですから、こちらを完全管理するなんて、やめていただきましょう!リメの娯楽ができないですからねぇ」
「不良生徒…」
「世界はあなた中心に回ってるんじゃないですよぉ!自分勝手ななんちゃって教師アジィー!」
…AZの読みはアズ。
「…魚のアジかっ!」
怒り心頭のAZの気づかぬうちに、いつの間にか指導教員を踏んづけていたノイエがツッコむ中、さらに何か言おうとするルキューレ。
その時、
「くそ雑魚お兄ちゃん!…グサァッ!!」
「魚影!?」
いきなりカワシュが彼の背中にナイフを刺すような動作をする。…勿論、実際にナイフなどないが、ノリの良い彼は殺傷されたような反応をし、
「ごっぱぁん…」
と吐血するふりだけして床に崩れ落ちる。
「…ようやくとまった、くそ雑魚お兄ちゃん…遅すぎるけど」
カワシュが安心半分、諦め半分で言う。
「…ず、ずいぶん色々言ってしまったような。心の透き通りが凄いですが」
注意を引くための行動ではあったが、ついでに日頃の不満も少々出てしまったようである。
AZの横暴に対しては、ルキューレも相当な不満があったようだ。
「…はぁ。くそ雑魚お兄ちゃん」
「…止めてくれてありがとうございます。このままではつい勢いで取り返しのつかない段階まで来るところでしたよ、カワシュ」
ルキューレはノイエが彼の意図を察したのか、こっそりと動く様子を見ながら言う。
「…手遅れだけどね、くそ雑魚お兄ちゃん」
諦めを感じる口調でカワシュは言って、二人は舞台を見る。
そこには、怒りで全身を染め上げ、鋭すぎる視線で貫いてくるAZがいた。
視界にはノイエなどもはやなく、ルキューレのみが映っている。
「……究極的指導が必要なようだ…不良生徒ルキューレぇ…」
表情は、怒りによって歪み切っていた。
「…ふむ。勢いづきすぎましたね」
「…そうだね、くそ雑魚お兄ちゃん」
(ま、まぁでも、娯楽をやってくれる二人は教師AZから遠ざけられた。なら、またいつかチャンスはあるでしょう。怒り心頭の教師AZに監禁されたとしても、気長に待てばいいですね…)
時間だけはあるのだから、と。
ルキューレは半ば諦めた様子で、AZを見る。
そして、活火山の如き怒りを内包した彼女は。
「その、そのひねくれた表情を、叩き直してくれるぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅ!!」
言って、AZは床を蹴って空中へ躍り出る。
『…!』
ルキューレとカワシュはそれを察知するが、どうしようもない。
「…くれてやるかの」
そのとき、ノイエは呟く。
同時に、ロボットアームが動いた。
「指導…いや、調教だぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」
AZは叫び、手持ちの竹刀全てを打ち出そうとする。
「!」
その数秒前、ルキューレの正面に、あるものが飛んできた。
彼は思わずそれを掴み、視線の先の、投球したような態勢のノイエに気づき、彼は察した。
「間に合え…!」
発射が実行される。
複数の竹刀がルキューレを滅多打ちにしようと、空を割いて迫る。
まともに受ければ、驚異的な衝撃が彼を襲い、竹刀は彼の意識を飛ばさせ、体を変形させるだろう。
だからこそ、彼はそれを迎え撃つ。
手にしたものを使って。
「…くそ雑魚お兄ちゃん!」
カワシュが叫ぶ中、竹刀は一瞬にして、彼女の眼前に立つルキューレへと…。
「…ふっ」
至り、そして吹き飛ばされた。
「…なに?」
舞台に着地したAZが怪訝な表情を浮かべる。
それは、直撃したはずの竹刀があらぬ方向に飛んでいったためだ。
「…不良生徒ルキューレにそんな、技術は…」
戸惑いを露わにするAZの視線の先で、いつの間にか渦巻いていた[情報子]が消滅する。
「…これは」
AZは現れた者の見た目で全てを察する。
一方、カワシュは目の前に現れた者を見て、驚愕する。
「…これが、[フィールドガジェット]の力ですか…」
現れた者は、手にした槍を回しながら呟く。
「…」
姿は、露出多めの白とアメジスト色の、ひし形のくり抜きが多数ある衣装。それに、背中と腰につけるように生えた、ひし形を繋ぎ合わせて形作られる翼だ。
そして、最も目立つのは、黒い布に覆われた小さな胸である。
「…く、く」
カワシュの声が震える。
「…どうやら、手に入れてしまったようですね、対抗する力を。ならば…やることは決まっています。……教師AZ」
先ほど全く違う姿の彼であり彼女は、獲物を舞台上のAZへと向ける。
翼の彼女は、AZを視線上にしっかりと捉えながら、言葉を続けた。
「止めさせてもらいますよ、教師AZ!」
その姿を見て、カワシュが驚きの叫びをあげる。
「くそ雑魚お兄ちゃんが女体化したぁぁぁぁぁ!?」
…そう。AZの攻撃を退けたルキューレは、文字通りの戦乙女のような姿に、変貌していたのである。
「…この際、利用させてもらうかの」
それら一連の様子を見ていたノイエは、どこか不機嫌そうに呟いた。
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