[第二章:説得。秘密への接触。]その1
「……実は、みんなに話しておくべきことがあるわ」
「…話ですか?」
純白の試製基礎領域の中、ルキューレはリメの発言に振り向いた。
(ルールの類は、ここまでの体験会の時間で全部したとのこと。なら…)
そう思う彼の周囲には、[フィールドガジェット]で姿を変え、遊んでいる者たちの姿がある。
体験会が開始してから三時間ほど。その間、彼らはリメやノイエの説明で娯楽のルールについて知り、こうやって新たな娯楽を楽しんでいた。
そんな彼らにしてみれば、時間が過ぎるのは一瞬であったろう。
「…まさか、もう体験会が終わりだという、ことですか?」
姿を変えたままのルキューレは、リメに向かって言う。
「…まぁ、確かにそうだけど」
『えぇ~』
周囲から残念そうな声が上がる。
体験会を始める際、ノイエよりAZのことを理由とし、[フィールドガジェット]の回収が告知されている。
それが意味するところは、この体験会の終了と共に[フィールドガジェット]でしばらく遊べなくなるということなのだ。
参加者によっては、ノイエが目を光らせていた体験会より自宅で好きに使いたいと思っていたものもいたのだろう。
不満の声を少ないながら上がっていた。
「…リメ。体験会を終わらせるのは早いですよ。もっと長く遊ばせてほしいです」
「…そう言ってくれるのは嬉しんだけどね。けど、このままずっと体験会をやっているわけにはいかないの」
ほんの少しだけ表情を曇らせてリメは言う。
「…それは、どういう?」
「…お主、何故体験会を儂らがやっていると思う?」
ノイエが、周囲の者たちを見回しながら、苛立っているようにも取れる感じでルキューレに言う。
相変わらず、どこか機嫌が悪そうであり、その態度を受けたルキューレは、
(感じの悪い人ですね…)
などと悪印象を、持ち始めていた。
最初は窮地に[フィールドガジェット]を投げてくる、いい人だ思った。だが、会話するときの態度がやたらと悪いのが、主な原因だ。
「…まぁ、体験会と言うからには、正式なものがあるのでしょうね。体験会とは、あくまで引き込むためのものですから」
少し考えて答えるルキューレ。
その答えにノイエは頷く。
「その通りじゃ。そしてその正式なものについて、言っておくことがあるのじゃ」
「ほう…。なんだか期待してしまいますね」
そう言って、ルキューレは周囲の者たちを見て再度口を開く。
「皆さん!ここは一旦黙って、リメの話を聞きましょう!おそらく、もっと魅力的な話をしてくれますから!」
「変にハードルを上げるでない」
相変わらずの様子で言って、ノイエはリメに発言を促す。
こづかれ、表情を元に戻した彼女は、咳払いをした後、話し始める。
「実はこの新しい娯楽…名前はまだ決まってないから仮に[新しい娯楽]なんだけど」
「いやそのままですか」
「黙っておれっ」
「あうちっ」
ついツッコんだルキューレをノイエがはたいて黙らせるのを見つつ、彼女に続けるよう手で示され、リメは続ける。
「…ルールはさっき説明した通り。[フィールドガジェット]で姿を変えて、展開したフィールド内で闘う。そうやって、相手のPをゼロにした方が……。そう、敗者となる」
「勝者じゃ」
「…。コホンっ。…そう、勝つ。そんな新しい娯楽だけど、私たちはそれを使って、大会を開こうと思っているのよ」
「大会ですか?」
ノイエにはたかれてPがなくなったのか、元の姿になったルキューレが聞き返す。
周囲の者たちもその言葉に興味を示し、リメを期待のこもった目で見つめる。
「ええ、そうよ!」
力を入れるべきところだと言わんばかりに、彼女は声を張り上げる。
「私たちは[フィールドガジェット]を使ったこの新しい娯楽で、この[廃棄域]で大会をやるのよ!」
リメは、大きく腕を振り、アピールする。
「そう。[廃棄域]第七層まで…この地全てを舞台とし、住人全てを巻き込んで、武闘大会を開催する!」
「…ほほう」
[廃棄域]一層一層の住人は、そう多くない。だが七層全てともなれば、相当な人数規模となり、大規模な大会を開催することも可能だろう。
