[第一章:日常。遊戯の復活。]その9



「……うぅ。まさかあんなに吹っ飛ばされるなんて」

 学校をやや遠くにし、リメは歩いていた。

 姿は先ほどのまま。ただし、AZの攻撃を受けたせいか、衣装が所々破けていた。

「不意打ちもいいところよ…」

 嬉しかったところを裏切られ、彼女は少々悲しそうである。

「…。まぁとにかく、戻らないと。学校まで」

 言いながら、リメは歩いていく。

「…う、あちこちひっかかるわね」

 姿を変えた状態では、様々なものが体に追加されている。普段はついていないため、それらはふとしたときに意識しにくいものであり、場合によっては動きの邪魔になるのである。

 コスプレで付けたものを、うっかり壁や人に当ててしまうような感じに近いだろうか。

「とりあえず邪魔だし戻そう。…解除」

 リメがそう言うと、宙に欄が現れる。続いて和装の二頭身の女の子が現れ、宙に文字を書く。

 〈リメ:リリース〉

 そんな表示と共に、彼女の纏う衣装が、形成時の逆再生のように周囲に、無数の[情報子]になって拡散。

 少しの間のみ、彼女の裸体が露わになるが、すぐに彼女の持つ性質に基づき普段着が出来上がる。

「ふぅ。さて、行きましょうか」

 元に戻った彼女は、学校に向かって、呟きながら再び歩きだす。

(みんなを仲間にして、この[廃棄域]を…)

