[第二章:説得。秘密への接触。]その2

「ウイルスって、知ってるよね?」

「…!」

 リメたちが体験会を始めた頃、記印に言葉に、カワシュは息を飲んだ。

「……」

 その言葉を聞いた途端、トラウマでも刺激されたのかように、彼女は自分の体を抑え、少し震える。

(ウイルス……)

 一年前のあることが嫌でも脳裏をよぎってしまう。

 そして、記憶の中のその光景が、彼女にはたまらなく恐ろしかった。

「…?まぁ、知ってるね」

 明らかに様子のおかしいカワシュではあったが、記印はさして気にすることもなく、話しを続ける。

「…ウイルス。別名ヴァイラスといったりもするそれは、僕たちにとって、ほぼ唯一の脅威だ」

「……」

 沈黙という肯定をカワシュは行う。

「…ウイルスは、僕らを消せるからね」

 記印は、真面目な顔でそう言う。

「……うん」

「…生きるために何か必要でもなく、壊れないからだと長い寿命を僕たちにとっての、絶対の脅威だ」

 ウイルス。それは、この世界における災厄の際たるものだ。

 それらは[情報子]によって構成されるありとあらゆるものを、侵食し、組み替えてしまう。

体内に存在する情報の通りに対象を作り変え、仲間を無限に増やしていくのである。

 当然、[情報総合体]も、その魔の手からは逃れられない。一度接触を許してしまえば、五分とかからず[情報子]に完全分解され、戻らない。

 生命の安全が基本的に保障されている彼らにとって、ほぼ唯一の恐怖の対象でもある。

 …が、今世界に生きている[情報総合体]の大半はそれを知識としてしか知らない。そのため、本気で怖がっているものはそう多くはない。

 ある場所の者たちという、例外は除いて。

(この[廃棄域]の外に、たくさんいる…恐ろしい)

 そんなウイルスの起源は、現実において、他の電子機器をハッキングするためにくみ上げられたものだ。それらはこの情報世界の大海に無数に漂っている。特に、[廃棄域]のある領域は多くいる場所である。

「…まぁ、僕はVBちゃんの暇つぶしのため、その危険なウイルスのはぐれ者を気まぐれで加工したものを貰ったりなんかしてるわけだけど。VBちゃんのためとはいえ、僕もよくやるなぁ」

「え……。ハイレイヤーって、いつもウイルスをいじったりとかしてるの…?」

 恐れた様子でカワシュが言う。

 それに対し、記印は手を横に振って否定する。

「いやいや。流石にやってないよ。[職人]にとっても、無害ってわけじゃないからね」

「……」

「まぁ、ここのハイレイヤーはきっかけがあれば…」

 などと言いかけ、記印は話が脱線していることに気づき、話題を元に戻す。

「とにかくっ!そのウイルスを…、リメたちは再び撒こうとしているんだ」

「……!」

 その言葉に、カワシュは目を見開く。

「リメたち…どういうこと…?」

 不安と恐れが入り混じった目で、彼女は記印に問う。

 彼はああ、と頷き、

「…今からだいたい一年前。あの大災厄を覚えているよね?そして、それを収めたウイルス狩りの存在を」

「…そう、だけど、それが…」

 カワシュの震えは強くなる。

 だが、記印は気にせず続ける。

「そう昔じゃないあのとき。この[廃棄域]には、降り注いだよね。外壁が壊れたわけでも、でかいのが侵入したわけでもないに、第七層から」

「………」

 カワシュは記印の言葉によって脳裏を何度もよぎる光景に恐怖し、目を瞑り、身を固くする。

 かつて、第七階層より、黒い蟲たちが降り注ぐという。

「…あの災厄を起こしたのが、リメたちなんだ」

「…あれを、リメたちが?」

 聞き返す言葉に、記印は首肯する。

「彼女らは…おそらくこの[廃棄域]を破壊するために、活動した。[フィールドガジェット]を用意し、それを利用して」

「…っ!」

 その言葉を聞いた瞬間、カワシュは持っていた[フィールドガジェット]を投げ捨てた。

「おっと」

 記印はそれに手を伸ばして掴む。

「急になんだよ。捨てたらもったいない。VBちゃんの暇つぶしに使えるかもしれない物なんだから、いらないなら僕が貰っておくね」

 言って、彼は[フィールドガジェット]を懐にしまい込んだ。

「…でね。ようやく本題なんだけど」

「…な、に?」

 震えた声で、カワシュは聞く。トラウマに苛まれているのは、明白であった。

「…今回、リメたちは一年越しに再び動き出した。今度こそ、この[廃棄域]を破壊するために。僕は、その証拠をつかみたいんだ。後、もっと細かい情報も」

 やはりカワシュの様子を気にしない記印は意思を示すかのようにこぶしをぐっと握る。

「ハイレイヤーに調べてこいって言われてるのもあるんだけどね。まぁでも、基本はVBちゃんのためだよ。早く分かった方が、いざと言うときのVBちゃんの負担も減るわけだし」

「…」

「まぁそんなわけで、一緒にリメたちの本拠地に侵入しない?寝静まる今夜とか」

 言って、記印は震えるカワシュに手を差し出す。

 あくまでも、いつもの笑顔で。

「……」

 その手を、カワシュは。

(もう見たくない……………いや、いやぁ)

 自身の心に深い傷を残したあの事態への、強烈な忌避感を持ちながら。

「分かったよ…」

 そっととった。


 

「…くそ雑魚お兄ちゃんを…。…リメ」



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