[第二章:説得。秘密への接触。]その3
「……」
ハイレイヤーが苛立ち気味に夕方六時を放送で言う頃、ルキューレたちは体験会を行った場所に戻ってきていた。
この時点で既に、ここまでで第一階層の残り少ない住人と、第二階層の半数の住人の説得が終了している。
結構勢いづいていたため、彼らとしてはそのまま第三階層、第四階層と説得を進めていきたいところであった。
だが、夕方六時と言う時間に突入し、徐々にある問題が出始めたのである。
それというのは。
「…眠いですねぇ」
地面に座り、あくびをしながら、ルキューレが言ったとおりのことだ。
[情報総合体]は内包する情報によって性質が決まる。そして、生き物系統の[情報総合体]
というのは、大抵の場合夜になると眠くなるという情報を少なからず持っていた。
そのため、ハイレイヤーが時間を伝えずとも、起きてからおよそ十二時間後には、眠気のようなものが襲ってくるのである。
「…起きていてもいいですが、それだと…」
睡眠自体には、特にこれといった効果はない。意味もなく、そういう情報を持っているか
らそうなるというだけだ。ただ、起きている場合は自身の持つ性質に抗っている状態となり、
それに伴う不快感が襲ってくる。
そのため、おとなしく寝る(に似た状態の)方が楽なのである。
「…ふぅ。皆さんも眠いですかね?」
ルキューレは、周囲の者たちへと問いかける。
リメに真っ先に賛同の意を示し、第一、第二階層で積極的行動を見せた彼は、既にリメに次ぐ力を持つ、協力者のリーダー的存在となっている。故に、全員が彼の言葉に反応した。
「ふわぁ、その通りで」
「拙者も睡魔には」
「ばぶー、眠し」
「…やっぱりそうですよね。だから家に戻るために帰ってきたわけですし」
言いながら、ルキューレは後方へ視線を向ける。
そこには、今日の説得のことについて話しているリメとノイエの姿があった。
前者は上手くいったのが嬉しかったのか笑顔で、後者は相変わらずどこか不機嫌そうだ。
(…ノイエ)
ルキューレは徐々に眠気が襲ってくる中、彼女をじっと見つめる。
(なぜかリメに一丁前に注意をしていますが…。色々と不味い事をしていたのにも関わらず)
午後の説得のときのことだ。リメを先頭にし、ルキューレたちは次々と説得を行っていっ
た。だがその際、ノイエは常に不機嫌そうな感じで、場合によっては反感を買われることもあったのだ。
リメの明るさと熱意で、ある程度誤魔化されていたものの、それによって問題が増えたのもある。
それに加え、考えたいという住人に、ノイエは急かすようなことも言っていた。
(…時間は余るほどあるでしょうに。そんな風に急いだところで、悪い結果しか生みませんよ)
ルキューレは呆れ気味にノイエを見続ける。
(…全く)
既に何回か注意を行っているが、彼女は態度を変えることはない。できないようにも見えるが、とにかくルキューレには、ノイエのことが少しだけではあるが腹立たしかった。
「…みんな、今日はありがとう!」
ふと、リメが声を上げる。
「…みんなのおかげで、七中の二の階層の半分までが、もう説得完了したわ!これなら、大会をやるのも遠くないわ!」
眠そうではあるものの、ノイエとは逆にかなりの好印象をリメに持っているために、周囲の者たちはあくびをかみ殺してリメの言葉を聞く。
ルキューレもそうだ。
「…そろそろ眠くなってきたし…私もそうだけど。続きは明日やりましょう!それで、どうせやるなら二層の人たちも一緒で、どんどん説得をしていきましょう!ね?」
こちらもあくびをかみ殺しながら、リメは笑って言う。
そんな様子に周囲の者たちは笑い、
『勿論!』
期待と信頼故に、そう同時に答えた。
「それじゃぁ、解散よ!おやすみなさい!」
リメのその言葉と共に、ルキューレたちは解散する。
第一階層のそれぞれの家に、集まったものたちは帰っていく。
「…さて、僕も帰りたいところですが…」
立ち上がって、ルキューレは呟く。
「…カワシュは、どこに」
説得のためにリメたちと出た時、カワシュの姿はなかった。今まではリメと説得を行っていく楽しさで気づかなかったが、そろそろ帰るという状況になって、ようやく気付いたのである。
「……カワシュ~!どこですかぁ!」
一年前に出会ってから常に一緒にいた彼女がいない事態に、嫌な予感がした彼は、彼女の名前を呼ぶ。
いるなら返事をしてくれと。
…幸いなことに、予感は杞憂となった。
「……くそ雑魚お兄ちゃん」
「…なんだ、いるじゃないですか、カワシュ」
ルキューレは後ろを振り向く。
すると、少し先にある小屋の影から顔を出す、彼女の姿が確認できた。
「…なんで説得しているとき、姿が見えませんでしたが、どうしたんですか?」
「……」
「…?どうしたんです。随分、元気がな…」
不思議に思ったルキューレがそう言いかけた瞬間、
「タァン!」
「うぐっ!?ば、ばぁな、不意打ち、だとぉ!?」
カワシュが、狙撃銃を構えた姿勢になって(勿論銃そのものはない)、ルキューレを撃つふりをしたのだ。
ノリのいい彼は、そんなことをされては撃たれたふりをせざるを得ない。
右胸あたりを両手で押させ、妙な声を挙げながら、その場に崩れ落ちた。
「……あはは、あはは」
その様子を見て、カワシュは笑う。幸せそうに。
「…元気なようですね」
「…うん」
顔を上げてルキューレに、カワシュは頷く。
そして一瞬、どこか暗い顔をした。
「…くそ雑魚なお兄ちゃん」
言いながら、彼女は起き上がるルキューレのそばに寄る。
「なんですか、カワシュ?」
「…ねぇ」
彼女は彼の隣に座り、真剣な表情で彼を見上げる。
「…?」
「…くそ雑魚にお兄ちゃんは、リメについていくのを、やめたりしてくれる?」
「……いや、いやいや。それはないですよ。今朝もカワシュと話したじゃないですか。退屈のことを。それをもう既に解消してくれ、さらに楽しみを用意しているリメから離れるのはできませんよ」
「…だよね」
そう言うカワシュは、答えの予想ができている様子だった。
「…どうしたんです?わざわざそんなこと聞いて。カワシュも少なからずわくわくしているんじゃないですか?リメの娯楽に」
「まぁ、うん…」
「…」
歯切れの悪いカワシュに、ルキューレは眉を顰める。
(…さっきは元気かと思いましたが、なんか様子がおかしいですね)
何かあったのではないか、彼はそう考え、カワシュに尋ねようとする。
…だが。
「そろそろ、帰ろうよ、くそ雑魚お兄ちゃん」
彼女がルキューレの手を引き、家に向かって歩き出す。
それによって、彼は問いかける機会を逃してしまう。
(…まぁ、明日でもいいでしょう。今は結構眠いですし、眠気に抗う不快感は早く消したいですし)
ルキューレはそう思い、カワシュとならんで帰路につく。
「……カワシュ、明日は一緒に第三階層の説得、行きましょうか。結構楽しんですよ?同志を増やすっていうのは」
「うん……」
そうして、二人は手を繋いで、家へと帰っていった。
「……くそ雑魚お兄ちゃん」
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