 リメは、[廃棄域]の上層を見上げながら歩いていく。

「今はまだ一層目。AZっていう人を説得する必要もあるし…どうにかして体験会に参加してもらわないと…。」

 そんなことを言いつつ、歩を進めている時だった。

「…ん?」

 ふと、彼女は立ち止まる。

 周囲にあるのは、ルキューレたちが先刻通った道であり、正面には唯一重さゆえに避けられていない巨大みかんがあった。

「…何か音…じゃない、声がする?」

 リメは耳を澄ませてみる。すると、学校の方から複数の声が聞こえてくる。

 一番大きなものは、男のものと思しきもの。それも、聞き覚えのあるものだ。

 そしてそれらは、徐々に近づいてきていた。

 声の数は多く、反響しあって大きくなっているようだ。

「…な、何かあったのかしら。学校の方で…」

 状況が分からず、リメは戸惑う。

「どうするべきかしら……、あっ。ノイエに連絡すれば…」

 言って、リメはサイドスカートの中に手を突っ込み、目的のものを取り出そうとする。

 だが、すぐに取れず、やや焦る。

「…ちょ、なにかひっかかって…」

 リメの焦りを示すかのように、彼女の頭の二房が揺れる。

「…学校にいるノイエだったら、何か聞けるのに…」

 そんな風に言っている間に、声は近づいてくる。

 同時に、足音もあるのが分かり、複数の[情報総合体]が来ているのがリメには分かった。

「……早く出なさいよ…このぉ…」

 思い切り、ノイエがサイドスカートの中を引っ張る。

 と同時に、

「来ましたよぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉぉ!!」

「へ?」

 前方にあった巨大みかんを飛び越え、彼に着地したのは、戦乙女のような装束の少女…いや、青年でもある者だ。

「…だ、誰よ?」

 後から続く者たちにやや先行して辿り着いた彼を見て、リメは戸惑いの声を上げる。

「…ああ、この姿では分かりませんか。すみませんね」

「?」

 リメは首をかしげる。

「学校に行く前の雑な扱いも、この際だから謝罪しておきます。…それはともかく僕ですよ、ルキューレ」

「…ええ?でも全く姿が違う…」

 戸惑った様子のまま、リメは言う。

「ああ、それは、[フィールドガジェット]を使ったからですよ」

 その言葉を聞き、彼女は合点が言った様子で、

「…あ、ノイエが渡して?」

「その通りです。AZが暴走していたのでね。体験会に参加するため、彼女を止めるために、使わせてもらいましたよ」

 ルキューレは頷き、言う。

 そして、リメに近づいて、再び口を開く。

「いいですね、君のやる娯楽。少なくとも僕は気に入りましたよ。間違いなく」

「ほんと!?」

 ルキューレの言葉を聞き、リメは嬉しそうに笑う。それを表すように、彼女の頭の二房が揺れる。

「僕は結果的に先行してやることになったのですがね、楽しいものでした。…そして、それを見たみんなも、興味を持ったようです」

「そうなの!?」

 リメはさらに嬉しそうに言う。

「ええ。ぜひ、体験会に参加したいと。だからこそ…こうやって、集まっているんですよ!」

 言って、ルキューレは槍の穂先で彼の後方、リメから見て前方を示す。

「これは…!」

 彼女は、巨大みかんのあたりを見て、驚きの声を上げる。

 その視線の先にいるのは、たくさんの[情報総合体]たちだ。

 体育館にいたものたちの、八、九割ほどが、その場に集結している。

「全員が?」

 リメがルキューレを見、続いて他の者たちを見回して言う。

「…そうですよぉ」

 彼の頷きに続き、全員が頷いていく。

 そうする彼らの目には、リメに対する期待の念が籠っているように見える。

「凄い…こんなに来るなんて…」

 感極まった様子で彼女は言う。

 そこに、別の声がかかる。

「一応、デモンストレーションをしたからの。退屈を少なからず感じている以上、それなりの数は集まるわい。…そのためにやらしたわけじゃし」

 集団の中から、跳躍してリメの前に現れるのは、ノイエだ。

 [フィールドガジェット]の入った風呂敷は、まだ中身の入ったままだ。

「しかし、参加希望者が大量に集まっても、お主なしには始めるわけにはいかん。だから、こうして探しに来たんじゃ」

 言いながら、ノイエはリメの隣に行く。

 そして、囁く。

「…さぁ、想定よりも数が集まったんじゃ。すぐに体験会でがっちり心を掴み…」

「…ええ」

 リメが頷き、ノイエも頷く。

「じゃぁ、先に宣言しちゃうわね」

「いいぞ。場所はすぐ近くじゃし、準備は不要じゃからな。早めに言ってもすぐできるから、変わらんじゃろ」

「分かったわ」

 再度頷き、リメは視線をノイエからルキューレたちの方へ向ける。

「…みんな!」 

 彼女は、精いっぱい声を張り上げる。

「私たちの新娯楽、その体験会を…」

 二房の髪を大きく揺らして、言う。

「この後すぐに、はじめるわ!」

 満面の笑みを浮かべて。


▽―▽


「くそ雑魚お兄ちゃん……」

 カワシュは、一人で道を歩いている。

 周囲には、誰もいない。

 [廃棄域]第一階層の住人は、そのほとんどがAZの授業に参加させられていた。

 そのため、小動物などの小さなものや、自我が希薄な[情報総合体]を除けば、授業の際にはほとんど誰もいないのである。

 そして、その授業に行った者たちと、カワシュは今、自ら離れていた。

「…くそ雑魚お兄ちゃん」

 カワシュは、ほとんど進まない歩みの中で呟く。

 先刻、ルキューレがAZを打倒した後、体育館にいた者たちは、彼とノイエを先頭に、リメを探しに出ていった。

 カワシュもその集団の中に、ルキューレに一緒に行こうと言われ、途中まではいたのであったが…。

「……」

 カワシュは、AZから取り上げてそのままの[フィールドガジェット]を見る。

「…これがあったから…くそ雑魚お兄ちゃんは」

 両手の中の[フィールドガジェット]を見つめながら、カワシュは寂し気に言う。

「…わたちぃには」

 彼女は、ルキューレたちが言った方向を見る。

 体験会に興味津々の彼らは、途中でカワシュが離脱したことにはほとんど気づかず、行ってしまっている。

「…くそ雑魚お兄ちゃん…」

 カワシュは、目を伏せて言う。

「…止まっても気づいてくれない。…もう、あっちに気を取られちゃって…」

 手を力なく下ろし、彼女は完全に歩くのをやめてしまう。

(…わたちぃ…)

 そうやって、彼女が寂しそうに立ち続けている時であった。

「…う~ん、結構な不快感だなぁ。流石に、五層からレールガンで発射は。まぁでも、VBちゃんのためだし!」

「…?」

 若干怯えたような様子で、カワシュは右側を見る。

 そこには、噴水を中心に大きな豆腐が積みあがっている。

 三メートルほどの高さの豆腐の塔を見上げていくと、一人の少年が最上部に乗っていることが確認できた。

「…ぶつかって地面で跳ねて、ここに突っ込んで散々だったけど…全てはVBちゃんのためだからね!」

 恰好は頭に頭巾、首から下をきんちゃく袋に似た服と言うもの。

「…だ、誰?」

 カワシュは後ずさりしながら、言う。

「…ん?」

 その呟きに気づき、少年は彼女の方を向く。

「……それ」

 少年は、カワシュの手に握られている[フィールドガジェット]を指さす。

「…こ、これが…なにか」

 ルキューレといる時とは比べ物にならないほど弱気な様子で、カワシュは少年を見る。

 彼はそんな彼女の様子を気にした様子はなく、豆腐の塔から飛び降りて、彼女に近寄っていく。

「……へぇ。あの三人組に来た連絡の特徴とだいたい一緒だ!」

「…」

「AZの記憶が正しいなら、これは例の物。そして、それをつくれるのは…」

「…ぁ、のぉ」

 [フィールドガジェット]に顔を近づけながら独り言を言う少年に対し、カワシュは弱々しく言う。

「…なにを…」

「…あぁ、ごめんごめん。つい、ね」

 少年は軽くステップを踏んで数歩分後ろに下がる。

「僕は、記印っていうんだ。五層に普段はいるんだけど」

 彼は上を指さして言う、それに対し、カワシュは五層と言う単語に反応し、

「ハイレイヤーの…」

 やや警戒心を持った様子で、カワシュは後ずさる。

「いやいや、確かに僕は普段、ハイレイヤーに対価としてまっぱに剥かれるとかはしてるけど、別にあの[職人]たちの仲間ってわけじゃないよ?」

「え、剥かれてるの?」

「うん。それも行くなりいきなり。まぁでも、VBちゃんのためだからね!」

「はぁ…」

(何この人…)

 裸にされることを笑顔で言う記印に、カワシュは引き気味だ。

「…ところで、君さ」

「…う、うん?」

 記印は、カワシュに再び近寄って言う。

「…実は、僕はあることをしようと思っていてね?君にはぜひ協力してもらいたいんだ」

「…きょ、協力?」

 急な話題の転換に、カワシュは戸惑う。

 だが、青年は気にせず、言葉を続ける。

「うん。その[フィールドガジェット]を作った二人組について調べるためにね」

「……?どういうこと?」

(なんで?リメは、あの娯楽をただやろうとしているだけなのに…なにを調べる必要が…)

 などと思いながら言うカワシュに対し、記印は答える。

「…だって、あの二人は」

 彼は、笑顔でありながら真剣そうな目で、カワシュを見て言う。

「…この[廃棄域]に、もう一度災厄を、もたらそうとしているかもしれないんだから」



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