「…そこでは、[フィールドガジェット]に隠された、この体験会では未開放の機能も、見れるようになるぞ…」
「…なんですと?」
ルキューレはワクワクした様子で言う。
ノイエの発言の内容に惹かれ、その不機嫌そうな口調は、ここでは流した。
(まだ隠されたものがあると)
彼の中で、期待は膨らむ。
「私たちは、[廃棄域]のみんなに[フィールドガジェット]を配る!そしてこの新たな娯楽…大規模武闘大会を運営する!それが、私たちの目標であり目的なのよ!」
「ふふ……ふふ……面白そうなことを考えますね、リメ!」
彼女の言葉に、ルキューレは大興奮する。
それを嬉しそうに見ながら、彼女は続ける。
「そのために、この[廃棄域]を大会用に大改装するの!」
「そうして、舞台を整え、大会を開催する。優勝賞品も用意し、実況を付け、中継もし、最高のイベントを行うのじゃ」
ノイエは、宣言する。必ずやると。
「だからこそ!みんなには協力をお願いしたいわ!」
『協力?』
聞き返す皆に、リメは元気よく答える。
「この娯楽の楽しさを知っているみんなには、[廃棄域]の全住人を、説得してほしいの!」
『説得?』
「そうじゃ。この[廃棄域]を改造する許可じゃな。全員が後々やる娯楽の楽しさを知れば、快く明け渡してくれるという寸法じゃ。……分かったか、お主ら?」
ノイエが分かりやすいよう、リメの言葉に付け加えて言う。
「そうやって許可取って、改装ができたら!ついに本格的、この娯楽は動き出すことになるわ!」
「ほほう。つまりは、僕たちが頑張ることで、さらに楽しい事が、解禁されるということですね!」
「そうね!その通りよ!みんなが頑張ってくれれば、その分早く!」
「準備に取り掛かれるからの」
リメとノイエの言葉に、ルキューレたちの興奮は止まらない。
(今だけでも面白いのに、これはさらに盛り上がります!優勝賞品に、実況や中継まで!まるで現実のスポーツ大会のごとしです!退屈な僕たちにとって、やったら間違いなく楽しいですよぉ!)
そう思うルキューレの前で、
「この盛り上がること間違いなしの大会をやるため、ぜひ協力を!どう?」
リメは周りを見ながら、言う。
その問いに、いの一番に応えたのは…。
「勿論ですよ。やらせてもらいます、リメ!僕は頑張って、大会を実現させて見せます!」
「…!ありがとう!うれしいわ!」
ほぼ即答に近い形で快諾したルキューレに、リメは嬉しそうに笑う。
「皆さんも、協力してみては?そうすれば、さらに楽しい事が待っていますよ!」
ルキューレは振り向き、周囲の者たちへと呼びかける。
共に行こうと。
「…いいかな?」
「僕やる!」
「わっちやるでぇ!」
『やります やります やりまっせぇ』
少しの間を置き、次々と意思が表明されていく。
そして、その全ては協力に意欲的なものであった。
『やらせてもらう!!』
一つになった意思が、大きな声を形作り、リメたちに浴びせられる。
「…ありがとう、みんな…!」
それを受け、リメは感極まった様子で礼を言った。
「…ふん、上手くことが進んでよかったわい…」
ノイエが、手を叩き合わせる。
「おいお主ら、静まれ」
やはりどこか不機嫌そうなため、その動きは粗く、視線は感じがやや悪い。
「…この通り、[廃棄域]の住人の説得については全員の協力が得られた。なら、すぐに行動を開始すべきじゃろう。お主らが眠くなるまでまだ時間があるからの」
ルキューレたちを見ながらノイエは言う。
「…お主ら。やるんじゃぞ?ちゃんとな…」
「言われなくてもしますよ」
ルキューレはノイエの感じの悪さに少し不快感を覚えつつ返す。
「…とにかく。みんな!説得のために行きましょう!まずはこの階層から!」
一方、リメは明るい口調で言い、周囲の者たちを先導し、その場を離れていく。
「………」
ルキューレは、その場でノイエを数秒見つめる。
だが、すぐにリメの方へ小走りで向かう。
ノイエの真剣な眼差しに気づかず、ルキューレは追いついたリメと談笑しながら、歩いて行った。
「……リメ」
その背を…いや、その隣の彼女を見つめる視線が、他に一つ。
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